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最後の一滴(ひとしずく)まで

『最後の一滴(ひとしずく)まで』
二人用声劇台本(男:女=1:1)
声劇台本置き場…https://taltal3014.lsv.jp/app/public/script/detail/1426

《登場人物》
・月斗(つきと)…吸血鬼。
・向陽(ひまり)…自殺しようとしている。字が読めない。


《本編》

向陽 (M)古びた教会に私はいた。外から月の明かりが優しく中を照らしている。私は今から死ぬ。良いことなんて何もなかった私の人生。今でも神様なんていないと思っているからこそ、ここで死んでやろうと思った。

月斗 「そこで何してるんだ。」

向陽 (M)月明かりに照らされた彼の姿は、とても綺麗だった。

月斗 「何をしてるんだと聞いている。まさか、死のうとしているのか。」

向陽 「だっ…だったらなんだって言うんですか!」

月斗 「わざわざこんなところまで来てか?」

向陽 「それは…神様なんていないって思ってるから、ここで死んでやろうって…思ったの。」

月斗 「君って、行動力凄いね。それを生きる方に使ったらいいんじゃないのか?」

向陽 「どうしてそんなことあなたに言われなくちゃいけないんですか。」

月斗 「私は生きたいから…かな。」

向陽 「えっ…?あなた、死ぬの?病気?」

月斗 「病気…。まぁ、そんなところかな。」

向陽 「何?死ぬなとか言うつもり?」

月斗 「そんなつもりはない。そんなこと言ったところで、君は死ぬのをやめたりしないだろう?」

向陽 「その通りよ。だから邪魔しないで!」

月斗 「邪魔はしない。ただ、一つ提案があるんだ。」

向陽 「提案??」

月斗 「私が死ぬまで側にいてくれないか?」

向陽 「あなたが死ぬまで?…嫌よそんなの!」

月斗 「1週間って言ってもかい?」

向陽 「……1週間?」

向陽 (M)そんなに体が悪いように見えないのに…。1週間後に死ぬの?この人。

月斗 「ほんとに 1 週間後に死ぬのか?って顔してるね。見た目じゃわからないだろうね。でも、このまま何もしなければ私は死ぬ。」

向陽 「そうなのね…。1週間なら側にいてあげてもいいよ。私なんか話し相手にもなれるかどうかわからないけど…。」

月斗 「長い間 1 人っきりだったから、ただそこに居てくれているだけで私は嬉しいんだ。」

向陽 「あなたって、変わってるのね。」

月斗 「月斗(つきと)だ。」

向陽 「月斗って名前なの?……私は向陽(ひまり)です。」

月斗 「私のことは好きに呼んでくれて構わない。私の家はすぐそこだから、着いておいで。」

(月斗の住む場所に着く。)

向陽 (M)1 週間かぁ…。私、どうして OK しちゃったんだろう?

月斗 「向陽、ここが私の家だ。これから 1 週間よろしく頼む。」

向陽 「え…、大きい。お屋敷じゃん、これ。」

月斗 「ご先祖様からそのまま受け継いだだけだから、私がお金持ちというわけじゃないんだ。」

向陽 「そうなの?それでも十分凄いわよ…。」

月斗 「広すぎて掃除が行き届いてないんだけど、普段使用している場所とその周辺は綺麗にしてあるから安心してくれ。」

向陽 「料理は普段から自分でやってるの?」

月斗 「買ってくるか家にあるものを食べてるよ。一日一食なことが多いから、作るのは面倒でね。」

向陽 「一食?!しっかり食べないと倒れちゃうよ?」

月斗 「好きな食べ物もないから、普通の食事に対しては興味がわかなくてね。」

向陽 「そんなだから体弱って死んじゃ…あっ。ごめんなさい。」

月斗 「別に構わないよ。当たらずも遠からずだからね。」

向陽 「………。」

月斗 「本当に気にしなくていい。向陽は気にせず好きなものを食べてくれて構わない。」

向陽 「どうせなら一緒に食べたいんだけど…。」

月斗 「いいのかい?私としては嬉しいよ。」

向陽 「今まで誰かと一緒に食べたことがないの。一つ思い出として、って感じかな。」

月斗 「思い出として、かぁ。素敵だね。」

(寝室前)

