4台ピアノの編曲に思う~ドヴォルザーク:交響曲第9番「新世界より」第4楽章

ページを一枚めくるように
2020年という年が、2019年に続く人類の悠久の歴史の中の単なる1年として始まっていたら
今頃この才能はどこで何を考え、どんなふうに暮らしていたでしょうか

そんなタラレバを考えることに意味がないことをわかりつつ
それでもふと想像してしまう並行世界

「たくちゃんに上手に乗っかったよね」と思う方もいるかもしれません
でも、乗っかろうと思えばもっと上手に乗っかれたと思うんです
ファンとしては、もっと乗っかってくれても良かったんです
多分、ピアノと編曲と、後はせいぜい卓球のことくらいしか考えてないんでしょうね
たまに、この人って仙人か何かなのかな、かすみを食べて生きてるのかなって思います
名前を売りたいとか、評価されたいとか、表舞台に出て輝きたいとか
音楽家であれば人一倍あっても良さそうな欲、どこかに置き忘れてきちゃったのかしら

ウィーン国立音楽大学という名門に学んでも
或いは名だたる国際コンクールで入賞を果たしたとしても
音楽家として一生を全うすることはおろか
一瞬の輝きを放つことすら難しいだろう世界

どんなキッカケなら正しくて、どんな手段なら間違いということを決めなくても
時の経過と共に自然淘汰されていく厳しい世界

だからこそ思うタラレバと並行世界
この才能が世に出ることすら必然ではないほどにクラシック界は狭く閉ざされた世界なのでしょうか
蕾のままで花びらが大きく開くこともなく枯れ落ちていく才能が、過去も現在も数多あるのでしょうか
音楽の専門家がこの編曲を聴いた時、どう評価するのでしょうか

私は・・・
少なくともドヴォルザークさんは「やるじゃん!」って言ってくれるような気がします

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?