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20世紀最後のボンボン 第十部ヨーロッパ 第三章 ロンドンでお茶




ロンドンのヒースロー空港に着いて、一番最初に
危惧したのは今度(2013年5月)も食事がまずかったらどうしようということだった。
ロンドンは2001年に行ったときにひどい目にあった。
だからそれからはロンドンに行くというカリフォルニア人にご飯まずいから、と言い続けた。その人たちはうちでおいしい日本食を何度もごちそうしていたので、私の怒りを正確に理解していたと思う。
最悪、High Teaだけで過ごす覚悟で、とても美しい形のタクシー

ロンドンのかわいいタクシー 写真お借りしました。


に乗ってホテルに向かった。途中、イタリアンレストランが増えたという印象があった。やっぱりボストンに似ているかなというのと、
緑がきれいなことが目についた。カリフォルニアは緑は多いが
乾燥した緑色がほとんどだと日本に帰るたびに、痛感していたので。
 飛行機の中ではわずかながら熟睡したので、ホテルのあるCharing Cross駅

チャリング・クロス駅 写真拝借しました。


の周りを歩くことにした。車の運転手も騒いでいたが、5月にしては珍しく、晴れていて、傘を持たずに出かけた。やはり道がとても整備されていて、歩きやすかった。道幅が広くて、何というか王様がいる国に来たという思いを強く持った。皆が王様に恥ずかしくないように、仕事をし、生きてきた国の歴史を感じる街並みだった。
Tate Modern テート モダン

By Christine Matthews, CC BY-SA 2.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=12415472

が見えた。そんなに古い建物ではないが、昔のにおいがした。
展示してあるものはモダニズムの画家のものなど、現代美術のもので、カンクン君はマン・レイの写真集を買った。そこのカフェでちょっと休んだが、メニューを見る限りは、そうまずそうでもなかった。でも用心に越したことはない。お茶だけにした。

時差が応え始めたので、私はホテルに戻り、休むことにした。カンクン君はニューヨーク時代のガールフレンドが偶然家族で、ロンドンに来ていて、近くに泊まっていたので、そのことヒルトンかどこかのバーで飲んでいたら、ベネチアの男の子が合流して、かなり盛り上がったらしく真夜中に帰ってきた。

英国ではストーンヘンジを始め、見ないといけない場所があったが、
ここから続く約一カ月ほどの長丁場をこなすにはまず、少し休んだほうがいいので、とりあえず一日目はハロッズに出かけた。何か三越日本橋店を思い出した。とてもよく似ていた。(もちろん、それは三越がハロッズに似ているのだが。笑) 紅茶売り場がにぎわっていたので行ってみると、ロイヤルブルーの缶に入った紅茶がたくさんあって、誘惑に勝てなかった。
他の階も見に行ったのだが、陶器の売り場に行ったとき、誰もいないなと思ったら、シャーがお付きを連れて、金の食器売り場を勢いよく通り抜けるところだった。そこはアラビア語の札だけが並ぶ、金色と赤の異様な光景だった。イスラムの力、石油の力、はシリコンバレーでも部分的には見たことがあったが、こうもあからさまなプッシュははじめてだった。そういえば、ホテルの部屋でも、アラビア語だけのメニューを見たところだった。もちろん、ハロッズと言えば、ダイアナ妃が亡くなった時に同乗していたドディが思い出されるところであるが、ドディはエジプトの富豪の息子で、ダイアナ妃と一緒に思い出のコーナーが作られ、飾ってあった。
ハロッズの中でも食事をしたが、それはおいしかった。けれども、ここは特別なのだろうとまだ慎重さを失わなかった。

ロンドンのカフェやレストランにも行ったが、どこもおいしかった。
でもそれは英国の食べ物がおいしいというより、全体的にグローバル化が進んで、英国もその波に飲み込まれているのだという感じはした。別の有名なデパートにも足を運んだが、そこは日本のラーメンなどを扱う店が中心にあり、びっくりした。本当にここはイングランドなのかと目を疑った。昔年の感があった。街はどこも建築途中の新しい現代美術の建物があり、若い人が多く、活気にあふれていた。
他にもサヴィル・ローやその近くの高級住宅街も存分に散策して、
ゆっくり休んで、次のエジプトに備えた。

第十部 第四章に続く

What an amazing choice you made! Thank you very much. Let's fly over the rainbow together!