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服との対話を生む場所。『モードの悲劇』を訪れて
東武スカイツリーラインの東向島駅を降りて徒歩6分。民家が所狭しと並び、生活の匂いが濃く漂う路地の奥の奥に『モードの悲劇』はあった。
元玉ノ井遊郭(私娼の「銘酒屋」)という歴史背景がありながらも、今は普通の住宅街となり時間のとまった迷宮と化した玉の井地域。
そんな街に出来たショップ『モードの悲劇』を今回は訪れた。
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墨田区・玉の井は元玉ノ井遊郭が路地に点在する迷宮
『モードの悲劇』のある玉の井は東京で最盛を誇った私娼窟。そんな玉の井は文豪永井荷風が描いた『墨東綺譚』の舞台であることから、その名が全国に知れ渡った。そんな歴史ある街の元玉ノ井遊郭だった4軒長屋のうち2軒を使っている。
1958年、売春防止法施行によって行われた遊郭の撤廃後、この長屋は工場兼住居となった。その後は『モードの悲劇』の二軒分の片方に、作家・清水一行が住んでいた時代もあるのだとか。
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元玉ノ井遊郭が『モードの悲劇』になるまでの軌跡
空き家となったこの建物。
建物の所有者が亡くなり、相続のタイミングで、老朽化した長屋の処分に困った相続者が、墨田区空き家対策室に相談をした。空き家対策室の担当と設計士の伊澤淳子さんと、後藤大輝で現場確認しに行ったことがきっかけで、後藤が土地建物を購入して建物の全体改修をすることになった。(メインの改修は「たかとり工務店」+「ART&NEPAL」)
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後藤と『モードの悲劇』を立ち上げた北田さんの共通の知り合いであるアーティストの紹介で夫婦の北田さん、ヤナさんが借りて入居することが決まった。アトリエと店舗の仕上げはNodstockの若山さんが監督を務めながら、北田さんとヤナさんと2人の右腕を務めるスミレさんの3人を中心に改修が行われた。
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その後は紙田和代さん(八島花文化財団理事)がオーナーとなり土地建物の所有をしている。
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謎めいたモードの悲劇の魅力に迫る!
以前は南青山や表参道エリアで制作をされていた北田さん。
お店を持ちたいと探していたところ、たまたまこの物件に出会ったという。「一目惚れしましたね。元遊郭という背景に興味が湧きました。さらに(賃料が)安くて、DIY可能なところなんてそうそうあるものではない」北田さんはこのように感じたという。
つぶれないお店をやりたかった北田さんたち。作品制作と自分達の作品を買ってくれる人との対話(継続性)を大事に、家とアトリエと店舗が一体となっている。
後藤は、はじめに商店街沿いの中にある空き物件も紹介していたが、「もっと奥まったところがいい」「たくさん作ってたくさん売るような服を作りたいわけではない」「観光名所っていうよりも一対一で話せる場所にしたい」「周りに影響されずにやりたい」という思いが強く、玉の井を選んだ。結果的に静かな地域だからこそじっくり服と対話できる場所を作り出せている。
北田哲朗さんのブランドはオブセス(obsess)」。取り付くや憑依するという意味を持つ「オブセス」。北田さんは服に着られるというぐらいのことがあってもいいのではないかとブランド名について説明してくれた。
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そしてヤナ・ダーメンさんは「ジュース(JUICE)」というブランドをやっている。
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そんな別々のファッションブランドを持つ二人が共同して、ショップをオープンさせた。
それぞれのコンセプトを持った二人のブランドの服が一緒に店頭に並んでいる。
それと色々なブランドの古着も同時に販売されている。
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ネット販売はしていない。それは対面で接することで着る人がどうやって着るかまで考え、お客さんに服を届けたいからだという。
ショップの横にはアトリエがある。なんと北田さんとヤナさんはあの世界的アーティストであるビョークの日本公演の仕立てを担当したこともある。このアトリエから、次はどんな作品が生まれるのか楽しみだ。
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ヤナさんは自分の考え方を自分の作品を通して発言したいと制作に打ち込んでいる。純粋にいいものを着たいと思ってる人を大切にしたいと語る。
ブランドショップでも作家本人が店頭に立っていることはない。そこで僕たち本人がショップを開いてることで何か新しいことにつながるのではないかと哲郎さんは話す。
ロンドンでそれぞれ服飾を学んでいた二人。さらに技術を求めた二人が日本で出会った。
デザインされた服を着るというのは、身体的な着ずらさや不自由を生むということになる。しかしなんで人は好き好んで不自由さを求めるのだろうか。その不自由さを求めるロマンが『モードの悲劇』にはまとめられている。
そこにおいて今流行りのファストファッションに対しては、自分らなりに向き合っていきたいという。
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作ると売るが一体化した新たな表現活動の場
作るってことを『モードの悲劇』という場を通して伝えたい。隣にアトリエがあるのもその一つの表現だという。
作り続けることが学びに繋がる。作っていて満足のいくことはない。作りながら学んでいく。そんな思いを胸に今日も服を作り続けている。
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※今回は特別に許可を取って撮影しています。街並みや外観など撮影される際は住んでいる方のいる生活空間だということにご配慮ください。
取材 後藤大輝
撮影 長谷川春菜、後藤大輝
執筆・編集 林光太郎