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スタオケのジューンブライドイベント「Music and the Fatal Ring 」がおもしろかった

 本記事ではiOS/Android向けアプリゲーム「金色のコルダ スターライトオーケストラ」で2022年6月9日~22日にかけて開催された期間限定イベント「Music and the Fatal Ring」のイベントストーリーについてつらつら感想を書いていく。
 過去のイベントストーリーの内容も含むネタバレ記載があるので、未読イベントがある方は注意されたい。なお本記事ではイベント名を以下MFRと略すことにする。

ストーリー構成の妙

 今回の「Music and the Fatal Ring」のストーリーは、話数こそ全10話で収まっているものの、他イベントよりもテキストの絶対量が多かった。少なくとも昨年度のジューンブライドイベント「Music and the Bridal Kiss」と比べてほぼ倍増しているのではないか。なにせ篠森やグランツ交響楽団を含めて“全員登場”するイベントはスタオケ初で、総勢20名にも上る。だからといってキャラクター一人ひとりのセリフが少なかったとも思われない。「ジューンブライドは女性向けコンテンツにとって特別なイベント。これまで実装されたキャラクター全員にジューンブライドにまつわるストーリーを用意する」という熱意を力技で実現した前歴のある公式の気合の入れようを感じるし、なんといってもシナリオスタッフの力量を実感する。
 加えて、今回のイベントはメインストーリー第一部終了後、かつ通常のイベントでは関わることのないグランツ交響楽団と初共演する内容ということから、スタオケサイドの物語(メインストーリー)とグランツサイドの物語組曲「彼方を染めゆくリチェルカーレ」「遙けき蒼天のマドリガル」の総括でもあった。ここまで描かれてきたスタオケ内の信頼関係があるからこそ、スタオケメンバーは舞台の稽古に臨む朝日奈をそれぞれのアクションで送り出したり励ましたりすることができるし、組曲でグランツ内部の人間関係や背景が明かされたからこそ、それらを踏まえて朝日奈との関係が描かれることになる。MFRはおそらくかなり早い段階から企画が練られていた結果、満を持して提示されたストーリーだと言うことができそうだ。

ユーザーを引き込む仕掛け

 絶対的なテキスト量が多く、しかもメインキャラクターたちに演劇をさせる(=複数のストーリーラインが並行することになる)場合、なにかしら面白味がないとダレてしまい最後まで読まれない。そこで第1話からユーザーを引き込む仕掛けとして登場したのが、今回のゲストキャラクター・貴宝院マチコだ。ものづくりに対する強い情熱を持った演出家で、かつ朝日奈に惚れ込んだから今回の案件を依頼したというほど朝日奈に好意的。これだけなら単に「イイ人」で終わるところを、あんな強烈な外見と態度の女性に仕立ててしまうから侮れない。第1話を読んだユーザーが揃って「マチコやべえw」「マチコおもしろすぎww」という感想を持つ。いわゆる「掴みはバッチリ」という状態になるわけだ。迷言が多く面白キャラとして表現されはしたがものづくりに対して真摯な貴宝院マチコは、最初から最後まで朝日奈の心強い味方だった。
 また、これまでのストーリーと比較して選択肢が表示される場面が多かったことも、ユーザーと朝日奈との一体感を生み出し、ユーザーを引き込む仕掛けだったと言える。朝日奈がグランツのコンミスとしてグランツ団員に指示出しをする場面などが顕著だ。コンシューマー時代と異なりスタオケのストーリー内選択肢にはイベント失敗・親密度下降につながるようなものはないし、ストーリーが分岐することもないが、それでも「自分の手で朝日奈の選択肢を選ぶ」という行為によって実際に自分の感情を朝日奈にシンクロさせることができたというのは大きかった。

 もちろんテキストの筆致自体も見事だった。特に2話のグランツとの共演シーンは丁寧に描かれており、グランツの演奏から浮き続ける朝日奈の抱えた焦りや恐れが克明に伝わってくる内容になっていたと感じる。すでに完成されたグランツという環境に放り込まれ、真摯な姿勢とたゆまぬ努力によってどん底から這い上がる朝日奈唯の成長物語として成立していた。

