カープ惨敗後のデジャヴ

なんだか今年は、昨年までのネガフィルムを見せられているような気がしてならない。
昨日の試合は、まさにそんな一例だ。

7点差あったリードを生かせず追いつかれてのドロー。逆転のカープのイメージはすっかり逆転してしまったようだ。
振り返れば逆に大量点差あったのを追いついたり逆転した試合もなくはないが、圧倒的に「やられている」感が強い。

その原因のひとつが「投壊現象」で、先発が中終盤までに崩れての大量失点。また、昨日のように大量リードしてもリリーフ陣が持ちこたえられず、負のスパイラルの典型、投打が噛み合わない試合がつづいている。

さすがに佐々岡監督も「怒りをあらわに」しはじめた。前節最終試合に関してしは、「投手が全て。この3試合、投手陣は何点取られているのか」と、激昂されたらしく、つまりは「この3試合の敗戦の責は、すべて投手陣にある」ということらしい。

また、昨日の試合では先発した野村投手について、「集中力に欠け、相手を勢い付ける残念な投球だった」と、苦言を呈したとか。

これらの発言については、ファンも敏感に反応している。
佐々岡監督が投手陣に歯がゆい思いをしているように、スッキリ勝ちきれない佐々岡カープに不完全燃焼をしていたところに、この発言。つい怒りに火を点けてしまっているようなのだ。

先にリンクを貼った記事のコメント欄でも、佐々岡監督の発言は、監督としての適正を疑うものも含めて、非難の集中砲火を浴びることになってしまった。

「敗戦の責任を選手に転嫁する」
監督として絶対的なタブーともいえる掟破りを、佐々岡監督はついしてしまったようだ。

佐々岡真司氏の監督就任を最初に知った際、すぐに頭に閃いたのは健康に対する懸念だった。
「あのからだで、長いシーズンつづく監督の激務に耐えられるのだろうか」というものだった。

去年ピッチングコーチとして、再三マウンドに走っていた彼の姿を覚えていることだろう。
異様に肥満したそれは、程度はさておき病的な問題を抱えていることを疑わせたし、その身体を支える膝にかなりのダメージが来ていることは明らかだった。
監督適正以前に、その激務には耐えられないだろう。そう思わせるに十分だった。

ところが今年の春季キャンプのグラウンドに、佐々岡氏はかなりシェイプアップしたからだで現れた。
そして、キャンプ、オープン戦からコロナ禍による中断を経てシーズンに入ってからも、健康問題で課題を抱えていることをうかがわせる様子は見せなかった。
健康的なハードルを、佐々岡氏はクリアしたように思えた。

  健康的な危惧から言語的な疑問へ


しかし、ここに来てもうひとつのハードルが眼前に現れてきたように見える。
最初に見えたハードルは健康面のことだったが、今回のハードルは言語感覚のそれといってもいいだろう。

監督としての彼の言葉が、そもそも監督をつとめる障害となっているのではないか。その結果としての、カープの現在の成績なのではないか。
そんな疑問を思わせるような〝失言〟がつづいている。

以前の投稿『胸騒ぎの「ご指名」』でも書いたが、彼が「菊池保則投手を守護神に指名した」言葉の軽さに覚えた危惧が、今回は、その言葉の配慮のなさにチームを瓦解し兼ねない言葉の重さを思わせるのだ。

チームの大敗が続いての怒りが爆発してのことなのだろうが、それを擁護する理由は見当たらない。

かつて野村謙二郎監督の時も、就任当初はこのような不用意な発言が散見されたような記憶がある。
しかし彼の場合は、言動が目に見えて改善されていくのがわかったし、非を非と認めて選手にわびる度量もあった。

果たして佐々岡監督の場合は、どうだろうか

今回の苦い経験が監督としてのステップアップにつながればいいが、もしひょんなきっかけでこじれるようなことにでもなれば、投壊現象にとどまらずチーム崩壊にも繋がり兼ねない。

そうならないことを祈るばかりだ。


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手作り野球場DREAMFIELD元管理人。ホーリー農園オーナー兼物書き。主な著書に『わしらのフィールド・オブ・ドリームス』(メディアファクトリー)、『衣笠祥雄はなぜ監督になれないのか?』(文工舎)、『初優勝』(プレジデント社)、『ズムスタ、本日も満員御礼!』(毎日新聞出版)など。
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