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小説 『VRCエニグマ探偵事務所』

※この小説はVRChatというメタバースを舞台にした小説で、専門用語を多く含みます。基本的に現役のVRChatユーザーを読者対象としています。
※ この物語はVRChatを舞台としていますが、フィクションであり、実在の人物、団体とは一切関係ありません。名前が被ってしまった方は大変申し訳ありません!


『おねがいごと』

「依頼が入った。すぐに私のインスタンスに来たまえ」
discordの通知音が鳴ってからゲーム中ずっとそわそわしていた。
敵チームに背後をとられる初歩的ミスで大敗を喫したあと、ぼくは急いで師匠からのメッセージに目を通した。
師匠ことエニグマは、VRChatで探偵をやっている。
依頼は探し物が中心だ。
「いま行きます!」
メッセージを送信すると、ぼくは急いでHMDを被ってVRChatの世界へ潜った。

リクインが承認され、師匠のインスタンスに入ると、目の前には夕暮れに染まる街があった。
師匠の探偵事務所に行くにはこの街を少し歩かなければならない。
なぜメタバース内でこんな面倒な移動をしなければならないのか。
事務所の目の前にスポーン位置を置けばいいのにと以前師匠に言ったところ、「この方が勝手が良いのだ」とのことだった。
偏屈な人間の考えることは分からない。

「こんばんはー。師匠、来ましたよ」
ぼくが事務所の扉を開けると、事務所奥に鎮座するアンティーク調の机の前でタバコをふかしていた師匠がこちらを見た。
ミディアムショートの銀髪が揺れ、夕陽を背に浮かぶ碧眼が瞬いた。アバターの見た目は深窓の令嬢といった風情だが、着ているものはだらしないオーバーサイズのTシャツに裸足。
師匠が事務所で過ごすいつものスタイルだ。

「おそーい」
師匠はジト目で口を尖らせる表情で言った。
声は中性的だ。
「すみません。ゲームしてて」
「どうせdiscordの通知音が聞こえた時点で集中できなくなるのだから負けは確定。
その後も続ける意味はないと思うけどね」
「さっすが師匠ー。ぼくのことはお見通しですか」
「きみはそういう奴だよ」
ふぅ、と煙を吐くと師匠はタバコを灰皿に置いた。
もみ消さずとも自然に火は消える。
ワールドのギミックならば火事の心配は不要だ。

「それで、今回はどんな依頼なんです?」
ぼくは応接用のソファに座る。
またお砂糖相手の素行調査だろうか。あれ嫌なんだよな。
「そういう面倒なことを依頼者から根掘り葉掘り聞き出すのがきみの役目だろう」
師匠は応接机の上のポテチをぱりぱり食べながら、なんでもないことのように言った。
まぁ確かに、師匠はお世辞にも社交的とは言えない。
依頼者や初対面の人の前では基本的に借りてきた猫のようにおとなしくしている。
「おや、丁度こちらにJoinしてきたよ。
さぁ君の出番だ。ここに案内する道すがら、依頼者との信頼関係を築いてきたまえ」
「わかりましたよー。
僕だって話すのは得意じゃないのになぁ」
メニューを開き、スポーン地点に飛んだ。

そこには宙に浮く乳のでかい女がいた。
空中で足を組んでいるのを見るに、フルトラ使用者なのだろう。
露出度の高い地雷系といった服装の、派手な人だった。
「こんばんは。
わたしは''Josh''(ジョシュ)と申します。エニグマの助手をしています。どうぞよろしくお願いします」
ぼくはハンドジェスチャーで笑顔をつくり、余所行きの明るめの声で口火を切った。
「こんばんは。
あれ?助手?
あなたがエニグマさんなんじゃないの?」
「あぁ、あのポスターの写真をご覧になったんですね。
実はエニグマは別人でして……」
「ふぅん。
ま、依頼を解決してくれるなら何でもいいけれど」
低めの女性声で話す''Miish''(ミィシュ)さんは、おそらくボイスチェンジャー使用者だろう。声に微かにデジタル処理のにおいがした。
「それで、このワールドは?
まさかここでやるの?」
探偵に依頼するために案内されたインスタンスが、夕暮れに染まる辺鄙な街のワールドであったことを訝しんでいる。
「エニグマは変なところでリアリティを出したがる偏屈な人間でして……。
本当に面倒で恐縮ですが、事務所まで少し歩きます……」
「えーっ。めんどくさ。
VRChat内で徒歩移動なんて……」
素直な感想を率直に述べられ、ぼくは肩身が狭くなる。
「申し訳ないです。こちらです、どうぞ」

