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ピュアドリーム・オア・ナッシング

「典子死ぬな!死なないでくれ!!」
「裕司・・・」
シーツも壁も床も、真っ白な部屋で。
――典子の黒髪だけが鮮やかだった。

ピュアドリーム・オア・ナッシング


俺はさ、ホントつまんねえ奴だったよ。
教室じゃ不良や陽キャが怖くて招き猫みたいに黙ってた。
お前が転校してきた時も、別世界から来たって感じだった。

だってそうだろ?
長いサラサラストレートの黒髪。化粧してないのに桃みたいなほっぺた。キラキラした大きな目。

名門の東雲高校から転校してきたとか、人気ナンバーワンの山本が告って速攻フラれたとか。

マンガのキャラかと思ってた。

あの図書室で――
二人で同じ本に手を伸ばして、指先が触れ合うまで――
俺のほかに読む奴いるなんて思わねえよ。『メイドと犬と古代文明』なんて。

『私語厳禁』の張り紙の下。

お前はガーッと喋りまくったよな。
感動したシーンとセリフ。お気に入りのキャラ・・・・

俺はあっけに取られてただ頷くだけだった。
キラキラエフェクトがかかってるみたいな典子。
いつでも思い出せる。キレイだった。
夕陽が沈んだころお前は俺の手を握ってこう言ったんだ――

「一緒に小説作らない?」

「ノリコたのむ!死なないでくれ!」
誌利根出版の人が『受賞間違い無し!』って言ってくれた小説が完成した頃・・・
典子の身体はもう限界だったんだ・・・

なんでこんな事に・・・
クラスの奴らのやっかみ、典子に付きまとうストーカー野郎。
俺が人気小説の作者だって知ったら誘惑してくる花魁・・・
全部乗り越えてやっとここまで来たのに・・・

「先生!」
「手術成功の確率はフィフティフィフティなんだ」

隣の医師がうつむく。

勝ち組専門の医者が典子の手術をしてくれるまで、俺は雨のなかだろうがドゲザした。

「裕司・・・裕司は生きて・・・」
「やめろよぉ・・・ノリコ・・・」
「わたし・・・こんな事言っちゃいけないのに・・・ユウジと一緒にいたいの。ずっと」
ノリコの目から涙が一筋零れ落ちる。
「ずっと一緒だ!ノリコ!」
「ユウジ、嬉しい・・・わたし達ずっと一緒ね・・・」
ノリコの細い指が俺の手を握りしめる。
ギシギシと関節が鳴るくらいに。

「ああ、ずっと・・・」
「茶番は終わりだ」

後ろから聞こえた。ジゴクから響いてきたような声。
「アンタなんだよ!ここは無菌室なんだぞ!」
真っ黒いパーカーの目つきの鋭い男。誰だ??
同い年くらいだがクラスの奴じゃない。
野良犬でも見るような目を俺に向ける。

「お前に用は無い。用があるのはそこの奴だ」
「病気のノリコに何言ってんだ!?先生・・・」

警備員を・・・言い終えないうちに男の姿が変わる。
血が凝固したような赤黒のニンジャ装束に!
金属のメンポに『忍 殺』の禍々しいカンジが燃え上がる!

「ドーモ。ニンジャスレイヤーです。サツガイという男を知っているな」

「ホホホ、夢の中まで追って来るとは!ドーモ。ニンジャスレイヤー=サン。ディープドリームです」
「アイエエエエエ⁉」

床にへたり込んだ俺の前で、ノリコのさらさらした黒髪が変色した。

逆立った蛍光ピンクの髪にはハートやマネキネコ、ユニコーンの安っぽいPCBアクセサリーが散りばめられる。

花嫁のドレスみたいだった入院着はインクをぶちまけたような原色のキモノドレスに!

「アアアアアァ、アーイエエエエエエエエ!!」
「もう少しでこの小汚いモータルソウルも我が物だったものを・・・イヤーッ!」
清潔な純白だった病室は極彩色が蠢くケオスと化した!

赤と緑で塗られた爪が解剖メスめいて伸びる!

ノリコ——ディープドリームは鋭い爪をニンジャスレイヤーに振りかざす!
CLACK!!ブレーザーに弾かれ金属音が響く!

「イヤーッ!」「グワーッ!」
ディープドリームが斬りつける度、原色キモノドレスが旗のように翻る!

斬撃をいなしたニンジャスレイヤーは爆破めいた右ストレートをディープドリームに叩き込む!
「イヤーッ!」「グワーッ!」
右!左!再び右!
「イヤーッ!」「グワーッ!」

攻撃を受ければ受けるほど、ディープドリームの髪の蛍光ピンクやドレスの原色は色が薄くなりくすんでいく。
夢から醒める時めいて。

防戦一方の女ニンジャの目がユウジを捉えた!
「ア、ア、ア、アイエエエエエ‼」
「だいたいキサマらが悪い!どいつもコイツも!
難病の黒髪美少女?もっとオリジナリティのある夢を見ろ!」
鋭い爪がユウジに迫る!

「どうでもいい。お前を殺せば夢は終わりだ」
極彩色が褪せていく世界の中で、その声だけが明確だった。
「アバーッ!」
ニンジャスレイヤーの拳がディープドリームの顔面にめり込む!骨の潰れる音が響いた。

「サヨナラ!」
ディープドリームは花火めいて爆発四散!
渦巻く色彩も、ユウジの意識も消えていく・・・


『アリガトゴザイマシタ!マタキテネ!』

マイコ合成音声で男は目覚めた。
ぼやけた視界に黒いパーカーの男が自動ドアから出て行くのが写る。

木目調テーブルに涎が小さな水溜りを作っていた。
いつから飲んでいたのか記憶が無い。
「お客さん、うち店内でイルカチャンはゴハットなんですけど!」
蛍光ブルーの髪のマイコウェイトレスが声を尖らせる。
尻を掴んだら足を蹴とばされた。
男は店から放り出される。

ヒトリーコマーキタネー・・・イイオサケ・・・イイデスネー・・・
一升瓶やトックリ型のネオン看板が滲み、広告音声が低く流れる。
「なんだこりゃ?」

壁のマネキネコレリーフに剥がれかけた映画のポスター。
『あなたは5倍泣く』『純愛、宇宙一』のキャッチコピーの下。長い黒髪の女優と逞しい俳優が抱き合っている。
男は一瞬の既視感を覚えたが、すぐによろけた足取りで去っていった。

重金属酸性雨が振り出さないうちに、次の酒とドラッグを求めて。

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