魔界を巡る試練に挑む朝日奈

 一方で物語論的な話になるが、MFRのストーリー骨子は「朝日奈唯の冥界訪問譚」を軸にした成長物語のように感じた。冥界訪問譚とは神話類型のひとつで、神や英雄が生きたまま冥界(地獄)を旅し死者を訪問し帰還するというものである。有名なものではイザナギの黄泉下りやオルフェウスの冥界下りがこれに該当する。
 スターライトオーケストラの物語の中には、乱暴に言ってしまうと「光の世界であるスターライトオーケストラ」と「闇の世界であるグランツ交響楽団(&リーガルレコード)」の対立軸が存在する。今回は劇中劇で「人界」と「魔界」という語が出たのでそれを採用するが、人界の姫君である朝日奈唯が魔界を巡るという試練を課され、それを達成して帰還することで新たな力を得る、という話だ。

「ま、ずいぶんとお綺麗な話に収まったが、やっぱりあんたにはああいうほうが似合いだよ」
「……なにせ、光だの温もりだのに慣れ切ってんだろうからな」
「――姫君。ようやく人間の世界に戻れた感想は?」
選択肢:また大我の世界へも行けたらいい
「おやおや。よほど苦労や痛みがお好きと見える」
「そういうところだぜ。せっかく逃がしてやったのに」

「金色のコルダ スターライトオーケストラ」より「The Music and the Fatal Ring」10話

 10話ラストシーンで、朝日奈と大我は上記の会話を交わす。「光」「温もり」は人界の、「苦労」「痛み」は大我の世界=魔界のものなのである。

「誰も寝てはならぬ」の解釈

 今回のイベント課題曲は「誰も寝てはならぬ」。これはシリーズ過去作「金色のコルダ2」でも演奏曲として選べる曲で、このときは清麗属性だった。基本的にシリーズ過去作で登場した楽曲は同じ属性で登場していたが、「誰も寝てはならぬ」はMFRで愁情属性の曲として登場した。今回の舞台「悪魔の花嫁 The Fatal Ring」の脚本に沿った解釈を反映させたゆえだろう。
 その証拠にMFR10話、演奏するグランツの面々がモノローグで語りかける。

(痛いほどひたむきな愛の表現……グランツで、こんな演奏をする日が来ようとは)
(悲しさ、切なさの中にあろうと決して希望を見失わない。これはまぎれもなくあなたの音楽)

「金色のコルダ スターライトオーケストラ」より「The Music and the Fatal Ring」10話

 原典となる「トゥーランドット」において、この「誰も寝てはならぬ」はトゥーランドット姫との謎かけにいまにも勝たんとするカラフ王子の、言わば勝利宣言のアリアである。だがFatal Ringでは歌唱はなく、純粋に曲だけで切なる愛を表現することを求められた。朝日奈がグランツであがいた結果生み出した曲は、「悲しさ、切なさの中にあろうと決して希望を見失わない」「痛いほどひたむきな愛」を表現する愁情属性の曲となった、ということだろう。

劇中劇「悪魔の花嫁 The Fatal Ring」の構成

 曲と曲の間に短い芝居が挟まるドラマ仕立てのコンサート「シネマティックコンサート」は、すなわちミュージカルの交響楽版と言えそうだ。実際にあるのだろうかと思って検索したところ、ガルパンとノイタミナのシネマティックコンサートがヒットした。オタク系コラボが多い分野なのか……?

「オペラ座の怪人」の要素

 最初に貴宝院に演劇のあらすじを聞かされたとき、凛は「これが『トゥーランドット』? もはや別物じゃない?」という反応を返す。それもそのはず、「純真無垢な姫君」「悪魔の王子たちの誘惑」「結婚指輪」といった要素は原典の歌劇「トゥーランドット」には存在しない。貴宝院がコンミスの演奏を聴いたときの「この(まっさらで伸びやかな)音色が悪にまみれることで熱いドラマが生まれるはずだわ…」というセリフに、「いやそれすでにトゥーランドットじゃないだろうが!」とつっこんだユーザーも多かったはずだ。

 この「The Fatal Ring」にまぎれこんだ怪しげな要素は、「オペラ座の怪人」から取り入れたものと思われる。というのも、鷹峯高校出身者、特に堂本大我を構成する要素に「オペラ座の怪人」のファントムが深く関わっているからである(原作小説ではエリックと名付けられているが、ここでは有名なミュージカル版に従ってファントムと記述する)。
 「トゥーランドット」のトゥーランドット姫は頭脳明晰で冷酷な姫君だが、おそらく朝日奈が演じるトゥーランドット姫は、名はそのままに、「オペラ座の怪人」の純真無垢なヒロイン・クリスティーヌにすり替えられている。そして「暴虐の王子」役の大我をファントムと仮定すると、脚本改変後のラストシーンがそのまま「オペラ座の怪人」のラストシーンに重なる。
 すなわち、怪人ファントムは歌姫クリスティーヌが別の男に奪われることに嫉妬し、彼女を地下へ誘拐し求婚する。ファントムの生い立ちと孤独に触れたクリスティーヌは彼を憐れんで口づけする。これによって真の愛を知ったファントムは、彼女を光の世界へと送り出し、自らは孤独の闇に還っていくのである。