事務所への道すがらに世間話をして、話しやすい関係性を作っておくように。
師匠が言うには、依頼者との信頼関係は探偵業において最も重要なことであるらしい。
それを人に任せるってどうなのと思いながらも、師匠の言いつけを遂行する。
『VRCエニグマ探偵事務所』は、VRChat内の人探し、素行調査、ワールド探しなどを行う探偵事務所だ。
師匠の気まぐれでいくつかのワールドに依頼受付のポスターが貼り出され、こうして時たま依頼がくる。
ミィシュさんは、VRCでもいちばん活気がある、実在の歓楽街をモチーフにしたワールドでポスターを見たそうだ。
歓楽街のワールドにまつわる雑談をしながら、ミィシュさんのBIOに目を通し、人となりを知っておく。
『ミィシュです。
いきなりのフレンド申請拒否します。』
これだけ。
ふむふむ、身内と外をきっぱり分ける人なのかな。
話のとっかかりになる情報は無しか。
やがて事務所の看板が見え、隣から「やっとか」という声が聞こえた。
……僕も同じ気持ちです。

「こちらが所長のエニグマです」
「どうも」
師匠は片手を挙げ、友達に「よう」と言うようなポーズで挨拶をした。
ミィシュさんは名前だけ名乗ると、師匠を見て「なるほどね」というような視線をぼくによこした。
この格好の人よりぼくの方が探偵っぽい。
なにせぼくは助手の分際でシャーロック・ホームズ風の探偵衣装を着ている。
ここはVRChat。
自分の好きな格好をする場所だ。
僕は応接用のソファを勧め、対面に腰掛ける。
師匠は小さな体で立派な所長席につき、ちょこんとしている。
いつも通り話を聞くのは僕の役目だ。
「では、さっそくですが依頼内容をお伺いします」
「あ……はい。
過去に一度行ったワールドなんですが、探しても見つからなくて。
お気に入りに登録していればよかったんですが、それもしていなくて。
そのワールドにもう一度行きたくて、探し出してほしいんです」
ワールド探しはよくある依頼だ。
VRChatに課金していなければ、お気に入りに登録できるワールド数は多くない。
登録していなければ履歴からもいずれ消え、もう一度行きたくなって探しても見つからないということはよくある。
ぼくにも覚えが多々ある。
依頼され、その場で特定できるものもあれば、何日もかかる場合も、既に削除されているなどして結局見つからないこともある。
写真があればまだ楽なのだが、曖昧な記憶やありふれた特徴のみだと、候補が絞りきれず特定に時間がかかる。
話を聞いていくと、どうやらそういった感じがしてきた。
「……なるほど、ワールドの写真は無し。
ワールドの特徴としては、写真栄えする感じの、お砂糖のデートに使われそうな綺麗系ワールド。
時間帯設定は夜で、キラキラと発光するパーティクルが舞っている。
家やビル、自然もあったと思う、とにかく雰囲気が良いワールド……」
これだけでは特定は難しい。
このVRChatでは正直、ありふれたワールドだ。
「見た目はそんな感じ。
あと、たぶん一番の特徴があるの」
ありがたい。
「ワールド内に指輪のアイテムが散らばってた。
たぶん隠し要素で、ミニゲーム的なものじゃないかな。
全部集めてはいないから、コンプリートしたらどうなるのか分からないけど。
いろんな種類があって、どれも綺麗に作り込まれてたなぁ」
これはかなり有力な手がかりだ。
なんだか特定は簡単そうだぞ。
ぼくは俄然安心した。
「なるほど、承知しました!
できる限りのことはしますが、調査期間は1ヶ月と設けさせていただいてます。
特定に至らない場合もありえることを、予めご了承ください」
これは探偵業とはいえ、VRC内でよくあるロールプレイの一種だ。
基本的に金銭のやり取りは無く、ボランティアのようなサービスなので費用の話や書類の類も必要ない。
「それで構いません。
使えそうなワールドだったから、いつでも行けるようにしておきたいだけなので」
進捗報告を行うので、1週間後にまた来てもらうようアポイントをとり、ミィシュさんは事務所を後にした。
依頼者がレフトしたのを確認してから、ようやく一息ついた。
「まったく、師匠も少しは参加してくださいよ。
最初の『どうも』しか言ってないじゃないですか」
依頼者に対応している間、何度か師匠の様子を伺ったが終始無言で、フルトラにも関わらずあまり身動きすらとらなかった。
依頼者が帰るとき、玄関まで見送るぼくを他所に、椅子から立ち上がりもしなかった。
せめて依頼内容くらいは聞いていたのだろうか。
それくらいしていてくれないと困る。
ぼくが再度説明するのも手間だ。
「師匠!聞いてますか!依頼者さん帰りましたよ!」
びくともしない師匠に詰め寄ると、師匠は突然立ち上がり、天に咆哮した。
「クッッッッッソゲー!!!
絶対許さんからなこの畜生め!!」
続く悪態を聞くと、どうやら伝説の鬼畜ゲームである夢の国キャラクターのホームランダービーをやっていたようだ。
この人は全く……。
「邪念を振り払ってボールを読んだんだが、物理法則を無視した魔球で私を……私を……舐めやがってロビカス……畜生以下だてめえは……」
「ゲームなんかやってたんですか……。
それよりちゃんと依頼内容聞いてました?
ぼく説明するの嫌ですよ!」
「聞いていたよ。いつものワールド探しだろ。
指輪を探すミニゲーム要素があるならだいぶ絞れるだろう。
それに万が一わたしが聞いていなかったとしても、ワールドを探すのも君の役目なんだから、わたしに説明する必要もないだろ」
いつかこのチビと立場を逆転させて実態に合った事務所名にしてやる……!
とぼくはコントローラーを握りしめた。

