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私が持つ権利は、なんの責務を果たすためにあるのだろうか。

色々な権利をもっている。大学で授業を受ける権利、サボる権利、留年する権利。受験戦争で生き残った故に与えられた権利である。

卒業しなければならないというのは責務だろうか。中退してもいいというのが大学である。来るもの拒み、去るもの追わず、せこい商売だ。

権利の侵害は日常的に行われる。自由に街中を歩く権利があるが、自転車や自動車、信号、警察、犬、老人、子ども、天気に妨げられている。全てが人権侵害である。冗談である。ゆっくり歩けば大丈夫だ。

また歩く権利には、バイト先に向かうという責務がある。そんなはずあるか、と思いたいが事実だ。働きたくないが、それ以上に支払わなければならないものが多すぎる。

クレジットカードは、舗装された地獄への一本道である。身の丈以上の生活を権利として与えてくれるが、返済の義務がある。支払えなければ、分割、リボ、そして限度額。利用停止である。払えれば使えるから払った分だけ使ってしまう。早く完済したいが、当面は無理か。節約節約。

20歳の頃の私に言いたい。こんなもん契約するな、と。しかしこれのおかげで旅行に行けたり、欲しいもの買えたり、詐欺に引っかかったりできた。経験の幅は広がった。だからといってよくやった!とは褒めてやる必要はない。

契約に関してはこのような権利と義務をセットで考える必要がある。

しかし人権に関しては契約をした覚えがないのに、納税の義務がある。政府というヤクザに一方的に押し付けられている人権と納税。

私の使ってないあるいは使うことのない人権を何かしら一つ返すので、納税の責務を免れたい。とりあえず煙草税だけ私だけ免除して欲しい。

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