脚本改変による二重構造

 「悪魔の花嫁 The Fatal Ring」のラストシーンは、当初の脚本では、姫君は暴虐の王子によって指輪をはめられる。その後夢から覚めた姫君は、暴虐の王子の真の名は「夢」であったのだろうと推測するが、彼女の指には夢の中の指輪がはまっていた――というオチになっている。
 大我はこれを改変し、芽生えた愛ゆえに姫君の命を失うことを惜しんだ暴虐の王子が彼女を人界へ送り返すというハッピーエンドにした(ハッピーエンドではあるが、暴虐の王子の死が示唆される内容になっている)。最後に姫君が暴虐の王子の名を告げるくだりは朝日奈のアドリブで、選択肢は「愛」「優しさ」「真心」である。元ネタとなる「トゥーランドット」のラストシーンではトゥーランドット姫が「愛」と答えるが、大我(Taiga)の名の中にaiが含まれていると考えるのは、穿ちすぎだろうか。
 一見無駄になったかに見える改変前の脚本だが、「暴虐の王子が姫君の左手の薬指に指輪をはめ、姫君は夢から覚める」というストーリーラインは、このままイベントストーリーの結末に適用される(大我が朝日奈の左手の薬指にキーリングをはめ、朝日奈はスタオケに帰っていく)。改変前の脚本もイベントストーリー全体を補完する役目を果たしている。

演技を通じて見えるグランツキャラの内面

 この舞台では、御門・月城・巽・笹塚・大我の5名が朝日奈の相手役として出演し、アドリブを通じて彼らの内面を吐露させるという仕掛けになっている。つまり舞台上のセリフから彼らの本音が垣間見えるのだ。

 また劇中で姫君(朝日奈)に対して四度出題される謎は、いずれも原典となるプッチーニの「トゥーランドット」の謎かけと同じものである。すなわち、
・優艶の王子(御門):「毎晩、新しく生まれて、明け方には消えてしまうものは?」→「希望」
・威光の王子(月城):「赤く、炎のように熱い。だが火ではないものは?」→「血潮」
・王子たちの側近(巽):「氷のように冷たいが、周囲を焼き焦がすものは?」→「あなた(トゥーランドット)」
・暴虐の王子(大我):「『俺の真の名』はなにか」→「愛」
となる。三王子の各キャストについて、
・家族と名誉を失い絶望に捕らわれた御門に対しては「希望」を
・死病に侵された月城には「生(血潮)」を
・幼い頃に家族を失い孤独のうちに生きた大我には「愛」を
というように、それぞれのテーマにまつわるキーワードが正解として用意されているように思われた。

マイスイートホーム、スターライトオーケストラ

 もともとスタオケメンバーは「コンミスが朝日奈唯だから」参集したメンバーだ。シリーズ過去作「金色のコルダ3」の主人公小日向かなでは、IFストーリーのAnother Skyシリーズで星奏学院以外の高校で活躍する世界線があったが、乙音の「ボクたち、コンミスちゃんじゃなきゃ駄目なんさ~」というセリフがまさに真実で、コンミスが朝日奈唯でなければスタオケは存在しえない。Another Sky featuring グランツが成立するとしたら、現在のスタオケメンバーが集まらないどころか、スターライトオーケストラと名のつくオーケストラが存在するかどうかすら怪しい。

 今回、一時的にスタオケ以外で音楽活動をすることになる朝日奈だが、彼女にとってスタオケが帰るべきホームでありファミリーであることを感じさせる内容でもあった。思えば菩提樹寮で起居を共にし、星奏学院に通い(笹塚・仁科は定期的に札幌に帰っている模様?)、木蓮館で演奏するスタオケメンバーは、お互いに生活圏が重複する。グランツという「スタオケの外の世界」を描くことで「スタオケがホームであること」を表現したと言える。

各キャラ雑感

仁科諒介

 MFR2話、グランツとの最初の演奏を終えて自信を失った朝日奈にいち早く支えの言葉をかけた仁科。

「君はいつだって俺たちの特別だけど……今、必要なのはそういうことじゃないんだろう」
「天才と一緒にやるのは、苦しいよね」
「できないことがあっても自分を責めないで」
「君にしかできないことだってきっと見つかるから」

