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Eテレお母さんあるあるを過ぎた片思い風に綴る

いつから彼を知っていたのかと改めて聞かれると思い出せない。
何しろ10年近く昔のことで、気付いたら日常の中にその「青」はふと入りこんでいた。

笑っていない目と個性的な風貌にあっているような、あっていないようなのんびりと間延びした声は、日々バタバタと暮らしていた私にとって何をしていても耳に入るものだった。

あの頃。一定の距離を保ったまま、疲れきった私は家の中から長いこと彼を眺め暮らしてきた。
彼は私を知らない、この先会うこともない。
一方通行な信頼ではあったけれど、彼とその友達に助けられたことが何度もあった。
パートナーの可愛い女の子が時々変わるのも、彼の交友関係が年々華やかになっていくのも、私は黙って眺め続けた。

そんな一方通行な関係は私の生活圏が変わるにつれて自然消滅し、数年後にはすっかり彼を見かけなくなった。
時々彼の話を耳にすることもあったけれど、もう以前のように親密な印象を抱かなくなってしまった。
彼を必要だと思うことも、思い出すこともなくなって、すべては過去になった。

先日、久しぶりに彼を見かけた。
相変わらず相手の緊張をゆるめるようなのんびりとした声で、傍らには以前とは別の女の子を連れていたけど、あの頃と変わらず優しい世界がそこにはあった。
私のような人間に、今でもひとときの助けを差し伸べているのだろう。

コッシ―、子育ての大変な時にテレビの中にいてくれてありがとう。

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