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ずっとやりたかったことをやりなさい②
お立ち寄りいただきありがとうございます。
HSS型HSPの心理カウンセラー・まつりです。薬剤師を25年、心理カウンセラーを10年やっています。
HSS型HSPの私が自己表現の壁を乗り越え、自己実現(創作)に取り組むプロセスを記録しています。
◎前回の続き
毎朝、3P ノートに書く。
思ったこと、感じたことをただ書く。
誰に見せるわけでもないから
分かりやすく書く必要はない。
文字に関しては
丁寧に心を込めて書いた時
と
投げやりな時の対比がすごすぎる 。
(ねぇ、これ書いたの同じ人?笑)
ある時、ノートの中でまつりちゃん(本当の私)が
「絵」を描きたいと言った。
「絵かぁ~。。。」
小さい頃、休みのたびに絵を描いていたことを思い出した。
楽しかった記憶。
色を選んで線を引いて
紙の上ではとことん自由になれた。
当時は11歳。
私が無邪気に「絵筆」を握っているよりも
「鉛筆」を握って勉強している方が
母は嬉しそうだった。
いつしか鉛筆を握る時間が増えていった。
愛されたかった私は意識的にも無意識的にも母の顔色を見ていた。
母が喜んでくれる行動は「正解」
嫌な顔をする行動は「失敗」
幼い頃の私の行動基準は母の顔色だった。
これが他人軸で生きるようになった始まり。
母が私に勉強しろと言ったことは一度もない。
だけど、忙しそうに仕事と家事をこなし
必死に生活している母を見て
好きなこと、楽しいことばかりしては
いけないような気がした。
まつりちゃんは封印された。
分かってる。
すべて私が選んだこと。
だけど、本当にやりたかったことをやらなかった後悔は何年も心の中でくすぶり続けた。
それから40年
人生の折り返し地点を過ぎた頃から
封印されたまつりちゃんが岩戸の奥から
出たがっていた。
この本を手に取った直感は正しかった。
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そんなある日
Facebookで絵画教室の広告を見つけた。
ピン!と来た。
うたい文句がとても気に入った。
・絵の描き方は一切教えない
・右脳を働かせ創造力を活性化する方法を教える
・絵を描くことで日常をアートライフ(クリエイティブな視座)にする
「絵の描き方を教えない」
というのが、私の天邪鬼魂に火をつけた。
いい、すごくいい。
今さら美大に通ってデッサンや基礎知識を学ぶ時間も意欲もない。
私はもう50歳を超えているのだ。
先生が言うには
デッサン技術や基礎知識がなくても個性的な絵は描けるようになるそうだ。
気づいたらワークショップ参加の申し込みボタンを押していた。
ドキドキした。
つづく
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