「野球場をつくってみた」日々の記憶
きょねん予定されていながら、コロナ禍の影響で順延になっていた夢のイベントがついに実現した。
映画『フィールド・オブ・ドリームス』が公開されてから、ずっと野球ファンの聖地でありつづけるアイオワのフィールド・オブ・ドリームス球場。
広大なコーン畑のなかに、ポツンと残されていた映画のロケ地というかロケ球場に隣接して誕生したシカゴ・ホワイトソックスの準本拠地でMLBの公式戦「Field of Dreams Game」の対ニューヨーク・ヤンキース戦が開催されたのだ。
そのゲーム前の中継をYouTubeで観ながら、1993年から2006年まで、わがDREAMFIELDで遊んだ日々のことを憶い出していた。
試合前のバッティング練習の和やかな光景は、もちろん一面トウモロコシ畑という開放的な雰囲気が生んだものだ。
のどかに流れるBGMに絡むように沸き立つスタンドのざわめきが、刻々と迫るプレイボールへの高揚感をかき立てている。
そんな光景が1995年9月3日の『草野球の日』に開場セレモニーをしたときのにぎやかな光景と重なり、記憶はさらに鮮明になっていった。
映画の球場サイトから、群衆がぞろぞろとスタンド目指してやってくる。
そう、「お前がつくれば、かれらはやって来る」と天の声が予言したように。
あの日、DREAMFIELDにも千人の観客が、近くの駐車場からぞろぞろとやって来た。映画のストーリーをなぞるようにして誕生した球場目指して。
ゲーム開始前にはお約束、映画の印象的なシーンのように外野のトウモロコシ畑からホワイトソックス、ヤンキースの選手たちが登場した。
ぼくたちがそのシーンを真似て、戯れにしたように…。
映画の主役だったケビン・コスナーがダイヤモンドの前で、かれらを出迎える。
「グッド・ジョブ!」とか「感動したよ、ケビン」とか、選手たちは声をかけていたのだろう。
ケビンが先にトウモロコシ畑からあらわれたときから、もう目頭は熱くなっていた。あの日、3年がかりで完成した野球場をみんなで喜びあったときのように…。
1990年に映画が公開されてから30年。その歳月はかれの頭からかなりの頭髪を奪っていた。
それは、かれが掴んだ栄光と挫折の数々をだったのだろう。その奇跡はぼくのそれとはまったくちがうものだが、同じ時間を共に生きたことだけはたしかに感じられた。
「お前がつくれば…」
呪文のように主人公を突き動かしたこのセリフによって、いったいどれだけのコトがはじまったのだろうか。
まちがいなく、それはMBLを動かしホワイトソックスを促して、この夢のイベントを実現した。
いまたしかに思う。
「あの遊びを初めてよかった」と。
人生の瑣末な後悔は、すべてあの日々の記憶が消し去ってくれるコトだろう。
これからは毎年、この球場でゲームが開催されるらしい。
いつか機会にめぐまれれば、その日に合わせて球場を訪れてみたいものだ。
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