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2001年 大阪近鉄バファローズ(優勝)

長いプロ野球の歴史で脅威的な打線は愛称がつくことあります。
特に大阪近鉄バファローズは「いてまえ打線」という最強の打線が有名ですね。そんないてまえ打線で特に印象に残るのは2001年の打線でしょう。
投手陣は防御率リーグ最下位ながら打撃で圧倒して優勝した伝説の年を振り返ってみましょう。


2000年オフ~開幕後

1999年、2000年は連続で最下位に沈んでいた近鉄。就任2年目のシーズンとなった梨田昌孝監督は阪神と大型トレードを敢行。酒井弘樹、面出哲志、平下晃司を放出して2番手捕手の北川博敏、かつての阪神のエース・湯舟敏郎、そして山崎一玄を獲得しました。
実はこの年近鉄はトレードを頻発しており、4月には杉山賢人を放出して横浜から関口伊織を獲得。さらに6月には中日から益田大介を金銭トレードで獲得。そして同じ6月に田畑一也、真木将樹を放出して巨人から三澤興一、玉峰伸典を獲得しています。ドラフトは慶応大の山本省吾を1位指名。
2位に愛敬尚史(松下電器)、4位に阿部真宏(法政大)を指名しています。

スタッツ

野手陣

2001年 大阪近鉄バファローズ 野手陣

なんといっても破壊力抜群の中軸に目がいきます。
3番のタフィ・ローズは打率.327で55HR、131打点とHR王を獲得する大暴れ、OPSは1を超えこの年のMVPとなっています。
4番の中村紀洋は打率.320で46HR、ローズより1打点多い132打点で打点王を獲得。出塁率も.434で最高出塁率のタイトルも獲得しています。
5番の礒部公一は打率.320、17HRですがその割に打点が95と多く、高出塁率のローズ、中村の後を打つバッターとして結果を残しました。

中軸以外もとてもよく、1番の大村直之が16HRと1番打者にしては多いHRでいてまえ打線の核弾頭になると、2番の水口栄二は打率.290で出塁率も.384と高く、破壊的な中軸に繋げました。
中軸の後の6番を打つのは吉岡雄二。この年は打率は.265ですが26HRと長打率も.500に迫る勢いでした。7番の川口憲史は規定到達こそしなかったものの打率.316、21HR、72打点でOPS.979という活躍。これが下位打線にいるのは恐ろしいですね。ショートは前年119試合出場の武藤孝司が1年を棒にふるう怪我で離脱。ショートは途中入団のS.ギルバート、前田忠節、ルーキーの阿部真宏が務めました。
9番捕手の的山哲也は不調で、終盤は古久保健二が起用されていました。
阪神時代は2番手捕手だった北川博敏は捕手だけでなく一塁での起用も多かったです。
北川といえばなんといっても2001年9月26日、大阪ドームでのオリックス戦で代打サヨナラ満塁優勝決定ホームランは有名でしょう。5-2と3点ビハインドで迎えた9回裏近鉄の攻撃後に新人王を獲得する大久保勝信に対し吉岡、川口、益田がヒットと四球でつなぐと古久保の代打で北川が打席に。2ストライク1ボールとなった4球目、北川の捉えた打球はバックスクリーンに着弾。これで5-6となり近鉄がサヨナラ勝利。劇的な形で近鉄の優勝が決まったのです。スカイAの実況、楠淳生アナの「左中間へ行ったぞ!行ったぞ!行ったぞ! 今年の近鉄何かが起こった! なんと!逆転!サヨナラ!満塁!ホームラ~ン! 代打北川! これ以上の出来事はない大阪ドーム! 帽子を投げ捨てた北川! 中村走った! 北川を出迎えた!! しっかりと踏め!しっかりと踏めよ!ちゃんと踏めよ!ホ~ムイ~ン! 今年の近鉄何かが起こりました!3点ビハインドから神がかり!」はとても有名なフレーズとして知られています。

いてまえ打線のメンバーたち 強い(確信)

投手陣

2001年 大阪近鉄バファローズ 投手陣

打撃陣の紹介が長すぎたので投手陣は手短に。このような打線の影響か投手陣は打ち込まれチーム防御率は4.98とリーグ最下位。規定到達も前川勝彦のみでその前川も12勝していますが防御率5.89ととても良い内容ではありませんでした。あとはS.バーグマンが10勝(4.18)、門倉健が8勝(6.49)、高村祐が5勝(4.92)、山村宏樹が7勝(5.83)と防御率からは想像もつかないくらい勝ちを手にしてます。また当時は20歳の岩隈久志を保有できていたのも大きかったでしょう。この年の岩隈は4勝(4.53)しています。
救援陣もほぼ燃えててドラフト2位の愛敬尚史が30登板で防御率1.67と活躍していて岡本晃が61登板で防御率2.73と良い成績です。(近鉄比)
トレード加入の関口伊織は53登板を果たし救援陣を支え、大塚晶文は守護神(防御率4.02)として26Sを挙げています。
また脳腫瘍から復帰した盛田幸妃が26登板でカムバック賞、阪神からトレード移籍の湯舟敏郎は救援起用で37登板と活躍し、この年引退しました。

シーズン

開幕戦の日本ハム戦から5点差をひっくり返し10-9で勝利した近鉄はその後ダイエー、西武、オリックスとの優勝争いを繰り広げたこの年。9月にはオリックスが脱落して3チームの争いになりましたが近鉄は9月を15勝8敗と大きく勝ち越し9月26日に北川博敏の代打逆転サヨナラ満塁優勝決定ホームランで優勝を決めます。
圧倒的打線で挑んだセ・リーグ覇者ヤクルトとの戦いは初戦、石井一久、河端龍に0点で抑えられ、2戦目は9点を取り勝利しますが、明治神宮野球場に移動しての3試合は2点、1点、2点といてまえ打線は沈黙。結局1勝4敗でヤクルトが日本一に。
そして3年後、近鉄はまさかの消滅。この年が最後の優勝となってしまったのです。



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