僕とFIREとタマネギバイト
そんなつもりは無かったけれど、僕は俗にFIREと呼ばれる身分になってしまった。社会人10年間で給料をコツコツ投資に回したのと、両親が早くになくなった遺産とで資産は6000万円くらい。地方在住33歳独身。贅沢しなければ死ぬまで食いつなげるかな、という金額だ。もうちょっと、本業からお給料をチューチュー吸ってもよかった。
大学を出て10年は自動車部品メーカー2社の人事部門で働いた。私生活でやりたいことも無かったし、それなりに仕事に情熱を注いでいたと思う。ただ、古き良き日系企業と仕事への情熱は相性が余り良くなかった。
働かない癖に自己主張だけ強いおじさんや、意志決定能力のない役員に反発ばかりしていたら、あっという間に懲戒処分を食らって仕事を干されてしまった。勤めた2社ともだ。
そんな分からず屋な会社なんてこっちから願い下げだ、と退職願を叩きつけたのがはや1年前。特に何をするでもなく、昼間から酒を飲んでゲームで遊ぶだけの日々が続いていた。
マネーフォワードのアプリを立ち上げるたびに減っている現金。このときは相続が済んでいなかったので手元のキャッシュは300万を切っていた。まあ、貰える失業給付は貰っておくかとハローワークへ向かう。しかし当然そこでは求人と向き合うことになる。
これまでの経緯を考えれば会社に就職しても長く続くはずがない。実際、「お前は自営業の方が向いている。」と言われたのは一度や二度じゃない。しかし、失業給付を貰うポーズとして就職活動が必要なので、短期のパートを探すことにした。
そこで出会った求人が、タマネギ農家の収穫バイトだった。期間は収穫期の5〜7月。1日の労働は大体5時間、雨が降ったらお休みの不定期勤務。報酬は時給1000円と、たまに貰える農作物だ。選考面接など無いに等しく、応募の直後から働くことになった。
タマネギ収穫は大体次のような流れだ
畑から玉ねぎを引っこ抜く
不要な葉と根を切り払う
トラックで玉ねぎを集積所に運ぶ
機械に投入して泥や砂を落とす
機械でサイズごとに選別し梱包
梱包したダンボールを農協に出荷
この中でマンパワーが最も要求されるのは上2つ。必然、お日さまの下で土に塗れた肉体労働となる。1年間引きこもり生活をした中年男に務まるのか戦々恐々、しかしこれが意外なことに楽しかった。
もちろん筋肉痛に苛まれたりもするが、それ以上に汗を流して働くことが気持ちいい。体調もよくなった。家でゴロゴロしていると続く気だるさや吐き気があったが、地下足袋で土を踏みしめ、木々のざわめきを聞き、流れる雲を見ていると、不快感がどこかに消えていくのだ。
ハローワーク、というか現代社会全体がホワイトカラーのオフィスワークを過剰に礼賛しているように感じる。確かに現代的で清潔で、天候にも左右されない安定した生活かもしれない。
しかしホワイトカラーの仕事は規則やルールにがんじがらめにされて精神的な息苦しさを感じる。畑仕事では当たり前の、急に大声で歌い出す人や養命酒1杯くらいええやろ、と飲んでるおじさん、休憩時間にスイカを食って皮や種をその辺に捨て置く行為など逸脱要素はオフィスでは許容されないだろう。
長らくホワイトカラーの国に生息していた僕は、この「そんなことやっていいんだ」という逸脱行為の数々に新鮮な刺激と活力を貰っている。
なので、もしFIREはしたけれど、ぐうたらするだけで暇だ、何もやる気が出ない、という人がいるならば、自然に接するアルバイトから始めてはいかがだろうか。農業に限らず、造園とか花屋とかでもいい。ハローワークに行ってみよう。
そして、私の5月給料は28,000円。先頃届いた住民税の請求は150,000円だ。ああ、またキャッシュが減るな……
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