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坊さんの言葉にグッときた件。

初めて会った坊さんに言われたひと言が、グッときました。

「自分の為に生きて輝かないと、人を幸せにすることはできませんよ」

私はこれまで、親が喜ぶから。兄弟と仲良くするため。友達が困っているから。妻のため。子供のため。社員のため。それが自分にとっての生きる意味で、自分にとっての幸せだと思っていました。

親に怒られたとき、兄弟にバカにされたとき、友達に裏切られたとき、妻に出来ない夫と言われたとき、社員や同僚や取引先に不義理をされたとき、そんな時はいつも、自分に責任があるのだと思い、それが当たり前だと思っていました。

自分の感情や、自分の事は、二の次で良い

そう思う事が当たり前だと思って生きてきました。

だけど、ふと立ち寄った寺院で、坊さんに言われた「自分の為に生きて輝かないと、人を幸せにすることはできませんよ」の言葉が、生まれてはじめての感覚。グッと心に突き刺さる感覚。

不思議な感覚。

その言葉が耳から頭に入り心に届いた時、これまでの記憶、嫌な記憶、無意識に心の奥底に仕舞い込んだと思われる、悔しくて、恥ずかしくて、泣そうな記憶が走馬灯のように蘇る感覚。

「おれ、変わろう」

初めて会った坊さんの、たった30文字程度の短い言葉に、グッときました。おれ、疲れてるのか?これが宗教に入る人の気持ちか? 相反する過去の自分が現実的な反応を語りかけてきたのですが、やっぱり、心に刺さったな。

何を思ったのか、財布にあった渋沢栄一のピン札を、紙に包んで坊さんに渡し、寺を出て、久しぶりに図書館へ行きました。

おもしろい感覚だったな。

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