【短歌】おおつもご |文語の定型短歌を詠む 10
学生時代に付き合い始めた人の妻になったが、結婚後も自分の仕事を続けた。
30代に入り、夫と私はそれぞれの道でプロフェッショナルになっていた。
二人とも多忙を極め、日付が変わる頃に帰宅、翌朝は出勤時間ぎりぎりまで寝る。朝食はとらなかった。
夫婦の会話の時間を作らなくては、という思いから、たまに渋谷で夕食デートをして、またそれぞれの職場に戻ることもした。
日本じゅうのビルで深夜まで残業の灯りが煌々としていた時代だった。
夫の出身地の愛知県にUターンすることを二人で話し合って決めたのは、
夫が40歳になる少し前。
私は35歳になる数ヶ月前に所属していた組織を離れ、フリーランスになって移住した。
愛知県三河地方の方言。
それまでも盆暮れの帰省のたびに少しずつ新しい語いを習得していたが、
移住後は、私にとってはもうひとつの外国語のようなつもりで義母を相手に積極的に練習した。
同居ではなかった。
夫の実家のあるT市ではなく、名古屋へ電車で20分のK市にマンションを買ったのは、新幹線で大阪へ通勤する夫や私の仕事のことも考えてのこと。
夫の実家へは40分ほどで行けたし、K市も一応「三河」地域の市だった。
私としては東京でのキャリアを捨てて、
思い切って夫の実家のじゅうぶん「近くに」来たつもりでいたのに、
夫の祖母や義父からは
「なんでKなんて遠くに住む?!」
とブーイングを喰らった。
義母は、「すみちゃん、東京からこっちに来てくれてありがとうね」
と優しかった。
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「おおつもご行くから一緒に蕎麦食べまい」姑の方言で電話をかける
*おおつもご=大晦日
*食べまい=食べましょう
ほんとうかん来てくれるのかん悪いじゃんあんたんとうも気ぜわしいだら
*ほんとうかん=ほんとうですか
*あんたんとう=あなたたち
*気ぜわしい=忙しい
義父逝きて七年三河の古家には義母と独身義弟と老犬
美容師を営みし義母の授かりし子どもは四人いづれも男子
長男の嫁のお披露目町内巡り何度も訊かるる美容師の娘かん?
美容師に非ずと応へ頭下げ後は誰にも何も訊かれぬ
嫁いびり一度たりともせぬままに三河の姑は傘寿を迎ふ
2012年1月 詠
初出:『橄欖』2012年4月号