「金色のコルダ スターライトオーケストラ」より「The Music and the Fatal Ring」第2話

 もともと主役よりはサポーターとして輝くタイプのキャラだが、今回のような役回りは、根っからの気遣い屋である仁科にぴったりだ。彼が朝日奈にかける一連の言葉はどれも的確で優しいが、最後に「……なんて。俺、自分にもそう言いたいのかもな」と付け加えるのが特によい。笹塚の才能に惚れ込みつつも彼の才能を手に届かぬもののように感じる仁科は、いま現在朝日奈が直面する悩みをまさしく共有できる相手。最初に彼女への激励の言葉をかける人物として最適であった。

香坂怜

 かつてグランツに所属し、プレッシャーに精神を摩耗させ、たった一日練習を休んだことをきっかけに月城に退団を求められた経歴を持つ香坂。グランツの厳しさを誰よりも知っている。MFR3話、コンミスを責めるような月城の言葉にもの言いたげな表情を見せるのが印象的だった。
 そしてなによりMFR4話、朝日奈に舞台衣装のドレスを着付けた香坂が朝日奈にかける一連の言葉が優しく美しい。

「……朝日奈さん。あなたがグランツで演奏すること、本当は心配でたまらなかったの」
「何度も喉まで出かかったわ。行かないで。傷つかないで。今からでも断ったほうが、って……」
「でも、それは私のわがままでしかない。だから代わりに、こう伝えておくわね」
「私の心の中には、いつだってあなたしか入れない温室がある」
「あなたが喜びを叫びたい時や、悲しみに胸がふさぐ時は……どうか、そのことを思い出して」

「金色のコルダ スターライトオーケストラ」より「The Music and the Fatal Ring」4話

 彼女の言う「グランツで演奏すること」は朝日奈にとって死力を尽くす戦いであり、そんな彼女にとっての舞台衣装のドレスは戦装束だ。いまから戦いに赴く姫君の戦装束を整えた香坂が、「戦って傷ついてほしくない」という感情をわがままと認識しながら「あなたの心のままの望みを応援する」という激励はあまりにも切ない祈りである。

御門浮葉

 MFR4話、御門の演技に驚くスタオケサイドに対し、「あれはいつも通り」と苦笑するグランツサイド。御門がスタオケで本性(!)を現していなかったことを示すやりとり。
 御門がスタオケに一時的に所属していた短い秋のひととき、すなわち7章京都でのやりとりを回想しながらドラマリハが進む。

「毎晩、新しく生まれて、明け方には消えてしまう。私にとって、その儚いものとは何か」。初めの問いかけにはなかった「私にとって」との文言をアドリブで入れるあたりが憎い。優艶の王子というよりは御門浮葉にとって、この問答の正解に相当する「希望」は儚く頼りないものであるということ。

 MFR4話のドラマリハを通じて朝日奈の強さと覚悟を受け止めた御門が、5話のグランツでのオケ練では朝日奈に助け舟を出す。御門はグランツに入ってから日が浅く、入団間もない時期の公演でクラリネットのソロを任され、実力を発揮して認めさせた経験がある(御門BDカードストーリー参照)ことから、今回のことが朝日奈の乗り越えなければならない試練であるとよく理解しているはずだ。いわば魔界グランツにおける道先案内人としてのキャラクター配置だったとも言える。

鷲上源一郎

 グランツとの思いがけない共演がきっかけで、メインストーリー7章以来会うことのなかった旧主と再会することになった源一郎。久しぶりに二人が直接言葉を交わすことになるMFR4話のラストシーンがひときわ印象に残る。もともと寡黙がちなこともあり、破門以降の御門について一切語らなかった源一郎だが、御門の言葉を通じてようやく彼の変化を見て取ることができるのだ。

「再会して以来、お前はずっと私に覚悟と遠慮が入り混じった視線を向けてきていたけれど……」
「あの時だけは挑みかかるような目をしていた」

「金色のコルダ スターライトオーケストラ」より「The Music and the Fatal Ring」4話

 今回は成り行きで再会し、舞台上の御門への嫉妬心の表出を指摘されたことで、朝日奈に対する恋愛感情の芽生えを明確に自覚したことが示された。
(御門とのやりとりについての詳細は別項を立てる)

 源一郎にとって大我は遺恨のある相手であることから、彼らは将来的に直接衝突する機会があるように思われる。だがそれは今回ではなかった。概念的な親離れをしたばかりの源一郎はまだ未熟で、今後(メインにしろイベントにしろ)ストーリーが進む中で源一郎のさらなる成長にまつわるイベントを経る必要があるだろう。明言はしないものの、細かな描写の積み重ねによって源一郎というキャラクターを克明に描き出しているわけだ。今後の彼の成長への期待が大きくなった。

