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別れた理由

あるところに、幼なじみの夫婦がいました。
小さいころからずっと一緒だったので、
夫婦になることも自然なことでした。

二人は海水浴が好きでした。
夫は沖まですいすいとなんの苦労もなく泳ぐことが出来ましたが、
妻は沖まですいすいとは泳げませんでした。
その代わり、浅瀬でぷかぷか浮かんでいるのが好きでした。

でも二人はいつも一緒だったので、
夫が沖まで泳ぐならと妻も必死で夫についていきました。

夫は深く潜ることも好きでしたが、
妻は深く潜ることを嫌いました。

宝があれば、夫は遠くの沖へは泳いでいかないかもしれない。そう思った妻は、夫に、
「宝がほしいの」と言いました。

宝は海の奥深くに眠っていたので、
潜るのが嫌いな妻には大変な負担でしたが、
二人で手を取り合い、
何度も何度も失敗しながら、
やっと宝を手にすることができました。

夫はとても喜んで宝を大切にしましたが、
相変わらず遠くの沖へと一人ですいすい泳いでいってしまうのでした。

「もうあなたとは一緒に泳げない」
妻は言いました。
「どうして?」
夫は驚いてそう聞きました。
「わたしはあなたのように泳げない。そしてわたしは深く潜ることも嫌いなの」
妻がそう告げると、夫は
「二人で見つけた宝はどうするの?」と聞くので、
「わたしが責任を持って大切にする」
と答えると、
「それは納得できない、二人で見つけた宝なのだから」と夫は言いました。

夫が気にするのは宝のことばかりで、
二人がこれからどこに向かって、どう泳いでいくのかということではありませんでした。

妻の心はもうすっかりと夫から離れてしまっていました。

「あなたはいつも遠くまで泳ぐから、宝を持ったままだと泳げないでしょう。わたしは浅瀬でこの宝を大切にしながら浮いているわ」
そう言うと、
夫はとても悲しそうな顔をしましたが、
とても身軽そうにすいすいと沖まで泳いでいってしまうのでした。

「きっとあなたには、遠く沖まで一緒に泳ぐのがたまらなく好きな人が現れるわ。
その人はきっと海に潜るのがとても上手で、あなたに色んな景色を見せることができる。
きっとあなたが本当に求めていたものを一緒に見つけてくれるはず。」

妻はそう思いながら、二人で見つけた宝を一人ぎゅっと抱きしめながら遠く小さくなっていく夫だった男を浅瀬から見つめていました。

「その宝はどうしたんですか?」
浅瀬で出会った男が尋ねました。
「前の夫と二人で見つけたんです、これはその人と二人の宝なんです」と答えると、
「それはおかしいですね、だってそれは海で見つけたんでしょう?だったら、二人の宝ではなく、海の宝なはずだ、海の宝なんだったらはそれはわたしの宝でもありますね」と言うと、その人はにっこり笑いました。
ぎゅっと握りしめていた宝がなんだか一気に軽くなったように妻だった女は感じたのでした。

「それぞれがそれぞれの場所でそれぞれの人生をみんな泳いでいる。
比べる必要も、無理して合わせる必要も、本当はきっと最初から全くなかったのだった。」
沖まで軽々と泳いでいける夫だった男を手放すことで、妻だった女は、自分自身を取り戻すことができたのでした。

おしまい。

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