月斗 「ここが寝室だ。客室の掃除をしていないので、同室で寝ることになるが…いいかい?」

向陽 「同室…。」

月斗 「掃除はすぐにできるが…私が一緒にいてほしいというのが本音ではある。」

向陽 「えっ?一緒に、寝たいの?」

月斗 「…すまない。ずっと一人だったから少し浮かれてしまっていた。ここで待っていてくれるかい?向陽が使えるように部屋を準備してくるよ。」

向陽 「待って。わざわざ準備しなきゃいけないなら、同室で構わないよ。」

月斗 「そうかい?では、そのように準備しておくよ。」

(準備完了)

月斗 「向陽?ご飯は何が食べたい?悪いが私は太陽の光に当たることができないから、食べたいものと明日の朝食べるものを買ってきてくれるかい?」

向陽 「そうなのね。何が食べたいの?必要なものがあれば一緒に買ってくるよ?」

月斗 「私は向陽が食べたいものと一緒で構わない。特にすぐに必要なものはないよ。向陽が生活する中で必要なものを買っておいで。」

向陽 (M)太陽の光に当たれないなんて、まるで吸血鬼みたい。…いや、アレルギーの可能性だってあるよね。死んじゃう原因と関係あるのかもしれないし。

(向陽、帰宅)

月斗 「おかえりなさい。早かったね。」

向陽 「美味しそうな屋台多くて迷っちゃったけど、食べたことあるものにしたの。」

月斗 「じゃあ、早速食べようか。飲み物は何でもいいかな?」

向陽 「待って。飲み物も買ってきたの。」

月斗 「あぁ、そうなのか。ありがとう。」


向陽 「ごちそうさまでした。」

月斗 「ごちそうさま。誰かと食べる食事の楽しさを久しぶりに感じられたよ。」

向陽 「誰かと一緒に食べるだけでこんなにも気持ちが違うのね…。死ぬ前に体験出来てよかった。」

向陽 「あの…体を洗いたいのだけど、いいかな?」

月斗 「着替えがないんだが…。」

向陽 「大丈夫。今着てるものを洗って使うから。」

月斗 「乾かないと着られないだろう?私のでよければ使うかい?」

向陽 「そうね……。一着借りていいかしら。」

月斗 「じゃあ入ってる間に準備しておくよ。ゆっくり温まっておいで。」

(向陽入浴後脱衣所)

向陽 「まさかお風呂に入れるなんて…。」

向陽 (M)お風呂、気持ちよかったなぁー。

月斗 「向陽?入っても大丈夫かい?」

向陽 「へっ?ちょっ、ちょっと待って!(ばたばたと準備をする)いいわよ!」

月斗 「サイズが合わないかもしれないと、思っていくつか服を持ってきたんだが、試しに着てみてくれるかい?」

向陽 「ありがとう。何でも良かったのよ?」

月斗 「向陽は女の子だろう?少しでも可愛らしいものをと選んできたつもりなんだが…。」

向陽 「(吹き出す)ぷっ!女の子って。そんな風に言われたの初めてよ!」

月斗 「何故そんなに笑っているんだ?何もおかしなことは言っていないだろう?」

向陽 「ふふふっ…。そうだけど、違うの…!私、女の子どころか人間として扱われてこなかったから。不思議ね。」

月斗 「私から見た向陽は十分可愛らしい女の子だよ。」

向陽 「…!?いきなりそういうのやめて。慣れてないんだから、どんな反応すればいいのかわからなくて困る。」

月斗 「少しづつならいいということかな?」

向陽 「いや、そういうことでもないんだけど…?」

月斗 「私は思ったことをそのまま伝えているだけだよ。残された時間を考えたら、そうするのがいいと思うからね。」

向陽 「そうね…。」

(寝室)