『さがしもの』

「あぁ、エニグマちゃんのお使いか。
いいよ。じゃあパブリックじゃあれだし、移動しよっか……」
妙に色っぽく言われた次の瞬間、ぼくの目の前にはインバイトオンリーのポータルが出現した。

依頼があった次の日から、ぼくの調査は始まった。
師匠には様々なツテがあり、それらを駆使して情報を集め、解決に導くのがいつものやり方だ。
いつもの通りワールド冒険家の何人かにあたろうとしていたところ、師匠に止められた。
「あまり頼りたくないが、お砂糖とのデートワールドならこいつだろうな」
苦々しく言って紹介された''Hoxx''(ホックス)という人物に会うべく、ぼくはホックスさんの居るパブリックワールドに向かった。

そこは繁華街のワールドで、平日の夜であっても遅くまで人がおり、酒を飲み交わし談笑している賑やかなワールドだ。
事前にフレンド承認をもらっていたホックスさんを探してワールド内を歩き回った。
歩き回るうちに、飲み屋の裏手、人気の無い場所の壁にひっそりと掲示してあるポスターが目に入る。
思わずホックスさん探しを忘れ、ぼくは改めてまじまじとそれを見た。
『VRC探偵エニグマ  依頼募集中!』
ポスターにはでかでかと、なぜかぼくの写真が使われている。
元来探偵に憧れていたぼくは、アバターの改変も古典的な探偵をモチーフとしていた。
鹿打帽子にトレンチコートのシャーロック・ホームズスタイルを女の子風にした改変だ。
とはいえ本当に事件を解決することも、そもそも事件に出くわすこともなく単なるコスプレのつもりだった。
しかしある日、パブリックで突然話しかけてきた銀髪ロリに「本当の探偵にならないか」と声をかけられた。
話を聞くと、「とはいえ探偵になるにはまず探偵を学ばなくてはいけない。しばらくはこの私エニグマの助手として働き、探偵の在り方を学びたまえ」などと言われ、まんまと助手という名の雑用を押し付けられたのだ。
ポスターの写真も、「君の方が探偵っぽいだろ」と言われ乗せられた私がいい気になって撮った写真が使われているというわけだ。

