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名にしおはば逢坂山のさねかづら人に知られでくるよしもがな

三条右大臣(藤原定方)

女につかはしける

名にしおはば逢坂山のさねかづら人に知られでくるよしもがな

(なにしおわばおうさかやまのさねかづらひとにしられでくるよしもがな)

 ある女に送った歌
誰にも見られずあなたの元へ行きあなたをこの胸に手繰り寄せる手立てを考え続けている。その名を持っているならば、逢坂山の実葛よ、分かっておくれ。実葛に託す私の想いを受け取っておくれ。必ず必ず会いに行くよ。

名に負ふ…名前を持っている
し…強意の副助詞
逢坂山…歌枕。山城国(現在の京都府)と近江国(現在の滋賀県)の境にあった山で、関所があった。「逢ふ」との掛詞として使うことから、逢坂の関を越ゆ!で、一線を越えるということ。
さねかづら…モクレン科の蔓草。男性の整髪料に使ったことから、「美男葛」とも呼ばれる。「小寝(さね)」との掛詞として使われている。これまた、あの方と一緒に寝るという意味。
人…ここでは不特定な誰かのこと。他人。
知られで…知られないで。分かられないで。こっそり。「で」は打消の接続助詞。
くる…行く。英語の「I'm coming!」(そっちに行くよ)と同じ。そして、繰る(手繰り寄せる)の掛詞。「さねかづら」が蔓草なので、「つるを手繰り寄せる」と縁語として使っている。
よし…方法
もがな…願望の終助詞。あればなあ。

これは……なんだか切ない想いを感じる。執着がある。共寝を表す「逢坂山」と「さねかづら」がダブルで出てくる。しつこい。しつこさに執念も感じる。あなたに会って、どうしてもあなたを抱き寄せあなたに抱かれたい。そう言っているようだ。
季節はいつだったのだろうか。
さねかずらは、夏から初秋にかけて黄白色の小さな花が下向きにひっそりと咲くそうだ。秋には真っ赤な実を固まってつけるそうである。秘めた恋には下向きの花が合う。
『万葉集』に、「核葛(さねかづら)のちも逢ふやと夢のみに祈誓(うけひ)わたりて年は経(へ)につつ」(さねかずらが伸びてゆく先で絡まり結ばれるようにこの先あなたに会いたいと夢の中で願うままに年月だけがすぎてゆく)という柿本人麻呂の歌がある。
また、「あしひきの山さな葛もみつまで妹に逢はずや我(あ)が恋ひ居らむ」(山のさな葛(さねかずら)の葉が色づくまであなたに会えないのか…僕はその頃になってもずっと恋しく思っているよ。会いたいよ)という作者不詳の歌もある。
2首とも「会いたい、会いたい、会いたい、会えない」系の歌であるとともに「会うまでこの想い消さないし、消せない」という念を感じる。蔓草に狂おしい想いを託しているようだ。

この「さねかずら文脈」で捉えてみると、秘密の恋が他人の知るところとなった後、三条右大臣が愛しい人に再会できた確率は低そうだが、狂おしい想いは伝わったのではないかと推測する。女もこの歌を受け取って、改めて行く末を絶望し、胸を掻きむしる想いをしたのではなかろうか。

三条右大臣(藤原定方)

出典 後撰和歌集、百人一首25番歌

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