月斗 「向陽、おやすみ。」

向陽 「…ねぇ、やっぱり寝る時も近くにいなくちゃだめ?」

月斗 「目が覚めたときに姿が見えなかったら心配になるんだ。どうしても嫌なら今からでも別室の用意するよ。」

向陽 「んー、そこなんだよね…我慢するよ。」

月斗 「本当は隣で寝てほしいけど…。私も我慢だね。」

向陽 「っ…!?は?隣で???無理だよ。びっくりした。」

月斗 「今日は我慢するよ。向陽、おやすみ。」

向陽 「……おやすみなさい。」

向陽 (M)はじめと随分印象変わったなぁ…。

(翌朝)

向陽 「うぅん…。眠い。」

月斗 「おはよう、向陽。あまり寝られなかったかな?」

向陽 「ん?……。あぁ、おはよう。」

月斗 「………。」

向陽 「ん?どうかしたの?」

月斗 「いや、一度も私の名前を呼んではくれないんだなと思ってね。」

向陽 「それは…。名前を呼んじゃったら、仲良くなってしまうかもしれないでしょ?そうなっちゃったら、お別れするのが悲しくなるじゃない。」

月斗 「そんな可愛らしい理由だったんだね。でも、名前で呼んでほしい。駄目かい?」

向陽 「ん…。それは、うーん。気が向いたらね。」

月斗 「あぁ、それで構わないよ。ありがとう。」

向陽 (M)なんで名前で呼ばれたがるのかな…?長い間 1 人っきりだったって言ってたけど、それが関係あるのかな?

向陽 「(小声)気が向いたらかぁー。何でそんな事言っちゃたんだろう…。」

向陽 (M)名前なんてただの記号と変わらないのに。

向陽 「こんなに広い庭なのに、花とか何も植えてないのね。」

月斗 「水やりとかの世話が私にはできないからね。」

向陽 「世話ができれば育てたいってこと?」

月斗 「んー、そうだね。一度は育ててみたかったかもしれないね。」

向陽 「今からでも育ててみればいいじゃない。本とか置いてないの?」

月斗 「書庫ならあるが…。」

向陽 「それなら今から行こう!」

月斗 「今から…。そうだね、探してみようか。」

(書庫)