とはいえ、ホックスさんを探して街の人に尋ねてまわる自分は、さながら本当の探偵のようで楽しくなってしまった。
そしてとあるバーの奥、薄暗い席で見つけたホックスさんは、布面積の小さい服を着たアバターの女の子の手をとり、なんだか距離感近く話していた。
ぼくは暫く物陰から様子を伺っていたが、話が終わるどころか公序良俗に反する雰囲気になっていくのを察したぼくは思い切って声をかけた。
ぼくを見たホックスさんは、訝しんだ視線を向けたが、師匠の名前を出すとすぐに時間を作ってくれた。
一緒に居た子に耳打ちし、隅に移動したふたりは別れ際に軽くキスをしたように見えたが見なかったことにした。

そして現在、ぼくはホックスさんとプライベートワールドに居た。
薄くJAZZが流れる、間接照明が落ち着いた雰囲気を演出しているホテルの一室のようなワールド。
ホックスさんは繁華街で女の子を口説いているときはイケメンアバターだったのだが、ここに移動した瞬間に夜の蝶というような妖艶なお姉さんアバターに姿を変えた。
そして驚くべきことに、イケメンアバターだったときは低音の心地よいイケメンボイスだったのが一変し、甘く優しい女性の声になっていた。
聞く限りではボイスチェンジャーではないようだ。
所謂「両声類」という人だが、ここまで見事に変えられる人は初めて見た。
「ふふ、かわいい探偵さん。なんでも訊いてね。
エニグマちゃんには借りがあるから、私逆らえないの」
ベッドのふちに腰掛けたホックスさんは、隣をぽん、と叩いた。
隣に座ってという意味らしい。
アダルトな雰囲気に耐えなんとか正気を保ちながら今回の依頼内容を伝えるぼくを他所に、ホックスさんは相槌を打ちながら少しずつ距離をつめてきた。
話が終わる頃、ぼくはなぜかホックスさんに優しく頬を撫でられていた。
「……というわけで、条件に合うワールドをご教示いただけないかと……思いまして……」
「うん……心当たりのワールドは……いくつかあるよ……」
「それは、たすかります……」
「ふふっ、おびえないで。
食べちゃうつもりは無いから。あとでエニグマちゃんに怒られちゃうしね。
かわいいから撫でてるだけ。……嫌だった?」
「いえ……とても……心地よく……ぁ……」
その日、ぼくは初めてVRで寝落ちした。

依頼を受けてから1週間後。
早々に片付く依頼だろうと思っていたぼくは、何の収穫も無いままその日を迎えた。
アイテムを探すゲーム要素があるワールドだけでもかなり絞れるのだが、その中でパーティクルが綺麗なお砂糖向けデートワールドは、見つかりそうで見つからなかった。
近いものがあっても、アイテムは指輪では無かったりする。
捜索が難航していることを、ありのまま師匠に打ち明けた。
師匠は事務所内でシャボン玉を吹きながら、ぼくの報告を聞いていた。
「情報が記憶だけのワールド捜索は、実はかなり難しい。
記憶が古ければ古いほどね。
他の様々なワールドの記憶と間違えることもあるし、誰と行ったかで印象も変わるだろう。
こういった場合、少しでも多く情報がほしい。
今日は依頼者にいつ、誰と行ったワールドか訊いてみてくれ。
曜日、時間帯、ひとりで行ったのか、どんな関係の人と行ったのか、ワールドの情報はどこから得たのか、なんでもいいから情報を集めたまえ」


