随伴者がいない孤独を
西の市に ただひとり出でて 目並べず 買いてし絹の 商じこりかも
巻7の1264 雑歌 作者未詳
一般訳
西の市にひとりで出かけて、よくたしかめもしないで絹を買ったのだけれど、買い損なったようだ。
解釈
これを詠んだのは、たぶん男性でしょう。
一般訳では、かれの人物像がまったくキャラだちしてきません。買い物の失敗談をユーモラスに味わえば足りるということでしょうか。
それにしても、こんな凡庸な理解では食い足りない感が否めません。
よく吟味してみると、2句目の「ただひとり出でて」が、とってつけたような気がしてきます。わざわざ「ただひとり」と詠ったところにこの歌のミソがありそうです。つまり、詠み人はここを強調したいということだったのでしょう。
そして「ひとり」に注目すると、つぎの句にある「目並べ」という句が意味をもってたちあがってきます。「ひとり」にたいして「並ぶ」という構図。それが目に浮かぶと、ひとり出かけて行って、並ぶべきひともなく絹を買って帰ったという男やもめの寂しいストーリーが浮かびます。
かれは何を求めたのか。「絹」です。当時、蚕を飼ったり餌にする桑を手入れしたりは女性の仕事だったということですから、「並ぶべきひと」は女性を暗喩しているはずです。ひとりで出かけたかれは、本来であれば横にいるべきひとがいない「ただひとり」なのです。
「商じこり」は、学会でも意味不明とされているそうです。ならば「秋路」が凝る、死んだひとの面影が像を結んだと読んでみても面白いかもしれません。
直感訳
きみが逝ってしまった淋しさから、ようやくたちなおった気がしたから、よく一緒に出かけた西の市に行ってみたんだ。並んで見立ててくれるきみがいないから適当に買ってしまったのだが、その絹がかえってきみのことを思い出させてつらいのだ。
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