「欠かせない」は「欠かせる」:クイズの前フリによく出てくる表現について①
2014年ごろに朝食ブームの火付け役として流行したことから、このくらいの時期にやたら出題された。今当時のニュース記事などを確認すると、「2013年の空前のパンケーキブームに次ぐ存在として注目され」ていたという。
当時のクイズを思い返すと、エッグベネディクトが答えの問題よりも多く出題されていた気がして、この時期の出題規範のようなものが見えて透ける。
どの媒体からの出題だったかは忘れてしまったが、このような問題に出会ったことがある。エッグベネディクトにポーチドエッグが欠かせないのは当たり前だが、例題1の形の出題に手垢がついたことから出題されたかもと思ってしまい、このフリでの出題にどこかもやもやとした違和感が生じたことを覚えている。
往年の変化球クイズの名作「BLTサンドに欠かせない4つの食材とは~⇒(ベーコン、レタス、トマトと)パン」を思い出す。
しかし、本来「欠かせない」のはオランデーズソースよりポーチドエッグのはずである。なぜ我々は例題1’に違和感を覚えるのだろうか。
デジタル大辞泉によると、「欠かせない」の語義は下記の通りだ。
当然ながら、「欠かせない」は「欠くことができない」という意味である。オランデーズソースを切らしていてもエッグベネディクトとして販売できるかもしれないが、卵を切らしていればエッグベネディクトを名乗ることは許されない。「欠かせない」度合いでいえば断然ポーチドエッグだろう。
しかしながら、同じ辞書に載っている例文を紹介したい。
どうだろうか。利害得失の計算を抜きにした外交も当然存在するだろうし、盆栽のお手入れも1日くらいサボってもまあバチは当たらないだろう。
めちゃくちゃ簡単な語彙を冗長に解説する謎のまとめサイト「Meaning-Book」の例文も見てみよう。
もちろん子育ては夫婦2人のものなのだから夫の協力(自分事なのに手伝うみたいなニュアンスはどうなんだという意見はさておき)が欠かせないのだけれど、無くなった瞬間要素がゼロになるという性質のものではない。バーベキューは言わずもがなである。別に焼肉屋に行けばいいし、ボウリングでもすればいい。
GQ JAPANの人気YouTubeコンテンツ「10 Essentials | 人生に欠かせない10のもの」では様々な有名人が“人生に欠かせない”エニシングを紹介しているが(例えば、ショーン・ホワイトは枕やマネークリップを挙げている)、ここで「水分」とか「呼吸」とかを紹介する人はいない。
もちろん、「私たちの体に欠かせない五大栄養素」というような本当に欠かせない文脈でも登場する。
思うに、健康の話題で目にする、本当になくてはいけない「欠かせない」が原義なのだろうけれど、そこから転じて、なくなる(たとえば健康なら死など)わけではないが必要なもの、というような慣用表現に転じたのではないだろうか。
転じたというか、どちらでも使うので文脈によって見分けるべし、が正確だろう。
例題に話を戻すと、例題1は「欠かせない」を後者的表現であるとして作られたのに対し、例題1’は原義として捉えたのであろう。
「クイズは対話である、コミュニケーション」とは近年のクイズ界で表白されるメッセージだが、であるならば、「エッグベネディクトに○○には欠かせないよねー」という日常会話があったとき、当然欠かすことができない、というより欠かせないことを言及する必要のないポーチドエッグよりも、厳密には欠かすことができるけれどもやはり欠かせないオランデーズソース(あるいは子育てにおける夫の協力、友人との集まりにおけるバーベキュー、ショーン・ホワイトにとってのマネークリップ)の方が自然な会話といえるだろう。
最後に、「欠かせない」が含まれる問題をいくつか紹介して筆を置きたい。
これはかなりちょうどいい「欠かせない」である。原義通り「欠かせばそれではなくなるもの」とはぎりぎり言えないけれども、“本格的な”の文言で限定させているのがスマートで、やはり欠かせないというニュアンスがこの問題の「欠かせない」の表現を完成させている。
西村は「担々麺とかにも使うけど、不可欠って感じが強いのは麻婆豆腐でしょう。クセになるあのシビレが無いと締まらないね。」と解説を寄せているが、この「締まらない」くらいのものを嘘のない範囲で誇張してフリの重要さを伝える文言が「欠かせない」だと思う。
ちょうどいい引用例が見つからず拙著で恐縮だが、こちらもちょうどいい欠かせない具合。5年ほど前の自作のため目につく部分は多く、「要素といえる」で逃げている点が否めないが、確かに「欠かせない」が「欠かせる」絶妙なニュアンスといえる。
参考文献
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