「時期は、半年くらい前かな。
元お砂糖相手とお砂糖関係になる前に、ワールド巡りしてたんです。
そのときに行ったワールドのひとつでした。
基本的には、向こうがおもしろそうなワールドに私を誘ってくれて、ついて行く感じでした」
「なるほどなるほど……。
話してるうちに何か他のことを思い出すかもしれませんので、もう少し当時のことを教えていただけますか?」
「えー……。
もうお塩した相手のことだし、あまり思い出したくないんですけど」
ミィシュさんは、露骨に嫌そうな声色で言った。
ですよね、わかります……。
師匠の方をちらと見ると、笑顔で首を動かし、顎で小突くようにして「いいから訊き出せ」という身振りをした。
くそ……。
「現状の情報だけでは特定が難しいので、なんでもいいので知りたいんですよォー。
お願いします……」
頭を下げるぼくを見かねてか、ミィシュさんは渋々といった口調で、話し始めた。

半年ほど前、共通のフレンド経由で知り合った元お砂糖相手の''あまぐも。''(アマグモ)さんとは、すぐに仲良くなったらしい。
ミィシュさんの好みのワールドを聞くと、お勧めのワールドをいくつも紹介してくれた。
SNSに載せる写真を撮るため、景観の良いワールドの情報がたくさん欲しかったミィシュさんにとって、アマグモさんはありがたい存在だった。
アマグモさんは写真にも詳しく、いろいろな撮影技法を教えてくれた。
気付けばふたりで写真のためにワールド巡りをすることが日課になっていた。
件のワールドはそんなときに紹介されたもののひとつで、ワールドのことはSNSで知ったらしい。
ほどなくしてアマグモさんからお砂糖申し込みがあり、憎からず思っていたミーシュさんはそれを承諾。
お砂糖関係になるも、4ヶ月ほどで関係は解消された。
「あの人は元々あまり喋らない人で、どこか掴みどころが無かったの。
最初はそれも気を遣わなくて済むから居心地がよかったんだけど、だんだん退屈になってきて。
私が誰と居ようと、会う約束してたのに約束を破ろうと、どこかのプラベに篭っていようと、何も言われなかった。
私に興味なんて無いんだって思ったの。
だから私が振って、それでおしまい」
なるほど。
アバターを介してのコミュニケーションをするVRChat内では、どうしても越えようのない距離がある。
あらかじめ仕込まれた表情からは感情の機微は読み取れないし、細かな仕草も伝わりにくい。
相手が何を考えているのかわからなくなる、気持ちのすれ違いは現実と同じようにやはりある。
「話していただいて、ありがとうございました。
ちなみにですが、今もアマグモさんとはフレンドなのですか?」
「お塩したときにアンフレンドして、ブロックした。
きっぱり区切りをつけるタイプなの。
今は何してるか知らない」
これもよくあることだ。
本当に最終手段だが、アマグモさんを探し出して直接聞き出す方法もある。
ほとんどご法度だが。
それから、ワールドの情報を思い出せるだけ話してもらった。
指輪があった場所、数など。
「場所は、家のテーブルの上とか、海の岩場とか。
たしか、10個くらい見つけてたよ。
結局いくつあるか分からないし、疲れたから解散ってことになって、その日はお開きになったの」
「なるほど、なるほど!
良かった、これでかなり絞りこめると思います。
助かりました」
「よかった。
ここまで話したんだから、絶対に見つけてね」
……圧。

とは言ったものの、役に立ちそうな新しい情報はほとんどなかった。
ミィシュさんが帰った事務所で、ぼくは途方に暮れた。
「んー……話は聞けましたけど、役にたちそうな情報は正直なところ無かったですね……やっぱりそれっぽいワールドを片っ端から調べてまわるしか……」
師匠は片手でシャボン玉吹きを持ち、片手にタバコを持ち交互にぷかぷかさせながら、感慨深げに言った。
「ふむ、自分で考える姿勢はたいへん素晴らしい。
助手以上の仕事をしようとしている。
さすがにわたしを師匠と呼ぶだけのことはあるよ。
やはりわたしが見込んだ人間だ」
「お褒めにあずかり幸甚の至りですけどね、名探偵の格好しながら結局は足で探すことになったんですよ?
見掛け倒しもいいところです。
これで見つからなかったら笑われちゃうよ……」
「そんなことにはきっとならないよ」
「どうしてそう言いきれるんですか?」
「君はわたしに働かされすぎて忘れたのかもしれないけどね、ここは"わたし"の探偵事務所なんだよ」
「えっ……!もしかして師匠には見当がついたんですか!?
ワールドを探す手がかりになる情報なんてありましたか!?」
「うん。
遠からず特定できるだろう。
ホックスに再度問い合わせてくれ。
ただし、訊き方を変えてね」

