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Sui彩の景色 #03 -音楽室と彩色-

僕には3つ年の離れた兄がいる。
学年で1.2を争う程、成績優秀で運動もまぁまぁ出来る。
当時一緒に通わされていたピアノ教室でも、兄は巧いと評判だった。
そんな兄に僕は何をやっても勝てなかった。
例えばテレビゲームやカードゲーム、その他様々な遊びにおいてもそれは同じだった。
当時の僕にとっては自慢の兄であると同時に、僕の劣等感を助長する存在でもあった。

小学校に入ると嫌でもその兄と比較される事になった。
兄は先生達のお気に入りで、僕は学校の行く先々で「〇〇君の弟」と呼ばれ、期待の眼差しを向けられた。
そして、大抵の場合は期待外れだったと思われるのがお決まりのパターンになった。

勝手に期待されて勝手に失望される事に僕は辟易していた。
良い成績をとっても褒められることは無いし、
むしろ、そうでなければ叱られるだけだった。
家族にも先生にも減点方式で見定められている気分だった。
兄の優秀さを基準点として、そこから引かれていくだけの僕の持ち点が底を突くのは時間の問題だった。

だがしかし、たった一人。
僕の事を手放しで褒めてくれた人がいた。
それは、小学校の合唱部の顧問でもあり、全クラスの音楽の授業を担当する先生だった。

きっかけは恐らく他の先生達と同じだったはずだ。
僕は「〇〇君の弟」だった。
そして、その〇〇君は合唱部に在籍していた。
無論ピアノの伴奏も任されたり、指揮者も任される程優秀な部員だった。
だからこそ弟の僕も注意深く見られていたのだと思う。

合唱部には3年生から仮入部ができ、4年生から本格的に部員として活動が許される。
鬱々とした灰色の学校生活を送りながらも、僕も気付けば3年生になっていた。
ある日、音楽の授業終わりにその先生に呼び出された。
何事なのか、どんな理由で呼び出されているのか、さっぱり見当もつかない僕は、恐る恐る音楽室の隣、その先生の待つ部屋をノックした。

「はーい、どうぞー。」

その声を聞いた時、少なくとも叱られる訳ではないと思った。

「失礼します。」

そう言って扉を開けて、僕は小さくお辞儀をする。そして部屋の中に入り、扉をそっと閉めた。
文字にするととても礼儀正しい少年の様に映るだろうが、この一連の流れを守るように全校生徒教育されていた。
ただ、それだけの事だ。

先生は朗らかな表情で迎え入れてくれた。
しかし、その眼差しは僕の目を真っ直ぐに見つめていた。

「歌うの好き?」

急に真面目な顔になって先生は僕に質問した。
唐突にそう聞かれて僕は戸惑った。
確かに嫌いでは無かったが、考えた事も無かったからだ。
僕が返事に困っていると、

「授業中皆で歌っている時に、歌声が抜けていて、とても良く耳に入ってくるの。それに何より歌っている時に良い顔してる。ちょっと今歌ってみてくれない?」

僕は困惑しながらも、言われた通りその日授業で歌った歌を一人で歌った。
しかし、歌い始めたは良いものの、一体どこまで歌えば良いのか分からなかった。
先生も止める気配が無く目を瞑ってじっと聴いている。
勝手に止めるのもどうかと思ったので僕はそのまま最後まで歌い切ってしまった。

先生は目を瞑ったままだった。
少しの間沈黙が流れた。
恐らくあっという間だったはずだが、
僕にはとてつもなく長い静寂に感じられた。

先生が目を開いて、嬉しそうに、そして、満足そうに微笑みながらこう言い放った。

「君は天才!」

初めてそんな風に言われた僕は状況が理解出来なかった。

「合唱部に入らない?楽しいよー?」

悪戯っぽく笑いながら先生は言った。
元々興味はあった。
確かに楽しそうだったし、言われてみれば僕は歌う事が嫌いじゃない。
というよりも多分好きだった。
しかし、一つ僕にとって大きな問題があった。

「お兄ちゃんが居るから嫌だ。」

僕ははっきりとそう言った。
厳密に言えば6年生は合唱コンクールで引退なので、僕が仮入部する段階で入れ違いになる。
だから、兄と一緒になる事はないのだ。
だが、そこには兄を知る人達ばかりが居る。
どうせまた比較されてしまう。
僕は兄と比較される事に心底うんざりしていた。
それもあって僕は合唱部というもの自体見て見ぬふりをしてきた。
そして、歌が好きという気持ちに対しても見て見ぬフリをしてきたのだと思う。

だが、先生はおかまいなしといった顔をしていた。

「お兄ちゃんは関係ない!もう引退だしね。
それに、君の方が凄い。天才だもん。だから、歌った方が良いよ。」

先生は真っ直ぐ僕を見ていた。
真剣に僕が歌うべきなんだと信じてやまない。
そんな顔をしていた。
そして、なんとなく、先生が僕を必要としている。
そんな気がしたのだ。

これは、後々聞いた話だが。
この当時の三年生、つまり僕が入学するのと同じタイミングでこの先生も赴任してきた。
そして、この小学校は先生の母校でもあった。
この小学校は今まで一度も地区大会金賞を取った事がない。つまり、県大会まで進んだ事が無かったのだ。
だから、一年生の頃から音楽の授業で手塩にかけて育ててきた僕らの世代で、
何が何でも金賞を母校に持ち帰りたかったそうだ。

初めて認められた瞬間だった。
初めて讃えられた瞬間だった。
初めて求められた瞬間だった。

僕はこの時、
なんとも形容し難い感情に飲み込まれていた。
胸がぎゅーっと締め付けられる様な。
内側から熱い何かが湧き出てくる様な。
嬉しいとか驚いたとか、そんなんじゃなかった。
ただ、間違いなくこの時から僕の中で何かが変わった。
初めて目的が出来た気がした。
この世界に僕の居場所を見つけられる気がした。

僕は合唱部に仮入部する事になった。
僕の目に写るこの世界に。
色彩が宿った。

P.S
そんな幼少期から、時は過ぎ...2022年。
時間が経つのは本当にあっという間で、もう今年も12分の1が終わってしまった。
一ヶ月ってこんなに速く過ぎていくもんだっけ?
皆さんはこの一ヶ月どうでしたか?
もう始まってしまった2022年。
どんな日々を過ごしてるのでしょうか。
僕らといえば残すところ一ヶ月と少しとなった初ワンマンに向けて、
期待と不安を膨らませながらも、先月にも増してペースを上げて調整中です。
一人でスタジオに入ってコソ練なんかもしちゃって...
今からソワソワしてます。

更に並行して絶賛制作期間中でもあってRen君と何曲かデモを作っては、あーでもないこーでもないと頭を悩ます日々です。
近々あっと驚くお知らせもあると思いますがヤバい新曲も控えてるので皆さんお楽しみに。
3/21 SUIREN 1st ONE-MAN LIVE「Replica0」開催

(2022.02.15)


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2020年7月より活動を開始した“水彩画のように淡く儚い歌声を
響かせる音楽ユニット”SUIRENのヴォーカルSuiが、ヴォーカリスト
Suiになるまでのエピソードを描いた「Sui彩の景色」

音楽情報サイト連載記事のアーカイブとなります

文・撮影:Sui




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