りんりん、りーりー、暗闇から涼しげな声が響き渡ってきます。声は絶え間なく続き、色々な、たくさんの虫達がそれぞれ美しい音色を奏でているのでした。ひとつひとつの音が星のように小さく光り、たくさんの星が集まって、真っ暗なのにひとつの銀河のように見えました。銀河の音を真っ暗闇の部屋のなかで聞いているのは少しだけ特別なことをしているように思えます。ミドリはその光のような音の粒を耳を澄ませてひとつひとつ丁寧に聴いていました。

 やがて、ミドリの目の前には不思議な光景が広がっていました。どこまでも広い草原のような場所です。さやさやと優しい、涼しい風が草を揺らがせ、ミドリの髪を撫でて過ぎ去っていきました。通りすぎた風を追うように振り向くと、ミドリの目には満点の星空が目一杯写って、遠くからとても静かに、でも一生懸命なにかをミドリに問いかけているような気がしました。
「すごい、すごい、なんてきれいなの」
ミドリは目を丸くしてその光にみいっていました。その間に、すっと白い線が星の間をすり抜けているところも見えた気がしました。
「流れ星だ」
呟いて、ミドリはいっそう空を注意深く見るようにしました。食い入るように見ていると、ふと耳に、涼しげな虫の声が聞こえていることに気がつきました。りーりー、りりり、虫の声が草原のあちらこちらから聞こえてきます。その音は、やっぱり星のように光っていました。草の影に、消えることのない銀色の光が灯って、優しく瞬いています。虫が草のなかから飛んで行くと、ふわふわと蛍のように銀の光が飛んでいきました。
「流れ星みたい」
今度は、ミドリはまっすぐに地平線を見据えました。星空は地平線まで、草原も地平線まで続き、どちらにも光の粒が宿っていて地平線がわからなくなりそうなほどでした。風が空気をさらうたびに、きらきらと光の粒がゆらいでいました。そのうち、星空も美しい音を奏でているように思えてきました。問いかけている星の声は、いつの間にか柔らかな音となって低く、高く色々な音の集まりとなってひとつの和音を歌っています。草原の中の虫たちも負けじと澄んだ音を響かせて星の重厚な歌に彩りを添えていきます。

ミドリは言葉もなくして、その歌と光のなかに入り込んでいました。自分も歌いながら光っているんだ、とミドリは錯覚して草原の一部になっていました。なんてきれい、何て美しいんだろうか、何度もその言葉が胸のなかに浮かんで、光と音になって出ていきました。ミドリは懐かしいような、嬉しいような、哀しいような気持ちになって、押さえきれずに身体中から溢れてしまうその気持ちも、光と音になっていくのを感じました。

 りんりん、りーりー、音と光はミドリの頭のなかに一杯になって、眩しくミドリを包み込みました。


 ミドリが目を開けると、カーテンの隙間からくっきりと青い空が覗いていました。静まりかえる部屋は外の音を拾って、ミドリは朝御飯の食器がカチャカチャなるのを聞きました。
星の光も、虫の音ももうどこにもありません。ミドリは自分が泣いていることに気がつきました。でも色々な気持ちが混ざった不思議な気持ちが胸のなかにあり、そして美しい音と優しい光のことはまだ頭のなかに残って、とても気分がいいのです。

起き上がったミドリはカーテンを開けて、等しく太陽が空と街を照らしているのを見ていました。
おしまい。

2018.9.28

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