『みつけたもの』

「あなたが探していたワールド、ここではないですか?」
「…………」
中間報告から3日後、ぼくたちはあるワールドに居た。
ミィシュさんはスポーン位置の草原に立ったまま、辺りを見回している。
空を流れる雲の隙間から、星々が見え隠れしていた。
草原には、色とりどりのパーティクルが舞っており、幻想的な雰囲気だ。
やがてミィシュさんは歩き出し、草原の奥にある小さな街へ向かった。
いくつかの家々には入ることができ、プレイヤーやペンも置かれている。
ほとんどがミィシュさんの言っていた通りのワールドだ。
ただ、
「指輪が無い……」
そう、いちばんの特徴であるゲーム要素。
指輪のギミックが無い。

「確かにその通り。いちばんの特徴であった、指輪のギミックが無い。
ですがその1点を除いたとき、あなたが探していたワールドはここ。
間違いありませんか?」
師匠が訊いた。
「……はい。
たしかに、このワールドです」
「このワールドは個人で作られたものであり、販売されているものではない。
つまり、指輪のギミックがあったとすれば、ワールド作者が後に消したことになる。
しかし、最終アップデートは履歴は、あなたが訪れるよりも前の日付でした」
「…………」
そう、ぼくがどれだけ探してもここを見つけられなかった理由。
それは、いちばんの手がかりであったはずの指輪を探すゲーム要素。
それを頼りに探していたからだ。
「ここからは、わたしの推測ですが」
師匠は静かに語りだした。
「アマグモさんはあなたにお砂糖申し込みするとき、BOOTHのギフト機能を使って指輪をプレゼントしたのではないですか?
そしてそれは、このワールドで見つけた指輪のひとつだった」
ミィシュさんは、静かに頷いた。
「おそらくアマグモさんは、あなたにプレゼントする指輪を選ぶにあたり、あなた好みのものを贈りたかった。
アバター改変や自撮りに熱心なあなたのことだ。
身に付けるアイテムにもこだわりが強いでしょうから」
「でもあなたに直接たずねるのも憚られる。
だから、一緒に選ぶことにしたんです。
ワールド巡りをして、一緒に写真を撮っていくうちにある程度はあなたの好みを把握していたアマグモさんは、候補を10個ほど見繕った。」
ミィシュさんは、師匠の話を聞きながら夜空を見上げている。
こちらからその表情は伺えない。
「そして、その全てを購入した。
大胆で思い切ったことです。たぶん、それほど特別な想いがあったのでしょう。
指輪を全てアバターに仕込み、取り出せるようにした。
ここで指輪を見つけたのは、アマグモさんだけだったのではないですか?」
ミーシュさんは黙っている。
「アマグモさんが指輪を発見し、その度にあなたに見せに来た。
そのとき、アマグモさんは指輪を見たあなたの反応を伺っていたのです」
ミィシュさんは夜空を見た姿勢のまま、口を開いた。
「あのとき、アマグモくんはいつになく饒舌だった。
『この指輪はデザインが凝ってるね。
こっちはダイヤの形が動物だ。かわいいよね。』
彼が見つけてきてくれた指輪は、どれも素敵だった。
その中で、ふたりで、これが1番綺麗だねって言った指輪があった。
お砂糖申し込みをされたとき、アマグモくんは『BOOTHを見てたら同じモデルが販売されてるのを見つけたから、せっかくだからプレゼントさせて』って。
わざとらしい……。
私の好みに合わせるためにあんなに買ったなんてばかみたい。
私のために…………」
「…………」
「あーあ、気になる人ができたから、このワールドに連れて来て、アピールしようと思ってたのにな……。
あてが外れちゃった」
師匠とぼくは黙っていた。
ミィシュさんは、ぼくたちの方へ向き直り、頭を下げた。
「ありがとうございました。
きっと、ぜんぶエニグマさんの言った通りなんだと思います。
あの人は、なんでも私優先で考えてくれていた。
私が会いたいと言えばいつでも時間をつくってくれたし、私がフレンドと遊びたいと言えば自分との約束をしてても我慢してくれた。
それを私は、私に興味がないんだって、思ってしまった。
エニグマさんの推理を聞いて、そうではなかったのかなと、思えてきました」
「…………」
「もう少しこのまま、ここに居させてもらっていいですか?
お礼はまた、改めて……」
「いいでしょう。
コホン、では助手くん、しめたまえ」
「えっ!?……と…………?」
急な無茶ぶりに狼狽える
「あー、この度は、ご依頼、まことにありがとうございました……」
えーと。
えーと……。
「またどこかで、お会いしましょう!」
ミィシェさんは、優しく微笑んでいる。
なんとかとっさにそれっぽいことを言ったものの、なんだか恥ずかしくなってきた。
去ろうと振り返ったすぐのところに、師匠の事務所があるワールドのポータルが出現していた。
ぼくはそのままそこに吸い込まれていった。
後ろから、かすかにミィシュさんの笑い声が聞こえた。

