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【“五感”で紐解く水星ホテル紀行】 香林居 編

「五感」

一般的に動物が持ちあわせる視、聴、嗅、味、触の5つの感覚の総称です。 意識的にひとつに集中させたり、複合的な重なりを楽しんだり。
慣れ切った日常の中でも、飛び出した先の非日常の中でも、意識的に感覚を澄ませ、こころを充て、思想を巡らせてみるだけで、それまで捉えていた世界がひとまわり広がったかのような淑やかな喜びを得られる、そんな気がしています。

多くの方々にとってホテルに泊まるという体験は非日常であることがほとんどではないでしょうか。
宿泊業界で「暮らすように泊まる」という言葉がよく使われるようになった今日、日常から離れてリフレッシュするのはもちろんですが、非日常を非日常のままに捉え、普段の生活に戻った際に今まで気にも留めなかった気付きを得ては心を豊かにしてくれるものがきっとあるはず。
衣食住のライフスタイルを試着できる、ホテルという大きなドレスルームは人々の感性を養い、育む役割を担っているようにも思うのです。

この記事は『ライフスタイルと観光の新しい選択肢をつくる』をヴィジョンに掲げる株式会社水星(SUISEI, inc.)が運営するホテルを、水星の一ホテルスタッフである筆者が、五感を総動員してあじわい、偏愛なままに書き綴ったものです。

ただし、お読みいただくにあたり1点だけあらかじめお伝えしておきたいことがあります。

ここでの五感に視覚は含めません。

というのも人間の知覚のうち8割強は視覚によるものとされており、視覚から得た情報は図らずとも述べることができてしまうからです。
であれば四感になってしまうわけですが、視覚の代わりにひとつ、これらに加えて「新・五感」としたい感覚があります。

それが”空気覚”です。

その場に流れたり留まったりしている時間や空間をつかむ感覚。
俗にいう第六感、直感や勘といったものに近しいものかもしれません。
この記事の中では、こちらの空気覚を視覚の代わりに加え、“五感”とさせていただければと思います。

お読みいただいた皆さんに内側から見た私たちのホテルの魅力が伝わり、興味を持っていただけるとこの上なく嬉しいですし、今後のホテルステイの新しい楽しみ方を提案できればと思っております。
最後までどうぞお付き合いいただけますと幸いです。


初回は石川県金沢市に構える「香林居」を五感の観点から紐解いていきます。 ですがその前に香林居というホテルについて簡単に紹介させてください。

新しい金沢時間を処方する桃源郷 香林居

香林居は2021年10月創業のブティックホテルです。(今月でちょうど2周年を迎えました)

元々は石川県の伝統工芸品である九谷焼をはじめとした世界の工芸品を扱うギャラリー「眞美堂」のビルで、建物自体は半世紀以上の歴史を紡いでいます。
「新しい金沢時間を処方する」をコンセプトに、エントランスの蒸溜機をはじめルーフトップサウナやアイソレーションタンクといった自身と向き合うためのメディテーションオプションを備え、訪れるすべてのお客様が一人でも、大切な人とでも、またかえってきたいと思える桃源郷を目指しています。

では、あらためて香林居に勤めております私の五感で捉えた偏愛を語らせていただきます。記した順番に特に意味はありませんので気になったところからお読みください。

聴覚:蒸溜機の機械・蒸気音

香林居のために造られた容量400Lの蒸溜機

先にも触れましたがエントランスには蒸溜所を併設しており、日本三霊山の一つに数えられる白山から切り出されたスギやクロモジといった森林素材を蒸溜し、芳香蒸溜水や精油を精製しています。
蒸溜をおこなった日にはフロア全体に素材の芳醇な香りが広がっていることは言うまでもないのですが、今回は嗅覚ではなく聴覚、蒸溜機から聞こえる音に触れます。
そもそも寛ぎの時間や空間を提供するホテルで、これ程までにおおっぴらに機械音、金属音を耳にすることはまずないでしょう。
ヒーターが稼働する音、冷却水が管を流れる音、スタッフがバルブを捻ったり、大釜の蓋を開閉したりする音など。普通なら雑音として憚られる対象に故意に耳を傾け、嗅覚と重ねてその重奏を楽しまれることをお勧めします。

