希望を捨てた爺 ①ウラ

 あれは、鈍色が空を被っていた朝の事だった。駅に向かい歩いている途中の交差点で、信号待ちをしていた時だった。長年使いこなしたであろうママチャリに乗った爺が後ろからやってきた。爺は、一目見た印象では、人生の酸いも甘いも超えて来た様な、その数だけしわを蓄えた様な顔をしていた。背中は丸まって、どちらかに傾いてた様にも見えた。今まで相当の労働をこなしてきたのかもしれない。爺は自転車を止めると、ポケットから何かを取り出した様だった。手にとってじっと見つめてから息を吸って吐いて、それからその手をぎゅっと握った。握られた何かもぎゅっと縮こまってしまったことだろう。と思ったら、何かをふっと投げた。爺は決意していたのだ、その何かを捨てることを。その朝からか昨日からだったか、決めたのがいつだったかは分からないけれど。そして信号が変わり、爺は行ってしまった。ママチャリのペダルに足をかけて、よっこいしょっと一漕ぎ踏み出してから、ゆっくりとペダルを回して私よりも先に行ってしまったが、どちらかと言えばよたよたと表現したい動きで、最初は走ったら追いつけそうなくらいのスピードだった。

 爺が捨てた何かは、きっと希望だったのだろうと私は思った。長い間苦労してきたのにつかめなかった希望を、この日きれいさっぱり捨てると決めた決意は並大抵ではなかっただろう。しかも、大通りに面した交差点の、歩道側のアスファルトという何か捨てるには適当とは思えない場所をあえて選んだのがまた、爺の悲哀を強く表しているではないか。

 そして私は、心の中で叫んだ。まずは信号が変わる前に「捨てちゃだめ!もう一度拾ってちゃんと持って帰って!あなたのこれまでの過程に無駄なんてないんだから!」と。それから、信号が青になって爺が行ってしまってからは、爺が捨てた希望を拾って投げつけてやりたかった。いや、最初は自転車がよたよたしていたから、拾ってかごにでも入れてやりたかった。そうすれば、希望はもう一度爺の元に戻るのだから。「ねえ待って!ちゃんとあなたの希望を拾って!」心で叫んだ。けど、口には出せなかった。爺の悲哀を想像すると、簡単に口にするのが失礼な気がしていた。

 それでも、爺が乗った自転車はそれなりにまっすぐに進み、最終的には私が追いつくことが出来そうにないくらい先まで行ってしまった。その先どうなったかは分からない。翌日は雨が降っていて、私はまた同じ交差点で信号待ちをしていた。爺が捨てた希望は、雨に流されてきれいさっぱり消えて無くなってしまっていた。

②オモテ へ続く。

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