夕暮れの街を、師匠と並んで歩く。
地方都市の街並みが、一日を締めくくるオレンジ色に包み込まれようとしている。その一瞬を閉じ込めた、それだけの世界。
「師匠、どうして指輪がワールドのギミックじゃなくて、アマグモさんのアバターギミックだと気付いたんですか?」
「んー……。
アイテムを集めるゲームワールドって、「どこに隠されてるか」とか「何個集められたか」が重視されるんじゃないかな。
アイテムのバリエーションを豊富にする意味はあまりない。
ストーリー性のあるゲームならば有り得るかもしれないけれどね。
しかも、"綺麗な指輪"だ。
わたしは鍵を探すような謎解きワールドでは、鍵自体はローポリの、取るに足らないものしか見たことないよ。
そこの見た目に拘る意味があまりないしね」
「なるほど、それでゲームワールドということ自体に疑いをもったと。
さすが師匠です……」
ぼくは改めて師匠を尊敬した。
探偵と名乗って、探偵のように推理して、探偵のように解決してしまうなんて!
これはコスプレや単なるロールプレイではない、本当の探偵だ。
「最初にんー?と思ったのはそこだけどね。
確信に変わったのは、依頼者の発言だよ」
「ミィシュさんの発言……?」
「普通、何かを探すゲームワールドに複数人で行ったら"手分けして"探すだろう。
必然、誰がいくつ見つけた、という話になる。
でもあの依頼者は、『10個くらい見つけてたよ』と言った。
"合わせて10個"でも無く、"見つけた"でも無くね。
あの人は、自分がひとつも見つけられなかったことをあえて言わなかった。
恥ずかしかったのかな。おかげで無駄に混乱しちゃったねえ」
そんなの言葉のあやに過ぎない気もするが、こうした言葉選びひとつから、隠された真実を見つけていくのが大事なのだろう。
いつか、ぼくにも出来るだろうか。
中間報告のあと、師匠に言われた通り、ホックスさんには"ゲームワールドということは一度忘れて、景観や見た目の情報のみで"あらためて探してもらった結果、あのワールドが浮上したのだ。
そして全ては師匠の予想通りだった。
「師匠」
「んぁ?」
「見直しました」
「ん」
ちょうど、事務所の看板が見えてきた。
『エニグマ探偵事務所』
ここは、VRChatにある探偵事務所だ。

後日、事務所に行くとワールドギミックにティーセットが追加されていた。
ミィシュさんは3Dモデラーで、作ったアイテムをBOOTHで販売しているそうだ。
今回の依頼解決のお礼として、そのうちのティーセットをギフトプレゼントしてくれたらしい。
この事務所に似つかわしくないオシャレなデザインのティーカップと、ポットのセット。
「『リアリティを求めてるなら、事務所で依頼者にお茶くらい出したらどうなんですか』だってさ。
ふん、どうせならコーラがよかったな。
それならポテチにも合うのに」
ぶつぶつ文句を言いながら、師匠は熱くもない紅茶を、小さな吐息で冷ましていた。


おわり

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