一ノ瀬銀河

 MFR2話、朝日奈が初めてグランツと演奏したとき、月城は「自覚があるかは知らないが……」「朝日奈は、指揮者の合図を待っている。ここに一ノ瀬銀河はいないものを」とモノローグで指摘する。彼女にとって指揮者銀河(スタオケの象徴)の存在がどれほど大きいのかを改めて突きつける表現だった。

 彼が実際に動き出すのは4話終盤から5話冒頭にかけて。香坂の項でも書いたように、今回のグランツとの音楽づくりは朝日奈にとって「戦い」である。戦いに倦み疲れた朝日奈に対し、銀河はさりげなく二人きりになる機会を作り、指導者・保護者として労わる様子を見せつつ「じゃあ、やめるか?」と問いかける。

「やれやれ。無駄なことするもんだねぇ」
選択肢:その言い方はひどい
「そりゃあ悪い。でも本心だ」
「だって、お前さ。総譜も、そこに書きこんだことも、とうに頭に入ってるだろ」
「これ以上、譜面とにらめっこしたって、なぁ」
「もっと気楽に構えりゃいいのに。客演くらい、たいした苦労じゃないだろ?」
選択肢:客演「くらい」じゃない
「おっと。こりゃあ、言いたいことありそうだな」
選択肢:上手くできない自分が不甲斐ない
「……なるほど。根っこはとことん真面目だからなぁ、お前」
「じゃあ、やめるか? グランツの客演」
「苦しいだけなら、無理に続けることないさ」
「大丈夫。俺が、先方にちゃんと話を通してやるよ」
………………。

「金色のコルダ スターライトオーケストラ」より「The Music and the Fatal Ring」5話

 戦いそのものを放棄してはどうかという“誘惑”を迫るのだ。今回の演劇のテーマは「悪魔の誘惑」であるが、最も近しいところにいるとんでもない悪魔の役を演じている。
 コンシューマータイトルであればこの場で「やめる」という選択肢を選んでバッドエンドにたどり着くということもあり得るだろう。だが朝日奈は誘惑に屈しないし、銀河の方もそれは予想していた(もちろん彼女が誘惑に屈した場合に「先方にちゃんと話を通してやる」というのも嘘ではないはずだ)。

選択肢:やめるのは嫌だ
「ふぅん。なら聞くが……」
「なんでそうまでして続けるんだ?」
選択肢:音楽と向き合うことから逃げたくない
「……………。音楽と向き合うこと、か」
「―—うん。お前らしい理由だ」
「あとさ、朝日奈。俺が思うに――」
「どんなにしんどくても、お前は無意識にわかってるんだと思うよ」
「グランツとの共演は自分の成長につながる。視野を大きく広げてくれるって」
「何より、惹かれてるんだろ? グランツというオケに」
「じゃなきゃ、その総譜の説明はつかない。いや~、すげぇ書きこんであるんだもん」
「パートごとの特徴と――それを踏まえて、課題曲の『愛』をどう表現したいか、ってのが」
「正直、目ぇ見張ったよ。スタオケしか知らないお前だったらああいう解釈はしてないと思う」
「お前には、すでに『グランツ』と作りたい音楽があるんだ」
「俺は、グランツはお前の声に応えるオケだと思うよ。……声が聞こえさえすれば、な」

「金色のコルダ スターライトオーケストラ」より「The Music and the Fatal Ring」5話

 彼の目的は、誘惑の先に朝日奈と重ねる問答によって彼女の心を解きほぐし、道を示すことにあった。そして戦いを続ける決意を新たにする朝日奈に、「大怪我しそうになったら銀河さんが守るからさ」と後方支援を約束する。
 スタオケには銀河と篠森という二人の教師がおり、二人の朝日奈に対する接し方はアメとムチに相当する。アメ担当の銀河は、指揮者として輝かしい経歴を持っているにもかかわらず、大舞台から逃げ出した過去を持っている。プレッシャーの恐ろしさ、人間の弱さを知っているからこそのアメ対応であり、それが(銀河自身は意図していないだろうが)“悪魔の誘惑”につながったと言えるだろう。

月城慧

 朝日奈をコンミスに据えての演奏がうまくいかずグランツのモブ団員たちから不満が噴出したMFR3話、「もしすべてが朝日奈の責任ならば俺たち演奏者には一片の誇りもないことになるぞ」の言葉が毅然としていてかっこいい。朔夜に「朝日奈と出会ったことで慧も変わったのかもしれない」と察知されているが、ユーザーは9章での敗北と「遙けき蒼天のマドリガル」での経験を経たゆえのものだと知ることができる。

