ぼくらの

※このnoteには漫画「ぼくらの」のネタバレが含まれています。


「アンインストール」という曲は知っていた。
それが「ぼくらの」というアニメのオープニングであることは知らなかった。
私がそれを知ったのはほんの数日前。
暇つぶしに見ていたYouTubeで、有名な鬱アニメとして紹介されていたのが「ぼくらの」だ。

1話は無料でGoogleストアから見ることが出来たので、そのまま暇つぶしがてら視聴することにした。
オープニングを見て「あ、知ってる曲だ」とその時は思っただけなのだけど、その後に原作とアニメでは話が違うことを知り、ならばと電子書籍でコミックス第一巻を購入してみた。丁度割引券も持っていたし。ほんとにここまでは軽い気持ち。

そのまま翌日の仕事が昼からだったのを良いことに5巻程読んで、あの歌詞の重さを知った。知ってしまった。

なるほどな。これは確かに鬱だわ。

「ぼくらの」のストーリーは調べればすぐに出てくるので、ここでは簡単に書いておく。ある意味物語の一番のネタバレなので気になる方は出来ればここから先は読まずに原作に触れて欲しい。

「ぼくらの」は巨大なロボットに乗って地球を救う物語だ。ロボットに乗るのは15人の少年少女。ロボットを動かせるのはその中からランダムで決まった一人で、その一人の意思でロボットは動く。それ以外の仲間はアドバイスを送ったりすることは出来るものの基本は見守ることしか出来ない。そして操縦者に選ばれた一人は、戦闘を終えた後に死ぬ。地球を守って死ぬか、地球を守れずに死ぬか。その二択だ。

命の重み。
当たり前のような日常の大切さ。
深く考えず私は当たり前に明日があると思っている。
明日は何しようだとか、何ならもっと先の予定も立てたりして。

「ぼくらの」の中で一人の少女と父親がその日の晩御飯について話すシーンがある。何が食べたい?と父が聞き、娘がカレーがいいと答える。何でもない日常。でも父は娘にはもう時間が残されていないことを知っていて、娘もそれを知っている。それは唐突にやってくる。
「お父さん、ごめん。夕ごはん、食べられない。」
その一言で、そんなありきたりな日常が永遠に訪れないことを知る。
私はこのシーンが一番苦しかった。

鬱になる。その評価に否定はしない。これは心が弱っている時に読むものじゃない。弱っている心には少し重たすぎる。けれど、多くの人に触れて欲しい作品だと思った。苦しいけれど、救いはないけれど、今の私は救われていると気付けるから。明日を少し大切に生きようと思えるから。

書いていたらまた読みたくなったけど、今日は遅いからもう寝よう。読みたい時にどこにいても携帯一つあればすぐ読めるのが電子書籍のいい所だな、なんて。それでも私は紙の方が好きなんだけどそれはまた別の時に書くとしようかな。

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