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探し物との付き合い方三者三様

一日の中の探し物をしている時間というのは随分な割合を占めると思う。我が家の屋根の下で起きている探し物時間を通算すると、かなりの時間数になるだろう。
特にアルツハイマーの母は一日中探し物をしていると言っても過言ではない。しかも探している間に目的を失うので、当初の探し物が発見されることはほとんどない。あっちの引き出し、こっちの引き出しを開いて閉めてを繰り返しながら探し物をするのは、テレビの前に座っているだけよりはマシな気がして、私もしばらくは放置するのだけれども、「ない、ない!」の焦りとイライラのエネルギーが家中に蔓延してくるのに耐えられなくなって、助け舟を出すのが常だ。
彼女の場合、なんでも脈絡なくしまい込むくせがあるので、目的のものが突拍子もない場所から出てくることが多い。先日は手袋が傘立ての底にあった。母の探し物を手伝うときには、まずは既成概念を外すことから始めるのがコツ。だんだん私も上達してきた。

父は黙って探す。黙っているけれども、なんか探してるなぁとはこちらも気づく。彼の記憶力はシャキッとしているのだけれども、なかなか探し物は見つからない。探し方が悪いからだ。母が手を使っていろいろひっくり返しながら探すのに対して、父は目で探す。ものを動かすことをしないで探すから、散々探した挙句に目の前の封筒の下から目的のものが現れたりする。
あれは男性の特徴なのだろうか?それとも私の周りの男性がそういった傾向なのだろうか?なんだか歴代パートナーがみんな同じだ。
父の探し物もまた、しばらくは傍観しておく。何でもかんでも手助けされるのを彼は好まないし、必要があれば聞いてくれるからだ。そして多くの場合、最終的には私が見つけてあげることになる。すぐ手の届く位置から。

私の場合、あんまりガツガツ探さない。それを使った日の記憶を呼び起こすことと、レイキの未来ヒーリングを使って『すでに探し物が見つかった未来』に喜びと感謝のエネルギーを届ける。ふっと浮かんだ場所を見に行くと大体見つかる。そこになければ一旦捜索を中止して、また閃きがきたときに探しに行く。今は家にいることが多く緊急の探し物も少ないから、そんな方法を試し、鍛錬してみている。
そもそもそんなに失くしはしないのだけれども、それでも何かを見失うと、最近は物凄く焦る。母方のアルツハイマー家系から忍び寄る見えない恐怖が、姿を現わすのが「どこに置いたっけ?」の瞬間なのだと思う。だからちゃんと見つかった時の喜びは100万倍だ。


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