向陽 「沢山の本があるのね。」

月斗 「私も読めていないものが沢山あるからね。」

向陽 「私文字が読めないから、本を探すのは手伝えないけど、運ぶのは任せて。」

月斗 「そうだったんだね。ありがとう。向陽はどんなのがいいと思う?」

向陽 「私?好きなのにすればいいじゃない。」

月斗 「どうせ育てるなら、向陽も好きなのにしたいと思ったんだ。」

向陽 「私も死ぬのに?生きて育ててくれなんて言わないでよ?」

月斗 「そんな無責任なこと言わないから安心してほしい。」

向陽 「そんなこと言っても、私文字わからないよ?」

月斗 「これなら写真もあるからいいんじゃないかな?ほら。」

向陽 「んー、それなら。これなんかどうかな?育てやすさとかはわからないけど、白い小さな花が可愛い。」

月斗 「これかい?…そうか、じゃあこれにしようか。」

向陽 「なんて名前なの?」

月斗 「ナズナだよ。」

向陽 「どこに行けば買えるのかな?」

月斗 「道端に咲いているらしいから、買いに行かなくても庭を散策したら見つかるかもしれない。」

向陽 「そうなの?それなら、私探してくる!」

月斗 「あっ、向陽!…行ってしまった。」

向陽 「あったよ!!!ナズナ!」

月斗 「わぁ、泥だらけじゃないか。ナズナは私が植えておくから、向陽はお風呂に行っておいで。」

向陽 「私も植えたい。」

月斗 「…わかった。じゃあ二人でやろうか。」

向陽 「やった!!!」

月斗 「じゃあ入れ物を持ってくるから、向陽は咲いていた所の土を取ってきてくれるかい?」

向陽 「任せて!」

月斗 「向陽?入れ物を持ってきたよ。」

向陽 「あぁー!どのくらい土が必要なのかわからなかったから、これだけ持
ってきたけど…。」

月斗 「凄く沢山運んでくれたんだね。ありがとう。早速入れようか。」

向陽 「土はどれくらい入れたらいいの?」

月斗 「半分より多めに入れてほしい。」

向陽 「んっ!おいしょっと…。」

月斗 「ちょっと待ってくれ。土を固めて入れちゃだめだ。」

向陽 「そうなの?こんな風に花を育てたことないからわからなかった…。」

月斗 「土は入れるだけでいいんだ。後から固めなくていいんだよ。」

向陽 「こんな感じでいいかな?」

月斗 「あぁ、ありがとう。私でも世話が出来るように日陰になる場所に置いておこう。」

向陽 「私、この花やっぱり可愛くて好きだな。こんな可愛い花が買わなくてもいいなんて不思議。」

月斗 「この辺には色々な野草が咲いているからね。他にも咲いていたんじゃないかな?」

向陽 「っ…。そんなこと言われたら、見て回りたくなってきた。」

月斗 「今から見てきてもいいんだよ。」

向陽 「じゃあ行ってくるー!」

月斗 「まるで小さな子どもみたいだな。」

(お風呂)

向陽 「あんなに夢中になって、私子供みたいなことしてたな。」

月斗 「向陽、お湯加減はどうだい?」

向陽 「ありがとう。丁度いいよ。」

向陽 (M)美味しいご飯食べたり、ふかふかの布団で寝たり、あんなに広い庭で駆けずり回ったり、本を見たり…ここ数日で初めてなことばかり体験してるなぁ…。

月斗 「向陽、ご飯の準備しておくよ。何かあったら呼んでくれ。」

向陽 「うん。わかった。」

向陽 「ありがとう。お風呂気持ちよかった。服も…ありがとう。」

月斗 「ご飯、あったもので組み合わせただけだが…。」

向陽 「食べられるだけで嬉しい。」

月斗 「……。」

向陽 「毎日ご飯が食べられるような環境じゃなかったし、お風呂だって今まで数回しか入ったことない…体を洗うのだけでも3日に1度だったから。」

月斗 「そうだったんだね。」

向陽 「皮肉なもんだよね、死のうとしたら人間らしい生活を送れるようになったんだもの。(小声)死にたくなくなるじゃない。」

月斗 「死にたくなくなった?」

向陽 「…っそんなことない!」

月斗 「もし、だよ?生きたくなったら、この家にそのまま住んでくれて構わないから。」

向陽 「もしって…私は死ぬって決めたの。」

月斗 「そうか。生きたくなっても私は責めたりしないから、自分のしたいようにしてほしい。」

向陽 (M)あれだけ死にたかったのに、死にたい気持ちが小さくなってきているのを気づかれているみたいで…怖い。このままだと死ぬのが怖くなりそう…。早く、早く死にたい。この気持ちが変わってしまう前に…。

向陽 「あれ…?そろそろ寝る時間のはずなのに、どこにいるのかな。一人で寝ても…。いや、一緒に寝るって約束してるし探してみようかな。」

向陽 (M)…って言っても行きそうなところなんてわからないんだよなぁー。一緒に行ったことある場所手当り次第周ってみようかなぁー。

(花の前)

