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日曜日。毎週訪れるこの日を有意義に過ごした記憶がもはやないというぐらいにはだらだらと無益に過ごしていた。

世間一般ではお休みの日であるから、SNSを眺めると、やれどこどこに出かけただの、なになにのうんぬんのランチを食べただの、インスタ映えする週末の終末を楽しんでいる。

そのような普通というのは、私にとっては歩かないぬかるみである。多くの人がなんとなく歩く普通という道は、私にはぬかるみに見える。

大学というものをとってもそうだ。四年で卒業するなんて忙しなくてしょうがない。実家の経済力が許す限り在籍してから社会に出ようとする私にとって、四年というのは余りにも短い。5年でも6年でも居れるなら何年でも居たいモラトリアムを享受してこその大学生活ではないのか。

間違っていることは認めるが、この反対の正解というのも多くの人が納得するというだけのものである。私にとって正解であるならば、間違っても無問題である。

無問題であるが、四年で卒業できるならばしたかった。必修を落としたこと、それだけは反省している。

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