ぐうたらシロ

縁の明暗

早朝6時前に出たせいか、きょうのシロはのんびりと歩いた。
イレギュラー逆進の最長コース。久々に第6公園まで行くのかと思ったが、残念ながら思い出したようにリキちゃんの邸宅跡の前でUターンして帰ってしまった。

どうやら出かける時間とシロののんびり度に見て取れる相関関係は、メシまでの時間にあるのではないか、最近そう思いだした。
早く出ればメシまでは間があるわけだし、遅く出ると早くメシが食いたくてさっさと帰ってしまう、ということなのではないか。
メシが最大のマター犬であるシロのことだ。たぶんそんな動機なのだろう。

シロがUターンしたリキちゃんの邸宅跡。もちろん彼が家主だったというのではなく、そこの飼い犬だったわけで、そこのところはよろしくなのだが、
この犬は大きなシベリアンハスキーのオスで、シロがこのあたりで散歩デビューしてしばらくして、おはさんに連れられているのに時々出会うようになった。
なったのだが、それからすぐにリキちゃんはあの世に行ってしまったので、それほど顔を合わせたわけではない。

その頃すでに老衰していて、家の前の通りをおばさん連れでノロノロと歩くような散歩をしていたから、ある日ひとりで外に出ていたおばさんから「死んでしまった」と聞かされても、それほど驚きはしなかった。

それからはおばさんの方が心配で、どこか寂し気で頼りなくなってしまった彼女と、ときどき往来で出会うのは辛かった。
そのころのシロは傍若無人なほど元気だったから、なおさらのこと気がひけたものだ。

その彼女ももう亡くなられたのだろう、何年か前から出会うことは無くなっていて、つい最近家は解体されて今は平地になっている。

その更地は大きいT差路の突き当たりになっていて、ここを下ると右手の角に、やはり更地になった家の跡がある。
ここにまだ家があったころ、いっとき黒のレトリバーが飼われていたことがあった。

はじめて出会ったのは、その家の前の通りで、まだ幼かったのをふたりの子どもが連れ歩いていた。
子どもたちもクロも愉しそうにはしゃいでいて、それはいい光景だった。

それから1、2年経ったある日、たまたまその家の前でクロを見かけた。それまではなかったことだが、クロは玄関先に繋がれていて、その足元にフンが散乱したままになっていた。

その異様な光景に目を奪われていると、玄関から家人の若い女性が出てきた。尻尾を振ってクロが飛びつこうとすると、彼女は強烈な「近寄るなオーラ」を放って邪険に扱うと、そのまま無視するように出かけて行ってしまった。

その光景はいまだに瞼に焼きついたままだ。そのときのクロの情けなくうな垂れた姿は忘れられない。
もうすっかり飼い主に見放されてしまった飼い犬…

クロはきっと飼い主に飽きられたのだろう、その時はそう思った。
子どもは移り気だ。
近くの知り合いも、子どもたちが欲しいというのでミックスの子犬をもらってきたら、すぐに飽きて「もう返してきて」といわれたらしい。

それで仕方なく父親が散歩するようになったが、そのうち大きくなった子どもたちがまた復帰したらしく、仲良く散歩しているのに出くわすことがあった。
そんなストーリーがクロにもあったらと思いたいが、果たしてどうだろうか。

それにしてもクロの飼い主の、あの仕打ちはどうだろうか。
あの家の前を通るたびに思い出し、また考えさせられもした。
そして今ふと思い当たったのだが、きっとクロは飼い主にとって許しがたい何か不始末をしてしまったのだろう。

バケツに顔を突っ込んで取れなくなったとか、カーテンを引きちぎってズタズタにしてしまったとか、最近よくユーチューブなんかに投稿されているような、ご愛嬌では済まされないような何かを。

飽きられたというより、憎悪の対象になってしまった。
そうでもなければ、あんな扱いを受けるはずもない。

あれ以来、クロの家がなんとなく荒んで行っているように見えた。
そのうちクロはいなくなり、玄関先にはロープが張られて、立ち入り禁止のプレートがぶら下げられるようになった。

しばらくすると空き家となり、そのまま数年放置されていたが、つい最近になって解体されて土地は売りに出されている。

犬と人間との関係が種としての縁に彩られているとすれば、そこには明も暗もあるということなのだろう。


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