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わたしの演技術(サブテキストをどう読むか)

新国立劇場演劇研修所を修了して今年で10年になる。
10年、まったく俳優としての仕事がない年もあったけれど、
なんとか演劇からは離れず、やってこれたことは本当にありがたいことで。

10年続けてきたなかで、自分の演じる技術が割と明確化されてきたな、
と感じたので、1度きちんと言語化して人に伝えていくという作業をやったほうがいいかもしれない、と思うようになった。

研修所1年目の時に、栗山民也さんが、「稽古場っていうのは実験なんだ」
とおっしゃっていたけれど、わたしは何をどう稽古場で実験すればいいかわからないから、稽古場で何かを試すための技術すらないんだな、と絶望的な気持ちになったのは懐かしい思い出。
今は自分の作業として何をして、何を稽古場で試せばいいのかをもって挑むことができるので稽古するのが楽しい。

映画界や演劇界でパワハラ・セクハラが横行しているのは許されないことだと思うし、監督、演出家側が気を付けなくてはいけない問題であることは間違いないんだけれど、俳優たちがしっかりとした技術をもっていれば、
彼らの「生徒」にならないこと、「奴隷」にならないことができる。
わたしたち俳優の明確な技術がそういったことの大きな抑止力になることを信じて。

神は細部に宿る。悪魔は曖昧模糊な部分に宿る。

サブテキストを読む 

サブテキストとは何か。
調べるといろんな定義が書かれている

・物語の登場人物あるいは作者の意図が暗示的に仄めかされている言外表現のこと 
・登場人物や著者が明示的に文字としては現していない事柄
・登場人物のセリフや行動の裏に潜む、言外の意味のこと。セリフでは表されない人物の態度(感情・考え)

よく「サブテキストを読め」とか「行間を読め」とか演劇を始めたころによく言われた。
そのたびにどうやったら読めるようになるんだろう、そもそもサブテキストって何?と思っていろいろ調べても、結局わからないままだったけれど、
いろんな演技理論の本や、脚本術の本を読み漁った結果、導き出したわたしの定義がこちら

サブテキストを読む=セリフから登場人物の行動を読み解くこと

というのが戯曲においてサブテキストを読むということのわたしなりの定義。

メドヴェジェンコ どうしていつも黒い服を?
マーシャ 人生の喪服なの。不幸だから。
メドヴェジェンコ どうして?わからないなぁ・・・。きみは健康でお父さんは大金持ちじゃないとしても、暮らしに困るわけでもない。ぼくのほうが、ずっとたいへんだ。月給はたったの二十三ルーブリで、そのうえ年金のほうがさっぴかれる。でもぼくは喪服なんて着ないな。
マーシャ お金の問題じゃないの。貧乏だって幸せにはなれるわ。         

チェーホフ かもめ 沼野允義訳

演劇を始めたばかりのころって、なぜか演技は感情を表現するものだとばかり思っていたから、戯曲を読むときも感情を見つけようと無意識にしていた。たとえばこのテキストだったら、メドヴェジェンコは不安そうだなー。困ってそうだなー。マーシャはなんだか不機嫌そうだなぁー。怒っているのかなー。と感情、もしくは状態を戯曲から見つけようとしていた。

俳優の仕事は行動すること

感情ではなく、状態でもなく、行動を戯曲から読み解くのが演技の基礎の基礎の基礎の基礎なのだと思う。

じゃあ実際にどうやってセリフから行動を見つけていくのか。
そのベースの考え方になるのがこちら。

コミニュケーションは、相手に変化してほしいという欲望

イヴァナ・チャバックの演技術:俳優力で勝つための12段階式メソッド

「自然な演技」を目指したいとみんな思っているけれど、
何も起こらない、何もしない演技と「自然な演技」は別物だぜ?と思うことがよくあって。
それは「相手に変化してほしいという欲望」が欠けているからなのだと思う。
「相手に変化してほしいという欲望」があるからこそ「目的」が生まれて、その目的を達成するための「行動」が生まれる。
あたり前だけど、これは戯曲の世界の登場人物たちだけの話ではなくて現実世界のわたしたちもやっていること。恋愛が一番わかりやすい例かもしれない。だって恋愛って人生で一番相手を思い通りにしたいと思ってしまうイベントだから笑
でも、無意識にやっているから、それを意識することは普段あまりない。

無意識を一度意識化して分析し、そしてまたそれを無意識にできるようにするのも俳優の大切な仕事だと思う。

ということで、この「かもめ」の冒頭の部分の「行動」を書き出してみた。

どうしていつも黒い服を?のアクション(行動)

考えうるアクションを書き出してみると・・・

気を引く
ねだる
称賛する
困らせる
引き込む
口説き落とす
etc…

一つのセリフに対して、いくらでもアクションを考えつくことができることがわかる。どれがこの戯曲の正解というものは存在しないからこそ、
違う演出、同じ役でも違う演技というものが無限に存在できるのだと思う。
セリフ通りのアクションだと「質問する」を最初に思い浮かべやすいけれど、「コミュニケーションは相手に変化してほしいという欲望」という考えをベースにすると、「質問する」という選択はあまり相手への影響が少ない選択のように思える。メドヴェジェンコがマーシャに質問しているのは事実なんだけど、「どう」「なんのために」質問しているのかが演じる上で助けになるのかを考えてアクションの選択をするといいのかも。

人生の喪服なの。
不幸だから。のアクション(行動)

基本的にアクションは「。」の文で一つずつ考えるようにしている。
それは、登場人物の思考の変化のきっかけが「。」だからそれにともなってアクションも変化していると考えているため。

人生の喪服なの。

拒絶する
はねのける
攪乱する
冷笑する
ほのめかす
etc…

不幸だから。

気を引く
引き込む
たぶらかす
呼び寄せる
etc…

マーシャのセリフにアクションもたくさんの選択肢があることがわかる。
ここで注意したいのは、次のメドヴェジェンコのアクションしやすいような選択を心がけること。
二つのセリフとも拒絶するのアクションを取ってしまうと、次のメドヴェジェンコを演じる俳優のアクションが入りにくいかもしれない。
みたいなことを考えて、俳優として、相手にどう影響を与えれば次のアクションに入りやすいだろう、つまり次のセリフがいいやすいだろうということを考えてアクションを考えることもとても重要なポイント。

相手のために芝居をしなさい、ってよく言われると思うのだけれど、
それは相手のアクションが出やすい選択をするということと同じこと。


この本の中では、セリフに対応したサブテキストを全部書いてくれる箇所があるので、もっとくわしく知りたいという方はこちらの本を全力でおススメします。

サブテキスト、つまりセリフに隠れた行動が読み解けるようになると、
演技の助けになるだけでなく、戯曲を読む楽しみが増えると思うので、
俳優さんに限らず、このサブテキストの読み方が広まるといいなと願って。

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