ホツマ最高の名場面「ソサノヲの悔悛」
出雲道(いずもぢ)の 道(みち)に佇(たたず)む
下民(しただみ)や 笠蓑剣(かさみのつるぎ)
投(なげ)げ捨(す)てて 何宣(なにの)りこちの
大眼(おおまなこ) 涙(なんだ)は滝(たき)の
落(お)ち降(くだ)る 時(とき)の姿(すがた)や
八年(やとせ)ぶり 思(おも)い思(おも)えば
ハタレとは 驕(おご)る心(こころ)の
吾(われ)からと やや知(し)る今(いま)の
ソサノヲが 悔(くや)みの涙(なんだ)
伯父甥(おぢおい)の 血縁(しむ)の過(あやま)ち
償(つぐの)えと 嘆(なげ)き歌(うた)うや
天下(あも)に降(ふ)る 吾(あ)が身(み)の瘡(かさ)ゆ
血縁(しむ)の幹(みき) 三千(みち)日(ひ)狭間(はざま)で
荒(あら)ぶる怖(おそ)れ
斯(か)く三度(みたび) 肝(きも)に堪(こた)えて
情(なさ)けより 流石(さすが)に濡(ぬ)るる
伊吹神(いぶきかみ) 血縁(しむ)のつくばえ
供涙(ともなんだ) 駒(こま)より降(お)りて
ホツマツタヱ御機九 『八雲討ち琴作る紋』
【現代語訳】
出雲に向かう途上のことでした。独り道に佇む下民が、何か独り言を粒きながら、道にうずくまり軍勢を待っております。伊吹主は訝しげな男を馬上に見据えながら馬を進ませて行きました。すると、その男は急に身に着けていた蓑笠と剣を投げ捨てて、大声を上げると必死に何かを訴え始めました。
筋骨隆々とした男の姿態とは裏腹に、大きく開かれた眼からは涙が滝のように溢れ落ちています。その人物の姿をよく見れば、なんと八年ぶりに見る叔父ソサノヲに間違いありません。
叔父のあまりの変わりように驚いた伊吹主は呆然となり、叔父にいったい何が起こったのか思い巡らせていました。以前天照君がハタレという存在について「悪魔でも鬼でも魔物でもなく、人の心が拗けてハタレとなるのだ。」と仰っていたことがイブキヌシの胸に突き刺さり、よくよく思い出されました。
現に今、昔あれ程に荒んでいたスサノヲの叔父が、騒乱の原因は吾にあると認め、悔みの涙を滝のように流しひれ伏しています。伊吹主は眼前に見る叔父の様子にすっかり心をわしづかみにされてしまいました。スサノヲが罪人であることも忘れて、かつての過ちは償えばよいのですと、伯父甥の間柄に戻って思わず声を掛けていました。ソサノヲが涙を流し、嘆き歌うは
『天下(あも)に降(ふ)る 吾(あ)が身(み)の瘡(かさ)ゆ 血縁(しむ)の幹(みき) 三千(みち)日(ひ)狭間(はざま)で 荒(あら)ぶる怖(おそ)れ』
《大意》
吾が身の過ちが、今天下に禍を降り注いでいます。吾が招いた騒乱が大き くなる程に、身の瘡が増すかのように心に苦しみが降り積もります。この騒乱は、民の皇室への信頼に取り返しのつかない打撃を与えました。天の末弟であるはずの吾が、血縁の結束の根幹を揺るがしたこと恥ずかしく、どうお詫び申し上げようとも償えるものではありません。吾れ、罪を償うこと三千日間、後悔に後悔を重ねてまいりました。それでも未だに吾が心が昔のように荒むのではないかと恐れ、引き裂かれるような思いに未だ苦しんております。
ソサノヲが悔やみの和歌を三度繰り返したことが肝に堪えた伊吹神は、すっかり胸を射抜かれて叔父と共に涙で頬を濡らすのでした。そして情けをかけようと甥は、終に馬上から降りて叔父スサノヲの手を取り引き起こしました。