We are Happy
大学の入学式から1週間が経ち、今は履修登録やらレポートやら確認テストやらに早速追いかけ回されています。。
私が通っている大学の教育学部は少し特殊で、全員小学校の教員免許を取ります。
取らないと卒業できないからです🥲
専攻科目は決まっていても、校種は決まっていないんですよね。だから選択肢の幅が広い!
私の場合は、
保健体育専攻と決まっているけれど、小学校の先生にも、中学校の保体の先生にも、高校の保体の先生にもなれる選択肢があるって感じです。
取る授業を増やせば副免許も取れるので、もう何にだってなれます。専攻科目以外の科目で先生になることもできるってことです。9教科だけでなく、特別支援も取れます。すごい充実。
ただ、小学校マストとなると全教科学ぶ必要があるので、、
あっ、、レポート今日までだ、、😱
We are Happy
「小教専算数」という必修の授業があります。
簡単に言うと、小学校の算数をどう教えるかという内容です。
第1回の講義、とっても面白かった!
先生の言葉が凄く響いたので、ココに残しておこうと思います。
「学校の先生は全ての基本として道徳を教えなければなりません。道徳で一番大切なことは何か、分かりますか?それは『相手を思いやる気持ち』です。私は中学校で担任をしていた時にこういう学級を作ろうと意識していたことがあります。それは、【We are Happy】です。」
はて、、何が言いたい?
と思った方もいるでしょう。
まぁまぁ、この先も読んでください。
先生は続けてこんなことをおっしゃっていました。
「例えば、授業中に何かを聞くと、小学校の低学年では多くの子が元気よく手を挙げてくれることが多いです。それは周りに認めてもらいたいからです。ただ、先生は誰か一人を当てますね。そうすると、当てられなかったけど答えたかった子が「答えは5だよー!」って言っちゃったりする。それは、この子にとっては【I'm Happy】だけど、【We are not Happy】ですよね。その子には『相手を思いやる気持ち』が足りていません。
逆も然り。消極的な子が、周りの子に分からないところを教えてと言えない時もあります。周りの子が「自分は問題解き終わったからいいや。」と思っていると、その子は1人で困ってしまう。これは【I'm not Happy】です。周りの子に『相手を思いやる気持ち』があれば、結果は変わっていたかもしれない。
【We are Happy】って簡単な言葉のようだけれど、実はとっても難しいんですね。私はこれを目指して、学級運営をしてきました。」
感銘を受けました。
15÷4=?
同じ先生の同じ授業の中で、感動した話がもうひとつあります。
「君たちに1つ、問題を出します。
金魚が15匹います。4匹ずつ袋に入れる時、何袋必要ですか。」
15÷4=3…3になるので、答えは3袋です。
「君たちはもう習っているから、答えは分かるね。ただ、まだ余りのある割り算を習っていない子ども達に、授業の導入としてノーヒントで解かせたとしよう。すると、こういう答えが返ってくるかもしれない。」
先生は黒板にこう書きました。
15÷4=4…1
あぁ分かる!言いたいことは分かる!
みんなそんな反応でした。
「この答え、間違っていますか?」
先生が
間違っていると思う人ー?
じゃあ正解だと思う人ー?
と聞いたけれど、どちらにも手が上がりませんでした。
算数としての答えは間違っている。でも、考え方は間違っていないからです。
日常生活の中で、『余り』を考えることも、『足りない』を考えることもあるから、15÷4=4…1と書きたい気持ちはよく分かります。
「『余り』が・・・(点3つ)なら、4・・・・1(点4つ)にして、『足りない』としたらどう?残念ながら、これもまた正解にはならない。もし机間巡視(教員が生徒の席の間を見て回ること)中にこの答えを見つけたとしたら、君たちはどうする?」
先生の問いかけに、ある子は
「絵を描いて説明します。」
またある子は
「物を使って説明します。」
と答え、具体的に見える化して説明すると言っている子が多かったです。
違う意見の人いる?と先生が聞いたので、私も答えてみました。
「なぜその子がその答えを書いたのか聞いてみます。」
お約束する
どうやら良い答えだったようです✨️
まず聞いてみることが大切
そうしたら、次は具体説明をしてあげて
だそうです。
「教員は教える立場だから、もちろん生徒よりも多くの正しい知識を持っています。だから、
15÷4=4…1は間違っている
ということくらい分かります。ただ、子ども達はどうでしょう。いきなり具体的に説明されても、なぜ自分の答えが間違っているのか、それでは分かりませんね。」
確かに、と思いました。
続けて先生は、自分なら子ども達にこう言って教えると実演してくれました。
「15÷4=3…3も、15÷4=4…1も、どちらも正しい考え方です。だから、どちらの答えでもOK!と言いたいところなんですが、これからお話する時に、2つも答え方があったらややこしくなってしまいますね。コミュニケーションが取りずらいです。だから、今ここで答え方を1つに決めましょう。実は算数では、割り算の答えの余りを後ろに書く、15÷4=3…3という考え方を使うことになっているんです。だから、先生とみんなでお約束しましょう!これからは、『足りない』ではなく、『余り』を後ろに書いてください。」
「このように教えれば、次に15÷4=4…1と書いてきた時は、これはお約束と違うから間違いになっちゃうね、と言ってバツにできる。」
なるほど、と思いました。
お約束するんです。生徒と同じ立場で!
