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【短歌】文語の定型短歌を詠む

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自作の文語定型短歌をまとめるためにマガジンを作りました。今までに創作したものから定期的に note に横書きしてマガジンに追加します。初出は『橄欖《かんらん》』誌ですが、一部を修…
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2022年4月の記事一覧

【短歌】異変|文語の定型短歌を詠む 15

2012年6月 詠 フクシマから二百キロある東京の人等つぶやく今春の異変 「鳥が来ない」「虫がいない」と何件も Twitter 画面に流れる報せ 「二十三区内です。今年は蝶が来ません」とベランダ園芸家のツイート ベランダに育ちし大葉巨大化し大人の手よりも大きく「食べず」と 山荘に到着せし日に驚愕すタンポポの花の首の長さに 囀りが聞こゆる度に安堵する二〇一二年の八ヶ岳麓 初出:『橄欖』2012年9月号

【短歌】石垣島|文語の定型短歌を詠む 14

2012年5月 詠 子を連れて西へと逃げし俵万智をNHKテレビ遂に取り上ぐ 避難せし母の決意を称賛しみなも逃げよと暗に伝へる 逃げられぬ母子への配慮を滲ませて放射能汚染に一切触れず 仙台を捨つる辛苦を語るにも綺麗な言葉を歌人は選ぶ 原発の放射能から逃げし事がスローライフの物語と化す 俵万智の石垣島の子育ての映像の影に拡がる闇よ 初出:『橄欖』2012年8月号 見出し画像の出典:https://www.excite.co.jp/news/article/Jpri

【短歌】寄り添ひて|文語の定型短歌を詠む 13

2012年4月 詠 門前に少年と少女佇みて飽かず語りぬ黄昏れる間も 新しき制服ならむ少年と少女は我に立礼をする やや離れ顔を見合はせ立つふたり教室の中で語らふごとく 暮るるほど寄り添ひてゐたきかの想ひ自らにさへ伏しし春の日 外灯に浮かぶ桜の薄紅を頬に映して語らふ二人 初出:『橄欖』2012年7月号

【短歌】卒業式|文語の定型短歌を詠む 12

2012年3月 詠 もはや我みなのこと守る術無しと卒業式にて教師俯く 「先生より長生きして」と生徒らに言ふ福島市立中学教師 をとうとよ君死にたまふことなかれと詠みし晶子の悲痛のごとく 「おうちの人がきっと守ってくれるはず」親の情愛に望み託して 三・一一 すめらみことのお言葉の「放射能」削りし七時のニュース ご体調すぐれぬままに式典におほみづから出で宣らせたまひしに 初出:『橄欖』2012年6月号 一部を修正しています

【短歌】鹿が来てるよ |文語の定型短歌を詠む 11

2012年2月 詠 先に起きし夫に呼ばれぬ低き声で「静かにおいで鹿が来てるよ」 五頭のうち二頭は子鹿山荘の向かうに遊ぶ雪の朝に 雪の下のやはらかきものを透視する能力を鹿は有すると聞く 美しきこの生き物も有害獣駆除の対象ニホンジカなり 降りしきる雪の森へと帰る鹿白き尾を立て軽やかに跳ね 雪原になりし田んぼを凝視する梟一羽森の端の木に 初出:『橄欖』2012年5月号 一部を加筆修正しています

【短歌】おおつもご |文語の定型短歌を詠む 10

学生時代に付き合い始めた人の妻になったが、結婚後も自分の仕事を続けた。 30代に入り、夫と私はそれぞれの道でプロフェッショナルになっていた。 二人とも多忙を極め、日付が変わる頃に帰宅、翌朝は出勤時間ぎりぎりまで寝る。朝食はとらなかった。 夫婦の会話の時間を作らなくては、という思いから、たまに渋谷で夕食デートをして、またそれぞれの職場に戻ることもした。 日本じゅうのビルで深夜まで残業の灯りが煌々としていた時代だった。 夫の出身地の愛知県にUターンすることを二人で話し合って

【短歌】ジャーナリスト|文語の定型短歌を詠む 9

難解なテキストを読む我が声は学生たちのララバイとなり 若かりし頃の仕事のミス談には熱心に耳を傾ける学生ら 原文の解説よりも訳文の日本語の解説長くなり ジャーナリスト志望を綴る英作文二十歳の女子の夢の溢れて 汚染進むこの国を発ち新しき生を拓けよ我が学生らよ 2011年12月 詠 初出:『橄欖』2012年3月号

