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熱帯夜はとっくに終わってしまった

夏の夜。郊外の町なかをあてもなく歩く。どこへ行くだって自由なのに、私の足は何の喜びも携えず、よく知った道ばかりを選んでたどる。写経のように。道路脇の草むら。夏のはじまりと夏の盛りに、そして秋がはじまればまた刈りとられてしまう雑草。ぼそぼそ話のような虫の声。行きかう車の排気音。街並み全体に濃い影が落ちて、視覚は昼間の半分ほども使い物にならない。

夜の帳が覆うのは、せいぜい視界の届く限りで。ここは地球の最果てじゃない。月や星が見えなくても息が吸える。当たり前に生活だってできる。
明日もきっと生きている。
それでも今日、星が見えないことが。月が隠れていることが。
そんな日々が、思い出せないほど前から続いていたことを知っていたかい。

空を見上げても何も感じなくなっていた。

じわじわと、時間をかけて忘却の淵から何かを引き戻す。思い出したくない気もする。それはかつて夜空に星を見上げた記憶。

何事もなく生きていたつもりだったのに。
生きたつもりになっていた。
感性を封じて、心を殺して。
そうして得たのは街灯の明かりだけ。

星は私を孤独にする。
見上げる闇に、あなたがいてくれないと。

心は独りにならないと声を出さない。
分かっていたから私は耳をふさいでいたかったんだ。

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