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自分を大事に、と初めて思えた記録

彼氏と別れて一か月半以上は経ったらしい。

思い出すだけだとそこまで心にくることはないけど、人にふとこぼしたときには必ずクッと涙腺に来て(?)泣いてしまう。何故とかはない。昨日も専攻語の友達と2カ月ぶりくらいに話してた時に、ひょんなことからこの出来事に触れる機会があって、何となく泣きそうになってしまった。消化が出来ていない証拠なのかもしれない。頭の中ではだいぶ整理できてるんやけどな。なんでなんやろ。

バイト先の友達で、私より半年前くらいに恋人と別れた子がいて、人と付き合うことについてよく話したりする。その子との会話で、自分の新しい一面が生まれてきていることに気づいたのでメモ(タイトル通りですが)。

つい一昨日くらいにその子からLINEが来て、何かと思ったら元恋人に連絡を取ってしまいそうだという感じの話だった。元恋人とそのことはバイトが一緒なんやけど、久々にシフトが被ることが多くなって、なんで別れたんやろうな、と惜しい気持ちになったと言っていた。自分も彼氏と別れてから話をしてるとき、「もう大丈夫だから一回やり直してみよう」みたいな姿勢になったことがあったので、その気持ちはよくよく分かった。

でも、その子の発言の中で気になったのは「あの時は自分の事を大事に思ってくれなかったのが原因で別れたけど、今から考えたらもっと寛容になれたんじゃないかと思う」という言葉だった。寛容になれるかとか、あの時と違う風になれるかとかは難しい話で、可能性の問題だから断言はできないし、やり直してみないとわからない。でも、直感的に「それはどうかな」と思った。別れないとどうしようもないほどうまくいかなかったことは、もう一度やってみてもそんなに簡単にうまくいくわけじゃない。しかも、うまくいかせる方法が「寛容になる」なんていうふわっとした、自分を犠牲にする方法なら絶対にやめた方がいいと思った。

以下、その時の自分のLINEを少し改変して引用する、気持ち悪いけど。
でもそうしたくなるくらい、この言葉が自分の中から出てきたことは今までの人生の中で革命のようなものに近い。

自分のことも大事にしてかなあかんし、付き合うにあたって
自分が何かしてあげるだけじゃなくて、相手が自分にも与えてくれるとか、自分にとって居心地いいとかも、ちゃんと大事やから。

結局解決法は、自分のことを大事にするしかない気がする
自分がほんまに連絡をまた取ることで幸せになれるって思うくらい、自分を自分で幸せにしてあげれるんやったら、連絡とったらいいかもな笑 
一時の感情で連絡取るんじゃなくて、連絡取った結果ちゃんと我慢しすぎずに自分のこと幸せにしてあげられる、って思えるかどうかやな

自分は自分で幸せにするし、自分の行動には自分で責任を取っていくということ。自分が幸せになるために、いろいろな行動という選択をすること。

この期間の中で得たことは多くはないが、とっても大きい。

あとYouTubeのシャッフルで流れてきたカネコアヤノを聞きながら、


こんなことを思った。割と私は衝動的なことが多くて、これ!と思ったら即行動するタイプ。そして変化することを割と好み、いきなり一人で京都に行ったり空港まで飛行機を見に行ったりして満足する性格だと思う。

こんな感じの即行動タイプであることは知ってたけど、もしかしたら突拍子もないことも好きなのかも。それで12月に自分を変えたい発作が起きた。

カネコアヤノ聞いてて思ったけど、

しっかりとした気持ちでいたい 
自ら選んだ人と友達になって
穏やかじゃなくていい、毎日は  
屋根の色は自分で決める

燦々/カネコアヤノ


わたしはこういう、燦々で歌われているような女性になりたい。なりたい、というよりかは、ありたい。このために今回の発作を起こして、別れたんだろうと思うくらい。自分はあのまま付き合っていても、自分の理想の自分になれなかっただろう。自ら人を選ぶことはなく、屋根の色も自分で決められなかった。今は少し理想に近づいている気がする。

過去を思い返してもそう。今の大学を目指したのも高3頭の発作だった。「現時点賢くはないけど、かっこいい大学に行けたらいいな。よし、志望校をいきなり引き上げよう」の発作だった(ちなみに、その発作によって偏差値でいうと10上げた)。全然E判定どころかもしあるならG判定くらいだったのに、それくらいの目標じゃないと頑張れないと思って、憧れを作ってやる気を出したんだった。過酷な状況にいきなり自分を置くのが好きなのかもしれない。自分でも意味が分からない。

あ、よく考えたら中高一貫の私立を受験を決意したのも小6の夏のいきなりきた発作が原因だったな。周りは小3とかから塾に地道に通ってるのに、めっちゃ遅れたタイミングでふと受験したくなって、教科書の問題を必死に3時間くらい解いて、それをお母さんに見せてお願いしたんだったな。思い返すと発作例が見つかりすぎて面白くなってきた。

多分私はこういう発作の積み重ねで今の自分を作ってきた。

そして少し話は飛ぶが、この突拍子もないものが好きな性格が、未来が見えない方が好きな性格に繋がっているのかもしれない。確かにこうであればいいな、という未来の方向性はあるけど、絶対この未来!という風に決まっているのは嫌だ。結婚についてめっちゃ理想を言うと、いつかどこかでふと現れためちゃめちゃいろいろと感性が合う男性にピン!ときて結婚したいかもしれない。(そしてもしかしたらすぐ離婚するかもしれない。)

自分の事がよくわかるようになってよかったし、自分を大事にするという考え方が少しずつ自分から生まれてきているようで、変化を感じる。嬉しい。よかったね。

(2021/02/04に別アカウントで書いたものを転記しました。)

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