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戯曲(タイトル未定)

第一幕
突然の立ち退き命令
キャスト
・三國渡
・郵便配達員
・蕎麦屋のおやじ

第一場

(或る平日の昼過ぎ、町の蕎麦屋の入り口。灰皿が置いてあり、三國が食後の一服をしてゐる。そこに、郵便配達員が手紙を持参し登場。)

配達員 すいません、そこ通ります。
三國 あ、はい。
配達員 (郵便受けに投函)
三國 もしかして、新しい配達員さんですか?
配達員 はい、この春に異動になりまして。
 もしかして、以前の担当をご存知ですか?
三國 まあ、さうですね。聞いてゐました。
 かうして蕎麦屋前で立ち話をすることが
 何度かあつたものですから。
配達員 へえ。ところで、この蕎麦屋には
 よくゐらつしやるのですか?
三國 ええ、時々。ここのおやじとは長い付き
 合ひで、気が知れてゐるもんですから。
 それに、まあまあ美味いんですよ。
配達員 さうですか。ちょうど昼飯を食べよ
 うかと思つてゐたところでした。入らうか
 な。
三國 いいと思ひます。

 (煙草を吸ひ終はり、火を消す仕草)

三國 では。
配達員 どうも。

第二場

(蕎麦屋の店内。気怠さうなおやじがメニューを持つてくる。)

おやじ いらつしやい。ご注文はお決まりで?
配達員 ええと、ざる蕎麦をお願ひします。

(暫くして、おやじが蕎麦を持つてくる。他の客がゐないので、そのまま向かひの席に座り、配達員と話し始める。)

おやじ お客さん、うち初めてですよね?
配達員 はい、最近この町に異動してきま
 した。さつきのお客さんに勧めてもらつて。
おやじ あゝ、三國さんね。あいつの云ふこ
 とは真面目に聞く必要ないぞ。
配達員 えつ。
おやじ あいつ無職だし、いいかげんだから。
配達員 さうなんですか。
おやじ 民俗学者だつて。なんか変な本を書い
 てるとか云つてゐたけどな、そんなの見たこ
 ともないぜ。毎日何もしないでごろごろし
 てたり、時々散歩したり、つて感じだな。
配達員 へえ。さうなんだ。
おやじ まあ、面白いしいいやつだけどな。
 働かないしベースの練習もしないけど。
 さういふ意味では本当にクソだよ。
配達員 あはは。さうなんですね。

(話してゐるうちに、配達員がざる蕎麦を食べ終へる)

配達員 ご馳走様でした。またきます。
おやじ はいよ。ありがたう。

第三場

(配達員が午後の業務に戻る。夕方、或る家に速達便を届けると、そこは三國の家であつた。)

配達員 あつ、この郵便、宛名が三國といふ人
 だ。さつき蕎麦屋で会つた人かな?
 しかも、差出人が陸軍省だ。変だな。

(インターホンを鳴らすと、出てきたのは案の定、先程蕎麦屋にゐた三國であつた)

三國 あれつ。さつきの配達員さん。俺に
 配達ですか?
配達員 さうなんです。はい、どうぞ。
三國 陸軍省から? 何だらう。今ここで読ん
 でみよう。

立退キ令狀

〇〇縣△△町(△△警察署管内)
三國 渡

上記ノ者居住スル處近ク飛行場ヲ新設スルニ當リ期日迄ノ立退キヲ令セラル依テ下記日時到著地ニ參著シ此ノ令狀ヲ以テ當該立退キ事務所ニ届出ヅベシ

立退期日:令和X年Y月Z日
到著地 :東京都新宿區市谷本村町
立退料 :十五萬圓
發行官衞:陸軍省軍務局

配達員 三國さん、何が書いてあるんです?
三國 (苛立ちを隠せない様子で)この辺りに
 飛行場を新設するんで、立ち退け、と書い
 てある…。
配達員 ええつ。ああ、さういふことか。近
 頃、陸軍航空隊の技術者や建設業者がこの
 町に招聘されてゐるつて、噂になつてゐま
 したよ。なるほどなあ。
三國 陸軍の都合で立ち退き命令とはなあ。
配達員 でも、金は貰へるんぢやないですか?
三國 この通知を読んでみろよ! たつたの
 15万円ぢや、全然足りないよ。だつて俺、
 金ないもん。これからどうして生きてゆこう
 かなあ。
配達員 働くしかないんぢやないですか。
三國 ううむ…。
配達員 御國の命令ですもん。聞くしかないで
 すよ。
三國 いや、それはおかしい。通知は無視す
 る。徹底抗戦だ。

(三國、立ち退き令状を破り捨てると、意を決したやうに家の中へ戻つていく。それを見てゐた配達員は、笑ひながら自分の仕事に戻る)

ー幕ー

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