向陽 「あっ、ここにいたんだね。」

月斗 「あれ?向陽、何故ここに?寝なくてもいいのかい?」

向陽 「一緒に寝てほしいって言ったのは誰なのよ。」

月斗 「まさか、私が寝室になかなか来ないから探しに来てくれたのかい?」

向陽 「べ、別にそういうんじゃない!ただどこかで倒れたりしてたら、約束守ってあげられなくなるから。」

月斗 「向陽って凄く真面目で優しいよね。私との約束なんて破ってしまってもいいのに。」

向陽 「だって、約束は守るためにするんでしょ?守られなかった時の悲しさは嫌ってほど知ってるから。」

月斗 「きっと、生きづらかったろうね。」

向陽 「………。」

向陽 (M)生きづらかった…のかもしれない。言われて初めてわかった気がする。

向陽 「あの、月斗…。聞いてもいいかな?」

月斗 「っ…名前!?とても嬉しい。私で答えられることなら何でも聞いてもらって構わない。」

向陽 「長い間 1 人だったって言ってたけど、家族はどうしたのかなって。

月斗 「……。」

向陽 「答えたくなかったら無理に言わなくていいからね。」

月斗 「いや、どう言えばいいのかと悩んでただけだよ。」

向陽 「それならいいけど。」

月斗 「私が幼かった頃は、家族や友人もいたんだ。でも、私が成人した年に皆殺されたんだ。」

向陽 「えっ、殺された?」

月斗 「殺されるようなことを親族の一人がしたんだ、そいつだけが殺されるなら良かったんだが…。」

向陽 「…。」

月斗 「そいつが、私の妹の許嫁だったのがいけなかったんだ。両親と妹が敵討ちしてしまったことを皮切りに…私はたまたま外に出ていて争いに巻き込まれることなく生き残ったんだ。」

向陽 「そんなことがあったんだ。」

月斗 「一人で生き延びてしまったことを恨んだり、後悔したりしたんだが…。一人でいることに慣れたと言えば聞こえはいいが、次第に麻痺してしまったんだ。」

向陽 「なんて言えばいいかわからないけど、その…。」

月斗 「まぁ、そうなるだろう。今では特になんとも思ってないんだ。それもまた麻痺してしまったからなんだろう。」

向陽 「あの時の私が似ていたから、声をかけたの?」

月斗 「どうなのかな…。私自身わからない。」

向陽 「あの時はなんで声をかけてきたのって思ったし、今でも思ってる。でもね…。割と楽しんでる自分がいて、死ぬ前にいろんな初めてを経験できて嬉しいなって、もっといろんなことをしてみたいなって思うようになったの。」

月斗 「私も向陽と一緒にいろんなことが出来てワクワクしているよ。」

向陽 「明日の朝ご飯は私が作ってもいい?」

月斗 「えっ…いいのかい?」

向陽 「色々してもらってばかりも、申し訳ないの。」

月斗 「明日が楽しみだ。」

(翌朝)

向陽 (M)私が誰かの為にご飯を作りたいと思う日がくるなんて…。

月斗 「…向陽、おはよう。」

向陽 「あっ、おはよう。起きるの早いんだね。」

月斗 「今日は少し遅くなってしまったけどね。」

向陽 「あと少しで完成するから、待っててくれる?」

月斗 「あぁ、待ってるよ。」

向陽 「お待たせ。私これしか作れないけど、味は美味しいから。」

月斗 「ありがとう。郷土料理か何かかい?」

向陽 「小さい時にお母さんが作ってくれたの。おぼろげな記憶だし、顔も全然覚えてないから、もしかしたら母親じゃなかったかもしれないし、全部自分で作った妄想かもしれないけど。」

