「そろそろ結婚しなくちゃね」っていうアドバイスは、滅びつつある神の信者が親切心で経典暗唱してるのに近い

最近なんでか重なったので普通に疑問な、ある一定世代の女性の価値観について

こんにちは。27歳女性です。
恋人の影も形もないけど家族と友人の人間関係に恵まれめっちゃハッピーな毎日を過ごす大変幸運な部類の人間です。
ところで最近気になることがありました。

「そろそろ幸せにならなくちゃ」「やっぱり、女は子供を産んでこそじゃない?」「はやく親を安心させてあげなくちゃね」

これ、最近マジで言われたセリフです。誇張なし、一字一句同じで、しかも言った相手全部違います。さらに全部個別でタイマンでした。
最初に言われた時は、本当にテンプレートなこと言う人居るんだな……。
ぐらいしか思わなかったんですけど、三件重なるとそろそろ気になります。

何が気になるって、こういうことを言う人間達の、育ってきた文化圏が!! 純粋に気になる!!!

っていうのも、これを言った人間が全員もれなく、65~75までの高齢者女性なんですよね。
ちなみに、全部個別タイマンだったので、一人の人間に引っ張られて、その場の雰囲気でそうよそうよって同意したわけじゃない。
純粋に「自分個人の考えから」「目の前の人間に言った」単語なんですよ。しかも自発的に。
すごい。三人の同年代の人間が、まったく同じような共通認識を持っている。
これはそろそろ「偶然そういうタイプの人間が傍にいた」で片付けられる認識じゃなくなってくる。

おそらく、この年代の常識の中には「他人にそう言いたくなる」何かがあるはずなんですよ。

それが気になる。普通に気になる。
一体、どのような社会背景があって、どのような空気の中で育っていると、この認識になるのか?
そして、私は何故、この発言にちっとも同意できず、この発言に対して

「これはアレだな。一神教の人間が『おお、神が常にお傍に居られないなど考えられない。あなたの幸せを祈らせてください……』みたいなこと言い出してる経典暗唱に近いな」

という、完全に異文化圏の宗教を見るまなざしにしかなれないのか!?!?
きーにーなーるー。
気になるので、ちょっと考えてみたいと思います。ご興味あったらお付き合いください。

ではまず、状況を整理していきます。

私 27歳女性 健康 恋人なし 毎日楽しい

言った相手の共通項

65~75歳女性 健康 既婚者 孫あり

関係 職場の人
   発言した人間は三人。それぞれに仲の良さが違う。
   一人はそりが合わない。一人は穏やかなビジネスライク。一人は仲良し。お喋りよくするし、お菓子くれる。

発言内容の共通項

「女性の幸福とは結婚し子供を産むことである」

私のその発言に対する回答、および認識

「人それぞれじゃん?」

上のデータからわかること

◎相手は、人間関係の距離を問わず同様の内容を勧めている。→その年代にとってはイチ押しの提案であるようだ。
◎私は、その提案に同意できていない。→相手の常識を理解できていない。別の常識を持っている。

この二つのことがらから、今回の問題は「互いの育った文化圏・今頭に入って来る情報」の差異によって生まれてる問題ではないか、と推察します。

まあそんな気はしてた。
そりゃあ、青春時代にあった情報源が白黒テレビと噂話だけ、青年期をバブルで過ごしてお見合い結婚全盛期の人間と、五十年後のネットで情報収集し放題、不況・過労死・婚活時代の人間じゃあ、「常識」を構成する内容変わって来るよね。

それじゃあ、私の文化圏が特殊なのかも知れないっていう意識を念頭に置きながら、相手の文化圏について、考えていきたいと思います。

あの年代の相手が二言目には進めて来る結婚。
一体、その見どころは何なんでしょうか。

私の考える、結婚することのメリット

◎自分を好意的に感じてくれる相手と共同生活を送れる
◎収入が増えることによる生活の安定
◎子供を産むことにより、様々な体験ができる

このへんでしょうか。けれど、ある程度のメリットがあるからと言って、全員が全員それをイチ押しにしてくる、というのは少し不思議に感じます。
というか、あの年代の人の結婚の進め方ってどっちかっていうと「このスーパーでは今!魚が特売!」って感じではなく「寒くなってきたからそろそろコート着たら?」みたいな雰囲気なんですよね。
めっちゃ当然に、当たり前に「結婚しないで人生を送るのは不幸」って考えている節があるんですよ。
そこから推察するに、おそらく、相手の考えているだろう結婚することのメリット

◎社会的な役割を果たすことができる
◎『社会的な役割を果たしている』という地位に立つことができる
◎周囲から、常識的、あるいは幸福な人生を歩んでいる、と認識してもらえる
◎幸福な人間と同様の人生を歩むことができる

が加わると思います。
 
ちなみに私は、別に結婚したくない訳ではありません。
たまたま私は異性愛者であり、幸運なことにひどい男性不審にも陥っていません。
日本では、やろうと思えば役所で紙一枚もらうだけで容易く結婚できる立場にあります。
価値観のあう恋人がいいタイミングで出来て、お互いに乗り気だったら結婚したいなあ、環境が整えば子供だって欲しいなあと思っています。

だけど別に、そうしなければ不幸になる! と怯えているわけでもないんです。
結婚しない私をイメージしても、それはそれでなんだか楽しそう。

なんか見えて来たぞ……。

60~70歳の女性の多くは、若いうちに結婚し、子供を育ててきました。そして、その状態を成功と捉えています。
何故なら、高度経済成長のおかげで、専業主婦として暮らしていても生活は十分安定し、なおかつ子供を産み育てるという社会的役割を果たすことで、周囲から認められてきたからです。
なおかつ、オートロックも監視カメラもない時代。女性の雇用も少ない時代。
おそらく「社会環境は女性一人で暮らすには厳しい。このまま一人で過ごす女性は不幸になる。手遅れになる前に結婚せねばならない」と思っているんじゃないでしょうか。