知識を持っているからこそ、人に教えることができます。当たり前です。
でも、持っている知識をそのまま提示することと、持っている知識を元に人に教えることは、全く別だということを、私たちは忘れがちなのかもしれません。
そして、先生は最後にこう締めました。
「頭ごなしに違うと言われてしまっては、子ども達はどうすれば良いのか分からない。なぜ違うのかが分からないからです。頭ごなしに3回違うと言われれば、もうその子は算数を訳の分からないものだと捉えて嫌いになるでしょう。もしかしたら、生徒の嫌いを作っているのは教員なのかもしれません。」
生徒の立場を忘れない
この先生も、
「教員は毎日ハプニングと向き合うお仕事だ」
とおっしゃっていました。
学校現場では、自分の思い通りにスムーズに進まないだろうと思っておくこと、そのうえで、どんなハプニングにも向き合う覚悟が必要ということだと思いました。
振り返ってみると、高校生までの学校生活の中で、なぜダメなのか分からなかったことって沢山あったなと思います。
それは時に、大人のエゴだったりする。
『自分は分かっているのに、周りは分かってくれない。』
そう考えているうちは、未熟かも。
もしかしたら、自分は分かっているのではなく、分かっているつもりなのかもしれないと考え直したい。
もしかしたら、周りが自分を分かってくれないと感じるのは、自分が周りを分かろうとしていないからかもしれない。
相手の立場からすれば、自分のことを分かろうとしてくれないワガママな人のことを分かってあげるためによく見ようとは思わないだろう。
もしかしたら、自分が周りを見れていないのかもしれない。
もしかしたら、自分が相手を思いやれていないのかもしれない。
その人にどれだけの権力があろうが、財力があろうが、きっとついて行きたいと思えない。
自己中心的。
そうではなくて、
『周りが分からないのはなぜか。』を考える。
相手が?を浮かべているポイントについて一緒に考えられる教員になりたいと思う。
教員という立場でなくても、相手を思いやる、相手の気持ちに寄り添える、そういう人は素敵だなと思う。
これは私のエゴだったりするのかしら🙄
遂に決行‼️
お待たせしました!お待たせし過ぎたかもしれません!いや、誰も待ってなんかいないかもしれません!
この度、私は、、遂に、、
ダイエットを決行します‼️
やるやる詐欺してきました、、何年間も、、
でも今回はガチ!
母上ご協力の元です。もう逃げられません。
大学可愛い子多くて、、
私も自分に自信つけたくて!
高校の同期に「脳筋!」「筋肉!」って呼ばれて、しまいには「お前は強くなりすぎた」とか言われて、、
絶対に私のことゴリラかなんかだと思ってるでしょって聞いた時、ゴリラに失礼だと言われた時はさすがに飛ばしてしまおうかと思いました。
あぁ、、この発想も脳筋なのだろうか、、
そういえば、母上に「筋肉ダルマ」って言われたこともあったな、、
「筋肉団子」じゃないだけマシなのだろうか、、
一応キラキラピチピチのJKだったんですけど😢
でもこれが全然悲しくないんですね、悔しいことに。
私のアイデンティティのうちの一つでした。
でも大学デビューとともに、もうちょっと、なんか、こう、いい感じに、、ならないかな??
まぁ、かよわい可愛い系女子になることはもう諦めます。
私は強くなりすぎてしまったようなので、今から弱くなるのは無理です。残念です。
ただし!!
細くてたくましい系女子にはなれるのではないかと思ったんです!!
細くてたくましいは矛盾しているのかもしれませんが、そんなの、とりあえずどうでもいいです。
細いまではいかなくても、痩せたなと思われるくらいには痩せようと思います。
筋肉は落とさず、夏の神戸に向けて少しずつ、、
神戸期間になればハードだから勝手に体重は落ちるだろうけど、そんなことも、とりあえずどうでもいいです。
今‼️
痩せたいから痩せる‼️
詐欺じゃないよ頑張るよ😏
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