月斗 「出会ってから私が見た中で一番優しい顔をしている。真相はどうであれ、大切なものなんだね。」

向陽 「そうかもしれない。」

月斗 「そんな思い出の食べ物を作ってもらえて嬉しいよ。」

向陽 「多分思ってるほど大したものじゃないよ?」

月斗 「向陽がそう言っていても、あの笑顔を見たら温かい気持ちになったよ。」

向陽 「なんか恥ずかしいな…。とりあえず食べよう!」

月斗 「あぁ、いただきます。」


向陽 「ごちそうさまでした。」

月斗 「ごちそうさま。とても美味しかったよ。」

向陽 「そっか。よかった。…後片付けは任せて!月斗はナズナに水あげて。」

月斗 「ありがとう。じゃあお願いしようかな。向陽は花を名前で呼ぶんだ
ね。」

向陽 「名前がわかってるんだから、呼んであげたいじゃない。」

月斗 「………。」

向陽 「えっと…、月斗の名前呼ばないようにしてた人間が何言ってるんだって感じだよね。」

月斗 「それは向陽の中で理由があっただろう?私は特に気にしていないよ。」

向陽 「そっ…そう。じゃあお皿とか持っていくね。」

月斗 「ありがとう。」

(花の前)

月斗 (M)向陽は無意識で選んでいたけど…。潜在意識の中でそう思っているんだとしたら、興奮するなぁ。でもまだだ、まだ足りない。ギリギリまで耐えないと意味がない。

(書庫)

向陽 「改めて見ても沢山あるなぁー。私も文字がわかれば気になる本とか読めるのになぁ。まぁ、今更読めたって遅いんだけどね…。」

向陽 (M)そもそも文字が読めたらあんな生活せずに済んでただろうし…。死のうとなんて思いもしなかったんだろうなぁ。月斗とも出会えなかったってことだもんね。良いことなんて何もないって思ってたけど、あの日に教会に行ったことでこんなにも楽しいことが起こってて…。

向陽 「死ななくてよかった。」

(夕食後)

向陽 「じゃあ片付けしてくるね。」

月斗 「ちょっと待ってくれ。私もやろう。」

向陽 「え?一人でも平気だよ?」

月斗 「一人になるのが怖くなってきてしまってね。一緒にいたいんだ。駄目かい?」

向陽 「駄目なんかじゃないよ。一緒にいるって約束したでしょ?」

月斗 「そうだったね。」

向陽 「自分がした提案くらい覚えておいてよ。」

(寝室)

向陽 「おやすみなさい。」

月斗 「あぁ、おやすみ向陽。」

向陽 (M)うぅ…トイレ行きたくなっちゃった。えっと、月斗は…寝てる?静かに行って帰ってこれば大丈夫だよね。

月斗 「ん?あれ、向陽?どこにいるんだい?」

向陽 「あっ、起こしちゃった?ごめんなさい。ちょっとトイレに行ってきた
だけだよ。」

月斗 「それなら私を起こしてくれればよかったのに…。お願いだから私の側を離れないでくれ!近くに向陽がいないと怖くなってきてしまって。私も何故こんな感情に包まれてしまうのかわからないんだ。」

向陽 「できるだけ、ずっと側にいてあげるから大丈夫だよ。」

月斗 「今日は何度も情けない姿を見せてしまったね…。」

向陽 「情けないなんて、気にしなくていいのに。そんな風に思ってもいないよ?」

月斗 「向陽はやっぱり優しいね。」

月斗 (M)優しすぎて…心配になってしまうよ。

(翌朝)