 誘惑シーンの「このまま、俺と共に極上の愛と死を奏でるか?」のセリフは、東金千秋の「恋に死ぬなら、本望だろう?」のセリフを思い出す。が、一方でその直後の「……おい、朝日奈。お前、うなずきそうになっていないか?」のきょとんとした表情がとてもかわいい。朝日奈がもともと月城ファンということもあり、代わる代わる襲い掛かる悪魔の誘惑の中で唯一抗いきれていないのがおもしろい。

「言っておくが、お前が犠牲になったとて俺は構わず生きるぞ」
「なにしろ、俺にはこの世に奏でたい音楽がある。磨き上げたいオケがある」
「そして――競い、高め合いたいライバルがいる。お前は違うのか?」

「金色のコルダ スターライトオーケストラ」より「The Music and the Fatal Ring」6話

 上述の言葉は「威光の王子」としてのセリフではなく、朝日奈本人に直接小声で語りかけたもの。死病を抱える身ながら最後の最後まで生に執着してあがこうとする月城の姿勢が挑発として表現されていてよい。月城の病状をコンミスが知るのは月城のキャラクターストーリーでのことなので、ひょっとすると今回の時点の朝日奈は知らないかもしれない。

 MFR10話での「いっそ本当に嫁いでくるか? グランツへ」のセリフについては、最後に別項を立てて書く。

篠森和真

 ムチ担当教師。登場当初からちゃらんぽらんな銀河とのバランスを取るかのように鬼教師としてふるまう篠森は、MFR6話終盤、貴宝院に乞われて22時まで稽古場に居残っていたコンミスを連れ帰る。のみならず、衣装のドレスのホックを外すのを手助けするという若干色っぽいシーンがあるにもかかわらず、顔色一つ変えず助けてくれる。

選択肢:ごめんなさい……
「別に怒っているわけじゃない」
「だが、こうしてうるさく言われるのは我慢しなさい」
「そのドレスが本当に似合うようになるまでは」
選択肢:今は似合っていない?
「まだ早いと思うね。どれほど上手く着こなそうが」
………………。
「なぜ落ちこむ」
「君はこの先、今以上に輝く。そう言っているのに」
「だから、己の身は大事にするように。廊下で待っているぞ」

「金色のコルダ スターライトオーケストラ」より「The Music and the Fatal Ring」6話

 恐ろしいほどに紳士的で信頼できる大人の男性である。
 サブキャラながら人気の高い篠森だが、彼の魅力はどこから来るのかと考えてみると、公平性と倫理観と言うことができる。篠森は朝日奈を己と対等な人間として扱わない。彼にとって朝日奈は一人の子どもであり、自分たち大人はその成長を見守り保護すべきという姿勢を崩さず、彼女の内面や個人的な事情に立ち入ることはない。幼児期の朝日奈のプライベートを知る銀河とはその点で一線を画す。

 個人的には親密度ゲージを実装せず、この教師ー生徒間の距離感を保ったままの“篠森先生”でいてほしい。朝日奈成人後ならともかく、在学中に親密度を上げることで朝日奈に対する態度を変える彼は存在してほしくない……が、「遙かなる時空の中で3 十六夜記」の藤原泰衡の個別恋愛ルートが実装されたときにブーブー文句を言ったにもかかわらず、実際にプレイした後には満足してしまった前科があるので、篠森の親密度ゲージが実装されたらそれはそれで楽しんでしまうかもしれない……。

巽瑛一

 一応この舞台稽古は全体を通じて、演者がアドリブにかこつけてコンミスに対し本音を吐露する(すなわち、舞台上のセリフが演者自身の本音)という体になっている。ポーカーフェイスで登場回数の少ない巽の内面についてユーザーが理解できる範囲は少ないが、少なくとも「他のキャラとは異なる価値観のもとに生まれた人物」「建前上決まりごとを遵守するが他者を傷つけることに罪悪感がない」あたりは今回のやりとりの中で読み取れよう。

 貴宝院マチコにキャストとして見出された場面や、巽のリハーサルが終わった後の場面など、月城とのハイコンテクストな会話が魅力的だった。それにしても今回の貴宝院マチコといい、「遙けき蒼天のマドリガル」の北村夫人といい、クセの強いマダムに秋波を送られることの多い男である。もともと巽のキャラクターデザインは韓流スターを意識したものとのことなので、なんとなくつながった気はする。