【短歌】被災者へ |文語の定型短歌を詠む 8

2011年12月 詠 一人十枚カード配られ被災者へ手書きのメッセージを書く手作業 支援物資に付すカードには「がんばれ」の言葉を避けよとリーダーは言ふ 「がんばれ」と書くなと言はれ白カード見つめ戸惑ふ若き人らは 時間内に済ませましゃうと言ひながら「心をこめて」と付け足すリーダー 人生で最も悲しき日の我になりて綴らむ悲しむ人へ 初出:『橄欖』2012年2月号

【短歌】悲の記憶 |文語の定型短歌を詠む 7

さらさらと流るるときもふつふつと沸き立つときも我が心なり 悲の記憶に襲はれ黙す吾に気づき運転席より夫は手を延ぶ 何も聞かず何も語らず左手で我が右の手を夫は包めり たちまちに温かきもの流れくる手に腕に胸に我が身すべてに 右を向きて夫の横顔見つつ吾も声に出せじ感謝の念を 2011年9月 詠 初出:『橄欖』2011年12月号

【短歌】向日葵の |文語の定型短歌を詠む 6

向日葵のブローチ八種を取り出し眺むる誕生月の初めに 放射能に汚れし地には向日葵を植ゑよとは嗚呼最愛の花 ポスターのままに青空白き雲八ヶ岳麓の向日葵畑 百日紅まぶしき蒼空に咲き誇る不安をすべて昇華させよと 喜寿過ぎてなほさかり咲く百日紅咲きつづけませ百歳までも 2011年8月 詠 初出:『橄欖』2011年11月号 一部を修正しています *********** 最後のうたは、2011年の7月に喜寿を迎えた母へのお祝いに添えて贈ったうた。 百日紅は別名サルスベリ。

【短歌】ノルウェー人教師|文語の定型短歌を詠む 5

2011年7月 詠 権力に抗ふ詩人に平和賞授けしオスロに爆弾テロが 我が祖国平和の系譜を誇りしにと涙こぼせるノルウェー人教師 他宗教異文化の民疎む心我に無きかと改めて問ふ ランパルのフルートの調べ高まれば競ひ囀る森の鳥らは 一枚の緑の森の絵の如く景色切り取るピクチャーウインドウ 初出:『橄欖』2011年10月号 一部を加筆修正しています。

【短歌】母の小言|文語の定型短歌を詠む 4

愛し君と分かれ来しのち噛みしむる母の小言に勝る喜び            —高校生の時に朝日歌壇に投稿して掲載されたうた 独逸語の古き字引の頁より父のかぐろき眉の毛見つく            —大学生の時に朝日歌壇に投稿して掲載されたうた 花の野に舞ふ蝶よりも夜舞ひてなほ美しき蛾の如くあらむ  —大学短歌サークルの友人に「あなたの代表歌はこれね」と言われたうた *母に子宮癌が見つかった時のうた(連作) 当時母は還暦前、私は三十代半ばで、夫はいたが子はいなかった。

【短歌】遠き夏|文語の定型短歌を詠む 3

母のおなかに赤ちゃんができたことを幼稚園の時に知る。 母のおなかが少しずつ大きくなっていったことを覚えている。 私が6歳になった夏、母は臨月を迎えた。 庭にヒマワリの花が咲いていた。 干してある白いシーツの向こう側に、 大きなおなかの母のシルエットが 影絵のように映って見えた。 9月。 赤ちゃんを抱っこして授乳する母の姿を間近でみて、 私も赤ちゃんの時は こんなふうにおかあさんに抱っこされて、 こんなふうにおかあさんの〈おっぱい〉を飲んでいたのか・・・ と不思議な気

【短歌】リラの花|文語の定型短歌を詠む 2

*子どもの頃に住んでいた欧州の街の初夏の思い出を詠む リラの花ほころび初めて暖かき光を充たす風の都に 母の縫ひし碧き木綿のワンピース胸高鳴りて初めてを着る 黒髪を伸ばしし我を追ひ越して少年ちらりと振り返りたり 「外つ国の君へ」と記せし文受くもこの街にては吾ぞ異邦人 飛び来たる燕の跡を目で追へば大聖堂の塔のそびゆる 登下校の途中にいつも見ていた Votivkirche (Votive Church) 初出:「橄欖」2011年6月号 一部を加筆修正しています。