月斗 「おはよう。向陽、ついに明日で約束の一週間だね。私は明日が楽しみ
で仕方ないよ。」

向陽 「んー。ふぅ。」

月斗 「昨日は寝るの遅くなってしまったからね。ゆっくり寝かせてあげよう。」

向陽 「んっ…あれ?月斗?どこ…?」

向陽 (M)月斗…、一人でどこ行ったんだろう。

向陽 「月斗ー???どこにいるの?ご飯かな?」

月斗 「向陽、おはよう。」

向陽 「部屋にいなかったから、びっくりしちゃった。」

月斗 「ぐっすり寝てたから、起こしちゃわないようにと思ったんだが…。声掛けなくてすまない。」

向陽 「夜、私には起こしてって言ったのにね?」

月斗 「いや、すまない。今度からは気をつける。」

向陽 「ふふふっ。気にしないで。ちょっと意地悪しちゃった。ごめんなさい。」

向陽 「今日は少しだけ外で過ごさない?もちろん太陽の当たらない場所で。」

月斗 「向陽がそうしたいなら、私は構わない。一緒に過ごせる時間もあと過ごしだからね。」

向陽 「月斗は…何がしたい?どこに行きたい?」

月斗 「向陽と一緒にいられるなら、太陽の当たるところでも構わないよ。」

向陽 「え?それって…。」

月斗 「ふふっ。向陽が隣りに居てくれるなら、死ぬことだって怖くないってことだよ。」

向陽 「………。」

月斗 「どうしたんだい?」

向陽 「…月斗が死なないようにするにはどうすればいいの?どうにかできないの?」

月斗 「…それは、無理かな。どうしようもできないんだよ。」

向陽 「…………月斗と離れたくない。一緒に、生きたいよ。」

月斗 「えっ…。私が死んだあとに死ぬんじゃなかったのかい?」

向陽 「そのつもりでいたけど、月斗と一緒に過ごした時間が楽しくて幸せで…。もっと一緒に生きたいって思ったの。月斗と離れるなんて嫌。」

月斗 「ありがとう。そんな風に思ってもらえるなんて、私は幸せだ。」

向陽 「そんな言い方やめてよ…。」

月斗 「どうしてだい?」

向陽 「本当に会えなくなるんだって実感しちゃうじゃん…。」

向陽 (M)月斗がいなくなった世界で、生きられる自信なんてない。一緒に生きていきたい。

月斗 「出会ったこと後悔してるかい?」

向陽 「後悔なんてしてないよ。」

月斗 (M)生きたくなってきてるね。間に合いそうでよかった。

(寝室)

向陽 「……おやすみなさい。」

月斗 「今日は…、一緒のベッドで寝てくれないか?」

向陽 「えっ…?」

月斗 「明日で最後だから…。少しでも向陽の存在を感じていたいんだ。嫌なら断ってくれて構わない。」

向陽 「ずるい言い方するよね。…いいよ。最後だもんね。」

月斗 「ありがとう。…おいで。」

向陽 「誰かと一緒に寝るのなんて、初めてかもしれない。」

月斗 「向陽の初めてを沢山もらえて、私は幸せ者だね。」

向陽 「こんなにドキドキするのも初めてで苦しい。少しだけ離れてもいい?」

月斗 「嫌だ。最後のお願いだと思って…、ハグして寝たい。」

向陽 「!!?ハッハグッ?!!!」

月斗 「頼む。」

向陽 「んんー。やっぱり月斗はズルいね。」

月斗 「向陽、ありがとう。」

向陽 「私も、ありがとう。おやすみなさい。」

月斗 「おやすみ。」

(翌朝)

月斗 「向陽、おはよう。」

向陽 「おはよう。もう少しだけ寝てたい…駄目?」

月斗 「ふふっ。昨日とは逆だね。いいよ。今日は少し長めに寝ることにしよう。」

向陽 「ありがとう…。おやすみなさい。」

月斗 「あぁ、おやすみ。」

向陽 「うっ…。う〜ん。行かないで…。一人にしないで…。」

月斗 (M)まさか、この短期間でここまで向陽の心に入りこめるなんてね…。嬉しい誤算だよ。

月斗 「向陽?そんなに力を入れなくても、私は逃げたりしないよ。」

向陽 「んっ…?え?!わぁー!ごっごめんなさい!」

月斗 「謝らなくていいんだよ。とても可愛らしかったから。」

向陽 「またそんなこと言って…。反応に困るって言ったじゃない。」

月斗 「前にも言ったけど、感じたままを言葉にしてるだけだよ。」

向陽 「尚更どう反応したらいいのか、わからないよ。」

月斗 「向陽、食事が終わったら一緒に行ってほしい場所があるんだが、いいかな?」

向陽 「…?もちろん、大丈夫だよ。」

月斗 「ありがとう。それじゃあ、行こうか。」

向陽 (M)私と一緒に行きた居場所ってどこなんだろう?

