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どこから手をつけていいのか。5年放置された家〜北鎌倉空き家再生プロジェクトno.3〜

物から見えた家主の人柄

住んでいたままの状態で5年間放置された家。マスクをしていても、ここに入って大丈夫かな?と躊躇するほどのカビや埃。それでも初めてこの家を覗いた時に見えた絵画や置き物から受けた印象は「趣味が良さそう。」という好意的なものでした。

それにしても、まずはどうにもならない物は捨てなければ。夫と私、そして私の両親にも手伝ってもらい、カビや汚れが酷かったり使えない物は分別してとにかく捨てました。台所には使いかけの醤油や飲みかけのお酒の瓶、冷蔵庫にはなんと生卵!おそるおそる卵の殻を持ち上げると殻が割れてあぁっ、となるも5年も経つと中身は何も無くなっていました。なかなかできない経験。

居間の押入れからはどれだけ出てくるんだという数の鏡餅のパック。きっと開けて食べるのも面倒、お供物だから捨てるのも気が引ける、新年には新しく用意しないと、と溜まっていったのでしょう。その上には小学生の時にお孫さんが描いたと思われる額縁に入れられた大きな絵。

都内で公務員を定年退職した後、この北鎌倉の山際の家に移り住み95歳近くまで一人暮らしをされていたというおじいちゃん。

広縁にあった棚には何百個というお猪口。しかもほとんど新品のようにきれい。やちむん、小鹿田焼、信楽焼、全国各地の焼き物が集められていました。神楽に使うような天狗やおかめのお面や、外国のどこかの民族のお面。あとは登山地図やリュック、ピッケル、膝丈のズボン。山登りも好きだったようです。俳句集、詩集、俳句の書かれた短冊。山に近い暮らしや旅を楽しまれていた様子も伺えます。
そして家をぐるっと1周してみると部屋にも廊下にもいくつもある本棚いっぱいに埋め尽くされた本、本、本。小説などの文学作品もありましたが、社会主義や労働関係の本が沢山ありました。ロシア語の横断幕を持って外国の方と一緒に歩いている様子のまだ60代頃かと思われるおじいちゃんの写真。旧ソ連や中国の置き物や土産物も沢山ありました。

会ったことは無かったけれど、おうちにお邪魔してここに住んでいたおじいちゃんの好きなものをいろいろ見せてもらいながらお喋りでもしている感覚。お化け屋敷のような状態の家ではあったけど、片付けをする時間は全然嫌な感じはしないのでした。

とにかく沢山のモノ。古道具屋の友人に相談


本がいっぱいあったので、鎌倉の由比ヶ浜通りの古本屋さんに一度見てもらうことに。2人でいらっしゃって端から端まで見てもらい、100冊1万円ほどで買い取っていただきました。

食器や置き物や絵画などは、きれいにすればまだ使えそうな物がいっぱいありました。ここのご近所さん達は古い物が好きだったり、自分が要らなくなった物を使ってくれませんか?と呼びかけるような文化も元々あったので、きっと喜んで使ってくれる人もいるに違いない、と思っていました。

ご近所に趣きのある家の一部屋で、たまに素敵な古道具屋を開いている友人がいました。この家に残された大量の物を見た時から、あの人に売ってもらえたらありがたいなぁと思っていました。話しを持ちかけてみると、見に来てくれることに。

来てくれたその友人は、家に入る前にまず丁寧に手を合わせ、遠慮がちに「お邪魔します。」と一言。古道具を扱っているので空き家などにも入ったりしたことあるのかな、と勝手に思い込んでいたのですが、いつも古道具は市場などで仕入れていて、人の生活の気配が色濃い場所ではいろいろと感じ過ぎてしまう、とのことでした。私達は物の片付けを通してこの家や物や住んでいたおじいちゃんに対しても好意的な印象を持っていたのですが、確かに住人が亡くなった家から物を持ち出す、ということに抵抗がある人もいるだろうな、と思ったのでした。

そして、古道具屋の友人が家の中をグルリと回って選んだ品は数点だったのでした。これだけか!!とも初め思ったのですが、その友人の古道具屋さんに置いてある品もディスプレイの仕方も、その道具に出会った時のエピソードを語ってくれる様子も、どれもとても好きだったので、これがそういうお店をつくる人の目利きというものなんだな、と納得したのでした。

さて、では残りの物はどうするか…。


お清めをしてもらう


古道具屋の友人の空き家や物に接する様子を見て、お祓いのようなことができたらいいのかなと思い、神社の家の友人に相談しました。すると、「ここに住んでいたおじいちゃんや、この家や土地に対して、これからここを使わせていただきます、というご挨拶をする、という意味でのお清めをするのがいいのではないか。」と提案いただきました。

神奈川県大井町の三嶋神社より、車に祭壇一式を積んで友人の神主さんご夫婦に来てもらい、お清めをしていただきました。この家の片付けなどを手伝ってくれているご近所さん達にも参列いただきました。
土地や家の隅々をお清めし、祝詞をあげていただき、玉串を捧げる。祝詞の意味の全部は分からなかったけれども、私たちがここを選んで使わせてもらうことを神様にご報告し、穢れを祓い、ここに関わる人達の健康や幸せや繁栄を神様にお願いする、というような内容で、私達がこれからやることに対して応援をしてもらえるように取り継いでくれていると感じ、感激しました。祝詞に決まった定型文は無く、毎回神職の方がお施主さんに合わせて考えて手書きで書くのだそうです。

神様の応援もいただきながら、この残された物達や建物をどう活かしていくかの試行錯誤は続きます。


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