見出し画像

初めて香水を買った時の話

2019年9月。
元より香水はおろか、オシャレといったものには全く無頓着であり、基本的に美的センスといったものは欠片も持ち合わせていない私がひょんなことから高級な香水を買うことになった話。

キッカケはTwitterで「ハカランダ」の名を冠する香水が存在すると知ったこと。
その後、気になって仕方なくなってしまい、香水に関するツイートを探していたら見つけてしまった素敵なツイートをみて、私も『世界一華麗な門前払い』をくらうのではないかという心配をしながら、お店のある六本木へぶらり。

出向いてみたはいいものの、場違い感が半端ない。しかもお店はグランドハイアットの中…
とてもヨレヨレのワイシャツと、シワシワのチノパンに、底に穴の空いた靴と、12年ものの肩掛けカバンで来るような所ではない。

…と、玄関前をウロウロしていたらボーイさんが扉を開けてくれちゃったので、身を縮めて入るなどして内部へウロウロ…
そしてかれこれ10分程度お店の前でウロウロ…
とても私が入って良いような雰囲気とは思えない。そして店の外まで周り中がめっちゃ良い匂いがする。

この時点で「匂い」という言葉も「香り」という言葉を使うべきか逡巡する。
「臭い(におい)」ではないから問題ないようにも思えるが、発音したら「匂い」と「臭い(におい)」は同じなので積極的に「香り」を使うべきか?

閑話休題。
意を決して入店すると、凄い所に来てしまった感が凄い。香水というより魔法薬の小瓶がズラリ、といった様相で圧倒される。

などと写真を撮っていたら店員さんに声をかけられてしまい逃げ場を失う。
既に圧倒的な場違い感と香りの洪水に呑み込まれて一片の余裕も無くなっている状態で、水面のフナのようにアワアワパクパクして会話にならない。
雰囲気に圧倒され、しどろもどろで何度も聞き返されたりしながら、やっとの思いで「私は15年以上ギターを弾いていて、ハカランダは高級なギター材の名前だ。是非その香りを嗅がせてほしい」という旨を伝えた。
そのたどたどしさたるや、ある学会で外国人を相手に、必死に英語で質疑した時の方がスムーズだったのではないかと思うほどである。

そんな私に、店員さんはまずは香水の基礎から教えてくれる。知らない話を聞くのはなかなか面白いものだったが、その間ずっと脚は震えている。相槌も声にならず空を切る。
入口でウロウロしていた時よりもずっと強く、それでありながら嫌味の無いさまざまな香りが脳を痺れさせる。

そして目当ての「ハカランダ」と御対面。美しいルビーレッドの見た目にときめく。(実際は赤茶色っぽいのだが、照明の関係でそのように見える)
主要原料はスプルース、マホガニー、ローズウッド。その他70種以上の植物が使われているとのこと。
「もしかしたらハカランダも入っているかも知れませんね(ニコッ)」と店員さん。
冷静になってから思うと「店員さんも入ってるかどうか知らんのかい!」とか「ハカランダは取引が制限されてるからきっと入ってないと思います」などとツッコミたくなるが、そのような余裕はなく、むしろ店員さんのミステリアスな雰囲気に呑まれ、完全に主導権を握られる。

「ハカランダ」の良さについて説明を受ける。どうやらスタッフの中でも評判が良いらしく、「この香りを最初から決め打ちで買いに来るのは、なかなかカッコイイ」らしい…あれ?いつの間に買うことになってるのだろう?

促されるままに蓋がわりになっているフラスコの香りを嗅ぐ。松のような、ややツンとした雰囲気がある。ハカランダを直接嗅いだことはないが、ハカランダではないような気がする。しかしながら、全く嫌な香りではない。
次いで手首を出すように指示される。店員さんは直接手首にはかけないで、香水を空中に噴霧する。手首に香水がハラハラと当たるのを感じる頃には、辺りに今度は新しい木材のような雰囲気の香りが漂う。
そのまま手首を擦ったりせずに嗅ぐように指示され、嗅いでみるとやや甘い草のような香りがする。これが時間経過と共に変化するとのこと。

実は調香師自身もギターを弾くそうで、自分でギターを作ったり、ヴィンテージギターを購入したりするそうで、これをつけて弾いているとギターが喜ぶのだとか…真相は謎である。
などとそんな話をされていたら手首の香りがいつの間にかヒノキ風呂のような香りに変わっている。「ヒノキ風呂の香り」はほかのお客様もそのように感じるそうだ。

香水は自分自身に着ける以外にも、例えば名刺やハンカチにふりかけるという使い方もあるそうで、お店の名刺に噴霧され、言われるがままに嗅ぐ。
するとややまろやかな風合いの草のような香りがして、これが時間経過によってヒノキ風呂に変化しない。名刺には体温が無いこと、繊維に吸着される香りもあることなどがその理由らしい。

などと丁寧で嫌味の無い対応でありながら、ずっと店員さんに主導権を握られていた。しかもただでさえ濃厚な香りの中で脳髄が痺れているのに、眼前で香りの七変化を繰り出されて、気が付けば内容量の話になり…

そして見事に買わされてしまったわけですが、もの凄い体験だった…。あの店員さんは絶対魔女だと思う。
入店から退店まで30分程度しか経っていなかったのに、物凄く濃密な時間を過ごしたような気がした。

退店後しばらく興奮が収まらず、脚が震えたままTwitterに気持ちを吐き出して、書き終えた頃には退店から約1時間。
手首の香りを嗅ぐとヒノキ風呂の香りは大人しくなり、今度はマホガニーのようなやや甘い香りがする。
そして名刺を嗅いでみたら優しいヒノキ風呂の香りがした。

久々に心の底が奮える貴重な体験をした。
みんなFueguia(フエギア)のJacaranda(ハカランダ)買うべき。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?