日本代表対スペイン代表 メンタルゲームの勝利者

日本代表対スペイン代表戦について解説しようと思う。

スペイン代表はボール保持者が相手のDFを引き付けることでできたスペースをキッカケにパス&ムーブで守備ブロックを切り崩すことを基本としている。

コスタリカ代表戦ではフリーでボールを受けたブスケッツにコスタリカ代表のボランチが寄せた瞬間、その背後にインサイドハーフが侵入し、相手CBと2対1の数的優位の状況を作って攻め崩していた。

これを踏まえた日本代表の森保監督は、ドイツ代表のローテーションによるスペースメークを防ぐためにあえて最初からスペースを空けるということをやっていたのと同様に、スペイン代表に対しては、ボール保持者に寄せないことで攻撃のキッカケを封じようと試みる。

相手のDFラインにボールを動かす自由を与える代償に、パスの受け手を潰すことを選んだのだ。

ある程度ブスケッツを前田に任せ、インサイドハーフのペドリとガビを板倉、田中と谷口、守田がそれぞれ2人がかりでケア。ハーフスペースの封鎖を試みる。

1トップのモラタはスピード、高さ、テクニックと三拍子揃った万能FWではあるが、DFとの駆け引きを苦手としており、スペースのない状況ならば吉田で抑えきれるという計算があった。そのためにはスペイン代表のDFラインにボールを動かす自由を与えてでもインサイドハーフのスペースメークを許すわけにはいかなかった。

しかし、これが上手くいかなかった。2人がかりではペドリとガビを抑えきれずにピンチを招く。前半9分に鎌田と久保まで下げて3人がかりで包囲網を形成する。

その直後の前半10分に最初の失点が生まれる。守備が整っていれば、なんでもない放り込みだったが、板倉と吉田がマークの受け渡しをミスってフリーにしたモラタに決められてしまう。

このゴールによって試合が一気に停滞してしまう。1点差ではセーフティリードとはいえなかったため、スペイン代表の選手たちがリスクを取れずチャレンジできなくなってしまったのだ。

スペイン代表の守備の弱点は右CBロドリのスピード不足。ここを森保監督は狙い続けていた。韋駄天FWの前田を中央から動かさず、足が速いとはいえない鎌田にもロドリにスプリント勝負を仕掛けさせていた。

一方的に相手にポゼッションされたときは、FWをサイドの裏に走らせてロングボールをキープするというのはよくある対処法ではあるが、この試合では悪手だった。

前田はスペイン代表の喉元に突きつけられたナイフだった。ロングカウンターで前田とロドリのスプリント勝負というイメージがあると、スペイン代表の選手たちもボールを失うリスクを負ってでもチャレンジパスを出そうとは考えにくくなる。

必然的に無難で安全なパスを選びやすくなり、その分だけ日本代表の守備陣への負担が軽減された。

さらにボール保持者にDFが寄せて引きずり出されにくくなったため、スペイン代表のアタッカー陣はパスを引き出すキッカケを失い、連動したオフ・ザ・ボールの動きがほとんどなくなってしまっていた。

ただ日本代表もリードされた状況で相手にボールをキープされ続ける展開を嫌い、ときおりハイプレスを仕掛けていた。

完全に前輪駆動。基本的には背後のスペースを消すことを優先していたが、前の選手がプレスを仕掛けると、それに他の選手が合わせる形でハイプレスが発動していた。

日本代表ではFWが暴走して単独でプレッシャーをかけて、他の選手が連動しないということがよくあったのだが、今回のチームではほとんど見られない。

前の選手の判断を尊重し、見殺しにすること無く、意思統一してハイプレスを仕掛けていた。どうせ捕まえきれないと諦める選手は一人もいなかったことから、その点については徹底的に仕込まれていたのだろう。

1対0とリードを許した状況でボールを回され続けてされても諦めること無く選手たちは走り続けた。普通ならば諦めて動きを止めてしまう選手が出るところである。試合前から確固としたマインドセットができていたのだろう。指導陣の手腕が光る。