嗅覚:香林居オリジナルバスアメニティ「Petrichor」

Petrichorはギリシャ語で、「雨あがりの土や草木から漂う香り」を意味しています。 全部で5種類のバスアメニティを取り扱っており、うち一つは支配人が名付け親です。(どれか予想してみてください)
松などのウッドベースにそれぞれシトラスやフローラルをアクセントとしてプラス、見た目はもちろん5つそれぞれが異なった香りを醸しています。
私は「夏木立」という薄黄檗色をしたボディソープの香りが好みで、夏の並木道を彷彿とさせながらも、個人的には7月下旬の昼下がりに吹き抜ける、潤いをはらみながらも爽やかで透き通った涼風を連想させてくれます。

触覚:モルタル仕上げの壁面

こちらはスタンダードタイプの客室。シンプルかつミニマルな空間

彩度を落としたグレー調の空間には緩やかな時間が流れているように感じます。その枠組みは左官の丁寧な手仕事で塗られています。
この点に関して、ただ見るだけでは勿体無いというのが本音で、是非ともその手に触れていただきたいと強く思っています。中でも客室ベッド上のアーチの枠組みは掌で優しく包むように受け止めていただきたいものです。
色むらのニュアンスを出すためにあえて仕上げ材ではなく下地材を用いての左官。無骨でありながらその滑らかな質感には感嘆の吐息が漏れます。職人の技術の賜物以外の何でもないでしょう。

味覚:ウェルカムドリンクの桂花茶

香林居ではウェルカムドリンクとして桂花茶(金木犀の花弁から抽出したお茶)をお出ししております。なぜ桂花茶なのかといいますと、その訳はホテルの名前が「香林居」である理由まで遡ります。
「香林」は一般的には花が咲き誇る林や禅宗寺院の意を表すのですが、漢詩に詠われている中国の紹興地方に位置する美観地区の名でもあります。そこには金木犀や銀木犀が壮麗に咲き揃っており、その光景に想いを馳せて桂花茶をお出ししている次第です。
ひと口含めば鼻腔を抜けるほのかな甘みと華やかな香りの戻り感は俗世を離れた桃源郷での最初のおもてなしとして代替品を見つけるのはとても難しいように思います。
注がれた茶器は眞美堂から受け継いだ、明治・大正時代より130年以上の歴史を持つアンティーク。山水画のような繊細な上絵付けも一緒に味わっていただけますと幸いです。

空気覚:無彩色の廊下

ルームサインも九谷焼でできており、お部屋によって形が異なります

窓がなく日の光が差し込まない廊下は建物の中で唯一、時間の流れを感じさせない空間です。遮断されているという意味ではアイソレーションタンクもそうなのですが、入り口扉を開けるとエントランスの明かりが差し込むのと、客室などと比べてスポットライトが当たることの少ない廊下に、この機会に着目していただきたいという極めて私的な思いから今回はこちらを取り上げさせてください。
廊下の端から端を見つめた際に朧な陰影を落とす、月の満ち欠けを思わせるかのような照明と、白磁のつるっとした光沢あるルームサインの対比。
そこに触覚の項でも述べた、塗りむらによる僅かな凹凸が見え隠れします。意識的に捉えようとしなければきっと気付くこともままならない部分ではないでしょうか。ここだけの話、私自身お客様を客室にご案内する際もこの両側の壁に触れたい気持ちをグッと堪えています。
自然光に左右されず照度を一定に保ち続けることで、時間の感覚を得られないがゆえに得られる無機質な感覚。決してそこに詰まるような息苦しさはなく、程よく背筋が伸びる心地の良い重厚感を覚えます。
少し裏話にはなるのですが、創業1周年記念イベントの企画段階で「廊下に家具や什器を置いてお客様に寛いでいただくという案」が出ていました(最終的に実現こそしなかったのですが)。当時この案に大変心が躍ったのを記事を書く中で思い出しました。いつの日か実現させたいものです。


以上、“五感”で香林居というホテルを紐解いてみました。
いかがでしたか。

私もお読みくださったみなさんが、みなさんの持つ”五感”で捉えたホテルステイの話を聞いてみたいと思っています。
もちろんそれ以外の、日常の中で、”五感”で捉えたことやものの話も。
いつか機会がありましたら是非ともお聞かせください。

それでは次回の「”五感”で紐解く水星ホテル紀行」でお会いしましょう。


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