美しき春の山にて

雪がしんしんと降り積もるなか、寒さに耐えかねて、春を待ちわびる。

美しき春の山にて


朝霞、立ち込めるなかを鳥が行き交う。渓流は更々と流れ、やがて靄が晴れると太陽の光を反射してキラキラと光る。
和やかな空気、花は咲き、蝶がまう。
鳥の歌に耳を傾けて、微睡み、やまを歩く。
のびのびと豊かな山菜の青色、まだ雪解けが残る岩の影、桜の花びらがしとやかに流れ落ち、風が囁きを運ぶ。
昼、日当たりのよい小さな平野に座り、休憩する。おにぎり、サンドイッチ、お菓子、好きなものを詰め込んだ重箱を広げて、和む。意識は山の中、体は山の一部となって、鳥と共にさえずり、風と共に山を駆け抜け、草木と共に感じ、蝶と共に遊び、岩と共に眠る。
繰り返し訪れる季節、繰り返す命の営み、すべてが循環している。
野山を歩き、たくさんの恵みを受けて、生きる命たち。
日がすこし傾き、陽光が白から金色になる。光のシャワーが美しく、山を照らす。春の柔らかな光。花やみどりの葉っぱを透過して地面に投げ掛ける暖かな光の雨。
見とれるうち、光が飴色を帯びてくる。
一時の目覚めは終わりに近づく。
帰途につく。
だんだんと斜めに傾き、影は長く、大きくなってくる。空気は肌寒く、ほんのすこしだけ冬に逆行したような、そんな空気に変わっていく。光は細り、弱り、影が色を濃くして、空は茜に変わっていく。
夕暮れ、西に日は落ちて、帷がにじみ、空気は鈍く霞む。春は夕暮れ。細い月が淡く光っている。小鳥は寝床に帰り、烏は鳴いて夜を告げる。
藍色に深く、深く、沈む。
山の麓の小さな家にたどり着くと、今日の終わりの支度をする。夜に沈む山を眺めながら、小さな明かりのしたで、山の恵みを頂こう。
春の山、小さな暮らし。
ひとときの、春の山にて。

2021.12.25

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