とはいえそのハイプレスをかわされてピンチを招くこともあったのだが。

試合が停滞したまま前半が終了。スペイン代表はSBが常にフリーだったため、逃げ道が用意された状態でのパス回しとなってしまった。1-0とリード、ワンミスで敗退の危機、心理的プレッシャーのキツい環境下ではますますセーフティな選択ばかりになってしまった。

チャレンジできていたのはペドリくらい。他の選手はプレッシャーに負けて無難にプレーしてしまっていた。おそらく0-0でもこれに近い状況になったのではないかと推測される。心理戦に長けた森保監督らしいマインドトラップである。

こういうときに後半も無難にパスを回して逃げ切ろうなどと考える人物はスペイン代表監督にはなれない。後半にルイス・エンリケ監督は右SBによりオフェンシブなカルバハルを投入してサイドアタックを強化。森保監督も三笘、堂安を起用し、両者とも積極策で打ち合いを選択する。

そうして後半2分に同点ゴールが決まる。GKまで網にかけるウルトラハイプレスでボール奪取に成功し堂安が決める。

さらに後半4分、GK権田のFKに板倉がショートパスを受ける動きを見せる。これにダニ・オルモが釣られた瞬間に権田が右サイドで余る堂安へロングパス。ダニ・オルモが伊東のマークに戻るが間に合わず右サイドの高い位置でボールをキープ。堂安がクロスを入れた展開から最後は田中が押し込んだ、

前半も5トップ化して4バックとミスマッチを作るシーンがあったが、後半はスペイン代表も前がかりになった分、より効果的だったかもしれない。

ここから試合が一気にアップテンポになる。後半12分にスペイン代表はアセンシオとフェラン・トーレスを投入。スペースのない状況では活きないモラタよりも、中長距離のシュートがありコンビネーションプレーに長けているアセンシオを中央で動き回らせたかったのだろう。

しかし、5-4-1の守備ブロックで中央のスペースを封鎖する日本代表を崩せない。レシーバーが抑え込まれた状況ではパス・フェイントを多用するフェラン・トーレスのドリブルも効果的ではなかった。

それならばとルイス・エンリケ監督は、レシーバーに頼らず個人で局面を打開できるアンス・ファティとジョルディ・アルバを左サイドにぶつけてきた。この動きにすかさず森保監督が反応。冨安を右WBに入れ、さらに伊東を左シャドーに配置することでロドリのもとに浅野と伊東の2本のナイフを突きつける。

中途半端なパスは浅野、伊東、三笘の韋駄天トリオとロドリのスプリント勝負になる。森保監督は徹底的にスペイン代表の選手たちを脅し倒すことで攻撃の抑制をはかった。

アンス・ファティはフィニッシャーとしても計算されていたのだが、これも板倉と冨安が2人がかりでケア。この時点でフェラン・トーレスが右サイドに居る意味が消滅。

後半37分にアセンシオとフェラン・トーレスがポジションチェンジ。守備力に不安のある伊東、三笘に移動砲台のアセンシオをぶつける狙い。フェラン・トーレスが単独でスペースメークに走り回り、アセンシオがカット・インしてクロスとミドルシュートで同点を狙う。

いくつかチャンスを作ったものの日本代表が守り倒し、アディショナルタイムに突入したところで突如試合のテンションが一気に落ち着いてしまう。

ドイツ代表がゴールを決めて4対2となったことがスペイン代表の選手達に伝わってしまったのだろう。このときコスタリカ代表の勝利もドイツ代表の大量得点の可能性もほぼなくなり、現状でも2位抜けがほぼ決まり、勝つ必要がなくなったってしまっていたのだ。

ボールがラインの外へ出ても走って拾いにいかなくなり、アタッカー陣もマークを無理に外そうとはしなくなっていた。あれで何も情報を知らなかったというのは白々しすぎる。

その後スペイン代表は、適当に攻めながら時間を潰してそのまま試合終了。2-1で日本代表の勝利に終わった。

「サッカーはメンタルスポーツ」と呼ばれる理由をまざまざと見せつけるような試合だった。ある意味ラッキーパンチで勝てたドイツ代表戦とはことなり、このスペイン代表戦は互いの心理状態と弱点を読み切った上での必然の勝利だったと言える。


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