(花の前)

月斗 「ありがとう。」

向陽 「え?何が?」

月斗 「私の我が儘を聞いてくれて。」

向陽 「全然!我が儘なんて思ってないよ。」

月斗 「これが最後なんだね。向陽と見るこの花を、目に焼き付けておかないといけないな。」

向陽 「…最後なんて言わないで。お願いだから私と一緒に生きて…!」

月斗 「何度も言ってるだろう?私はもう生きられないんだよ。」

向陽 「何もしなかったら死ぬって言ってたよね?それなら生きられる方法があるってことでしょ?」

月斗 「それは…。私一人ではどうしようも出来ないことなんだ。諦めてくれ。」

向陽 「それは私がいても出来ないことなの?」

月斗 「……。」

向陽 「その反応は、私なら月斗を助けられるかもしれないってこと?」

月斗 「………そうだね。でも私はそんなことはしたくないんだ。」

向陽 「どうして?助けられるかもしれないなら、私はなんだってするよ?」

月斗 「本当に?」

向陽 「私に出来ることなら、なんだってする。だって、月斗と一緒に生きていきたいんだもん。」

月斗 「向陽っ…!」

(向陽から月斗に抱きつく)

月斗 「向陽、本当にいいのかい?」

向陽 「いいよ。私は何をすればいいの?」

月斗 「向陽は私に抱かれたまま、身を任せていればいいよ。」

向陽 「…それだけでいいの?…わかった。」

月斗 「本当にいいんだね?後戻りは出来ないんだよ?」

向陽 「何をするのかわからないけど、月斗がそばにいてくれるなら大丈夫だよ。」

月斗 「わかった。じゃあ、遠慮なくいただくよ。」

(月斗、向陽の首筋に噛み付く)

向陽 「っ!!?痛い!なに?」

月斗 「何って、食事だよ?」

向陽 「えっ?どういうこと?」

月斗 「そっかぁ、そういえば向陽には言ってなかったんだったね。」

向陽 「…何を?」

月斗 「私が吸血鬼だってことを…。」

向陽 「うそっ…吸血鬼?」

月斗 「気づいてそうだなと思っていたけど、勘違いだったみたいだね。」

向陽 「血が必要ならそう言ってくれればよかったのに…。」

月斗 「そう?じゃあ私が『向陽の血を全部吸いたい』って言っても、こうやって私の腕の中に飛び込んで来てくれたのかい?」

向陽 「えっ?…全部?」

月斗 「そうだよ。」

向陽 「そんなの嫌。死んじゃったら月斗と一緒にいられないじゃない。」

月斗 「はははははっ!…だから私は何度も聞いたんだよ?後戻り出来ないって言ったでしょ?」

向陽 「嫌だっ!お願い、離して!」

月斗 「離さないよ。最後の一滴(ひとしずく)まで大切に飲むから、安心して?」

向陽 「嫌っ!死にたくない!」

月斗 「私の中でずっと生き続けられるんだよ?」

向陽 「違うっ!そんなの望んでない!」

(再度、向陽の首筋に噛みつく)

向陽 「っ!!痛いっ…熱いよっ!」

月斗 「(血液を飲む)…。愛してるよ。向陽。」

月斗 (M)私の大切な食料として、ね。

向陽 「うぅ、やだぁ…っ。私も…愛してるのに。一緒に生きたいよぉ…。死にたくないよぉ…こんなの…。」

(泣きながら向陽息絶える)

月斗 「はぁー。美味しかったよ、向陽。騙してごめんな。心から『生きたい』と強く願っている人間の血液でないと、意味がなかったんだ。だから…ありがとう。これからも愛してるよ。」

END

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