つまり、さっきの結婚することのメリットに足して、もうひとつ。
結婚しないことへのデメリットとして

◎女性一人の収入では今後暮らしていけない
◎男性の収入の方が、圧倒的に豊かである。その豊かさを得るためには、結婚するしか方法はない
◎老後、育った子供が働き、自分を養ってくれない

みたいな認識があるんじゃないでしょうか。

つまり

結婚を勧めて来る世代は、男性の収入は高く、好景気で、結婚さえすれば今後の人生で暮らしていけなくなることはないだろう、という認識でいて
勧められている世代は、男女とも収入は低く、不景気で、結婚してもしなくても運が悪かったら暮らしていけなくなるだろう、という認識をしている。

この認識の差があるから、おススメされる「結婚」の価値が、全然違って見えるようです。
たしかにこれだけ差があれば、感覚も違ってきますわ……。
相手はおそらく、五十年、四十年前の社会の風景と照らし合わせて、そのままの常識で喋っているんです。
つまり、あの年代の人には「結婚しないで幸せになった女性のパターン」が脳内に構築されていない。
独身で幸せに生き切った女性は、めちゃくちゃ特殊な成功者だと思っている。

だけど、私はそうではない。

生まれたのはバブルがはじけた直後、それからずっと不況トンネル真っただ中。
教育はゆとり、就職は氷河期、入ったら入ったでブラック企業の、一度は生きてるうちに好景気ってもんを目にしてみたいもんだぜ……。と枯れた金鉱でゴールデンラッシュを夢見る鉱夫みたいなこと言ってる世代です。

結婚しても、収入がどうにもならなくて暮らしていけないかも知れない可能性は、普通にあります。
旦那か自分がブラック企業に勤めて死ぬ可能性は、多分それなりに高いです。
あと、子供が居ても自分の世話をしてくれる可能性はそんなにないです。だって健康寿命が延びているから、死ぬ直前まで働いてそう。

けれど、不幸なんだか幸運なんだか、不況のおかげで女性の雇用は増えました。
そしてこれは普通に幸運なことに、昔より、娯楽の数は増えました。
情報化社会のおかげで、様々な人間の、多様化した生き方を見ることが出来るようになりました。
当たり前に、同じ趣味の人間と繋がって、連絡をして、遊びに行くことだって普通になりました。
(これって、気の置けない友人の新規参入が簡単になったってことで、実はすごいことだと思います。昔の人は、学生時代に友人作ったら、あとは会社に行くかアウトドアの趣味作って友達作るしかなかったでしょうが、今はインドアでも友達が作れます。だから学校でも、会社でも、気の合わない人間と無理に仲良くしなくていい。もっと趣味のあう友達が全国から探していける。つまり、所属している組織、現在の年齢に縛られず、認め合える相手を見つけられるってことなんです。結婚しなくても誰か傍にいてくれる可能性が上がる)

結論

とある世代の人間の言う

「女性の幸福とは結婚し子供を産むことである」

は、時代の移り変わりによって、その価値を変動させた。
かつてはその生き方しか存在しないと感じていただろうが、今はそうではない。よって、現在の私は、相手の意見に特に同意できない。

そりゃ不景気ですけど、企業はいつまで経ってもブラックですけど、それでも私達、その不満をネットに垂れ流しながら、同じ境遇の人間と慰め合いながら、あるいは知識を出し合いながら、暮らしています。
けっこう愉快に、暮らしています。

私は、海外で暮らし充実した人生を送っている独身の人間がいることを知っています。
国内で楽しく働き、趣味に没頭して笑っている独身の人間がいることを知っています。
そして、そんな風に生きるにはどうしたらいいか、自分一人で調べ、考え、実行することが出来ると、既に学んでいる世代の人間です。
数多の情報に触れ続けて成長したお陰で、その中から選択し、見て、選んでいくことのできるようになった世代です。

結婚しなくても、毎日楽しく過ごすことは出来る、と知っているんです。

私は結婚して子供を育てる同年代の人間を尊敬しますし、愛し合う人間同士が、共に協力して愉快に暮らすことを素晴らしいことだと思っています。
だけど結婚して幸せに暮らしている人間を尊敬するのと同じように、結婚せずに毎日を愉快に過ごす相手を尊敬します。
結婚したい相手に巡り合えて、子供を産んで愉快に暮らしていけたら、きっと毎日楽しくて私は幸せでしょう。
でも、結局そんな相手と会わないまま、独身で暮らしていても、幸せになれます。
やりたいこと、やれそうなこと、いくらでも想像できます。
ありがたいことに、新しいパターンを知ることのできる環境にあったので。

昔の価値観を信じている世代の人は、もうその価値観と共に生き切って、ほとんど人生のあらかたを乗り切ってしまっているので、その価値観のままで問題ないと思います。

たぶん、その時代には有用性のある価値観だったと思いますし、その世代の人たちを助けた考え方だったと思います。
でも、今は状況が変わったので、その価値観は私達にとってあまり有意義ではありません。

他宗教の人間に「あなたは神を信じていないので幸せではありません!」と言われているような状況が近い。

あなたの信じている神様を否定するつもりはありませんけど、今私は、その神様に入信しなくても十分に幸せです。
あなたの神様も素敵ですけど、私の神様もとても素敵です。私を幸せにしてくれています。


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