笹塚創

 スタオケサイドから朝日奈以外の役者として唯一選出された笹塚。空回りをする人間に対して冷淡なので、朝日奈がグランツに馴染めず苦しんでいた2~4話あたりで接触する場面があれば大事故が起こったかもしれない。だがものごとに対してまず観察から行うタイプの人間である彼の「……あんたって、どんどん進化するよな」「見逃すの、もったいない。だから俺は、スタオケに入って正解だったと思ってる」という言葉は、MFR後半、グランツの中で道筋が見えてきた朝日奈にとって激励となる。

 一方、役者としては、「勝利か死か」の二択を迫られた姫に対し、アドリブで「今すぐ、俺とあんたが結婚すればいいんじゃないの?」「そうしたら、悪魔側も条件満たせなくなるだろ」という第三の選択肢を提供するあたりが実に彼らしい。一応貴宝院マチコからのオーダーは「姫への想いの丈を甘く切なく表現なさって!」なのだが、本番もこれでいったのか? いったんだろうな。
 キスを迫るシーンでの「キスしたいと思ったし、こいつじゃなければしない」のセリフは竜崎の言葉に対して笹塚が素で答えた部分である。スタオケメンバーはグランツサイドのドラマリハでは文句をつけずおとなしくしているが、スタオケからの唯一の相手役である笹塚に対してだけはやいのやいの言いまくるのがめちゃくちゃおもしろい。スタオケ内では朝日奈に対する不可侵協定のようのものが暗黙のうちに成立しているのかもしれない。「えええええええ!?」「ざけんな、お前。いったん離れろ!」「……さすがに看過できませんね」の後の「成宮くん、声ひっく……」の流れが秀逸である。仁科がドンびくほどの成宮の低音が気になり過ぎるのでここだけでもフルボイス化してほしい。

堂本大我

 朝日奈はここまで魔界(グランツ)に放り込まれ、一人きりで悪魔たちの謎かけと誘惑を退けるという戦いを繰り広げてきた。「悪魔の花嫁」脚本において、「暴虐の王子」に扮する堂本大我はいわばラスボス枠であると同時に、本イベントの主役である。

 今回、大我は「悲劇的な結末は無垢な朝日奈に似合わない」「結婚指輪は遊び(演技)ではめるものじゃない」というふたつの理由からラストシーンの変更を提案し受け入れられるという荒業を達成した。大我もまた舞台上のアドリブによって本音を引き出されることになるわけだが、光の世界で生きる純真な姫君(朝日奈)に、闇の世界に生きる自分の手の届かないところで幸せにいてほしい、と一線を引いた優しさがうかがえる。改変後のラストシーンで姫君は従者とともに魔界を去るが、おそらくこの後暴虐の王子は命を落とすはずだ。このことから、彼が大切なもののためなら自己犠牲もいとわないタイプであることが垣間見える。

 大我の結婚指輪にまつわる思い出はそのまま両親の死と結びつくことが、MFR9話で明かされる(一応、「彼方を染めゆくリチェルカーレ」のイベントストーリーを読んでいるユーザーは彼の両親が紛争による砲撃で亡くなったという情報を得ているが朝日奈に対して直接情報開示するのはこれが初めてである)。もともとワイルド&ダーティーという触れ込みのキャラクターで、本人も露悪的にふるまってはいるが、その根源的な部分はあまりにもピュアだ。大切なもののためなら自己犠牲もいとわないタイプと先に述べたが、ここでも、美しいと感じたり大事だと思ったものに対しては汚さぬよう手を引くという行動を取る男だとわかる。

シーンピックアップ

4話:紅の主従

 メインストーリー7章ラストで別離して以来、リアルタイム換算で実に11ヶ月ぶりの再会となった御門と源一郎。一応このふたりは主従という触れ込みで登場しているが、どうも彼らの関係性は疑似的な親子といった方が適切なように思われる。

「……!」
「――源一郎。そのお茶は朝日奈さんに?」
「……はい
「では、彼女への言伝を頼めるかい?」
「直接、話をなさってはいかがでしょうか。楽屋へご案内しますので」
「あいにく、雑誌の取材が入っている。すぐにでも劇場を発たねばならなくてね」
「失礼いたしました。ご伝言を承ります」
「『君の真摯な瞳が演技に思えず、胸に迫りました。得がたいひとときをありがとう』と」
「必ずお伝えいたします」
「ありがとう」
「……先ほどの稽古中、舞台からお前の顔が見えたよ」
「は……」
「再会して以来、お前はずっと私に覚悟と遠慮が入り混じった視線を向けてきていたけれど……」
「あの時だけは挑みかかるような目をしていた」
「……それは、どういう……」
「これより先は己で考えなさい。……では」

