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需要は「ある」か「ない」かではなく「作る」
一次でも二次でも長年創作活動をしていると、誰かしら何かしらの機会で思ったことがあることといえば、「私の描くものには需要がない」問題なのではと思います。
アラフォー同人女の私もかつてアラサー同人女だった辺りの頃は、よく「反応がない」「私の絵には需要がない」「病む」のようなことを散々繰り返してきました。
そんな「病む」状態の時に度々考えることといえば、「絵が描けるからといってこんな中途半端な画力ならいっそ描けない方がよかった」といったことですが、今の自分からしたら「何を言ってるんだ馬鹿野郎」と殴り飛ばす案件です。一応自分は諦めなかった側の人間になったので、今現在は何だか色々あって絵がそれなりに上達してしまったので、快適お絵描きライフを送っています。
それはそうとして、この度々悩みとして挙がることの多い、「需要」問題について1つの考えが浮かびました。
具体的に言うと今回のタイトル通りのことです。
例えば、「可愛い女の子のイラスト」というだけでも、様々なパターンがあると思います。
版権の人気キャラからオリジナルの性癖詰め合わせのようなキャラまで、ありとあらゆる女の子のイラストが作成されています。
その多様性により、誰かしら何かしらツボにはまる作品があるということは、今現在は「まだ」需要がないという判断になったとしても、発信を続けることによって、その作品に対して需要を見出してくれる人に届く、見つけてもらえる、あるいは新しく需要の扉を開いてくれる可能性があるんじゃないだろうか。
そう考えると、もしかしたら「今現在」は「ない」需要も、いつか誰かに届いたら「ある」になるかもしれないと。
だから簡単に諦めるよりは、いつか届けたい人たちに届くかもしれないし届かないかもしれないなと思って、じわじわ続けるのがいいのかなと思いました。
とりあえずまずは、自分の作品で自分の需要を満たせば、少なくとも1人は幸せにできるので、いいよね。
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