「金色のコルダ スターライトオーケストラ」より「The Music and the Fatal Ring」4話

 上述のシーン、以前と同じように“ものを頼む”、“引き受ける”内容の会話を交わしているのに、根底の関係性が変化しているために緊張感がある。
 7章ラストシーンで、グランツに行くという御門に「お傍にいさせてください」「ステージに上がれなくてもかまいません」と口走ってしまった源一郎は、音楽をやりたいという本来の夢を蔑ろにしたことを指摘され破門される。この場で御門は、音楽をやりたいという源一郎の志を将来に繋ぐために、どうしても源一郎を突き放してスタオケに行かせる必要があった。純朴な性格の持ち主である源一郎にとってそれは大きな荒療治だったわけだが、やがて彼は「あの方の前で胸を張って奏でたい」、すなわち演奏家として旧主と対等に並び立ちたいという望みを持つに至る(「間奏曲 秋を奏でるフルコース」)。
 それから時を経た今回、御門が源一郎の視線から読み取った感情は“覚悟”と“遠慮”。自分とは相容れないチームに属することになった旧主に立ち向かう“覚悟”を持つ一方、御門がグランツや黒橡の音楽活動で実績を残しているのに対し自分はなにもできていないという不甲斐なさ、“遠慮”があるのだろう。

 御門はもともと他人を観察するのがうまいタイプだが、舞台の上から客席の源一郎の表情を把握しているあたり、彼のことを実によく見ていることがうかがえる。そして上述の会話の最後、源一郎の嫉妬を指摘するシーンの表情が笑顔であることから、源一郎の変化(概念的な親離れ、自分への対抗姿勢)を好ましく思っていることもわかる。

 御門から源一郎に対する態度は相変わらず「疑似的な親として子を見守る」というものだが、その逆は変化しつつある。そのことが詳しく描かれる次の機会を待ちたい。

10話:月城の勧誘

 月城慧の、「いっそ本当に嫁いでくるか? グランツへ」という勧誘。
 シリーズ過去作「金色のコルダ3」の東金千秋が言った「小日向。お前、神南に来いよ」を思い出したユーザーも多いだろう。このシーンは間違いなくセルフオマージュだが、月城のこの誘いに乗っていたら彼は朝日奈に失望していたことが暗示されており、「悪魔の誘惑」をテーマに描かれたイベントストーリーの最後に仕込まれた「悪魔の誘惑」として機能しているところが非常に憎い演出になっている。

 それぞれ反応するスタオケメンバーに対し、笹塚が「話は耳に入ってたけど、みなが色をなすのが理解できない。コンミスの答えなんてわかりきってるだろ」と述べるのもおもしろい。朝日奈を心から信頼しているからこそ、目の前で彼女が月城に勧誘されても動じなかったことがよくわかるシーンだ。

 御門浮葉の反応もおもしろい。

「彼女が誘いに乗っていたら、失望したのでしょう? 難しい人ですね、君も」
「フッ、どの口が。朝日奈に誘いをかけるやいなやお前から剣呑な視線を感じたぞ」
「あいつの幸福を壊すなと言わんばかりのな」
「なんのことやら」

「金色のコルダ スターライトオーケストラ」より「The Music and the Fatal Ring」10話

 すっかりグランツに馴染んだ御門だが、この超実力主義の“魔界”で朝日奈がプレッシャーで精神的に削られていくよりも、“人界”スタオケでのびのびとやる方が彼女にとっての幸福だと認識している。朝日奈に対して一線を設け、「自分の手の届かない幸せなところにいてほしい」という願いを抱いているのは、黒橡の相方である大我と同じスタンスである。

おわりに

 もともと筆者はシナリオやキャラクター描写がよければ多少のことには目をつぶるタイプのユーザーで、スタオケのストーリーにも概ね満足はしていたが、今回の「The Music and the Fatal Ring」はボリュームや構成についても満足したことを述べておきたくてこのような記事を立ててしまった。
 ひょっとすると運営側の想定したような読解ができていないかもしれないが、とりあえず「おもしろかった!」という感情がどこかの誰かに伝わればそれでよい。ときに楽しい、ときに胸を締め付けられる、そんな物語にスタオケで出会えた。スタオケのキャラクターたちの物語を、ひとつでも多く読む機会が増えたらいいなと願っている。
 システムまわりもどんどん改善されていって遊びやすくなっているし、データも軽量化が進みつつある。他人におススメしづらいポイントがどんどん減ってきて快適になってきたので、もっとご新規さん増えてくれ~と思っている。

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