瞬歩堂 3話

#創作大賞2024 #漫画原作部門 #少年マンガ #少女マンガ #青年マンガ

「つけられてる気配がする!?」
「お前がか!?よりによって!?」
「……」
「まぁお前ならありえん話じゃねーけど、お前仕事と一週間の買い出し以外外出ねーじゃねーか。被害妄想じゃねーのか」
「だって相手は女子なんでしょう……?」
「そう」
「妄想だな」
「……」
「ちなみに今は?気配しますか?」
「……ドアの外」
「えっ」

「ふ……船引 瑠衣です……あたしは……その……」
「幸、こいつ知り合いか?」
「全然」
「警察行くか」
「ちょ……ちょっと待ってください!あたし……あの……好きなんです!」
 少女は語りだした。
 あれは一週間とちょっと前……スーパーにお菓子を買いに出かけたときのことです……
「買い出しの時か」
 混雑するレジで私は、籠を使わずにお菓子を持っていたこともあって、後ろの人とぶつかったときにお菓子を落としてしまいました……。それを拾って目線を上げたその先に、居たのがこの、吹雪 幸君でした。
「なんで名前知ってんだ。こえーな」
「それはこの一週間、あなたたちの会話を盗み聞きして知りました」
 目が合ったその瞬間、あたしは衝撃が走りました。胸が高鳴って、なんだか頭の中がザワザワする――これって、もしかして恋!?一目ぼれでした……。
「吊り橋効果だな」
「でしょうね」
「……」
「釣り……なんですか?!とにかく、そういうことで、あの、好きなんです……」
「こんなことって、あるんですねぇ」
 輝先と知予丸がこそこそと幸に耳打ちする。
「お前のことを見た人間は大抵ドキドキするしザワザワもするだろ。不安感に襲われるというか……。不幸体質のことは、言わない方が良いか」
「せっかく良い方に勘違いしてくれてるのに、わざわざ言う必要ないですよ」
「吊り橋効果でもなんでも、一回ぐらい女とデートでもしときゃーいいんじゃねえの?」
「……わかった」
 会議を終了して、瑠衣の方へ向き直る。
「つ、付き合ってくれますか!?」
「それはできない」
「えっ……でも、あたし、こんなにドキドキして、好きなのに……諦めきれません!」
「じゃあこうしろよ。今日一日デートしてみて、それでも”何事もなければ”お友達から。なっ、幸ちゃん」
「……わかった」
「いいんですか!!」
 パァッと瑠衣の表情が明るくなる。
「つってもなー幸だからな」
「何事もなく……とは、いかないでしょうね」
 輝先と知予丸は呟いた。

 すぐにその予想は的中した。
 なぜなら幸は不幸体質。町を歩けば上階の住人が手を滑らせて植木が空から落ちてくるような、買い物に行けば卵がどれか一つは絶対に割れて帰ってくるような、そんな少年なのである。
 第一幸は、女も男も関係なく基本的に人間が嫌いだ。
(今日一緒に居て、手っ取り早く諦めてもらおう)
 自分を見た人間は大抵どうしようもないような不安感に襲われる。そのドキドキをこの少女、瑠衣は恋と勘違いしているだけなのだ。
 恋なんてまだしたこともないが、ずっと続く不安感が恋でないことだけは未経験者の幸でもわかる。自分を嫌っていた人間たちのように、すぐにこの子も目を覚ますだろう。好きと言っていたことなど忘れたかのようにすぐに嫌われるに決まっている……と、心のどこかで決めつけていた。
 瑠衣と共に歩道を歩く。
 後ろから来た車が、ハンドルを切り損ねて電信柱と車の間に幸と瑠衣が挟まれそうになった。
 そんなことは日常茶飯事の幸は瑠衣の腕を掴みさっと後ろに引いた。
 車はすんでのとことで切り返し、何事もなかったかのように去って行った。
「あぶねぇー」
「幸ちゃん、いつもあんな目にあってるんですか?」
 輝先と知予丸は二人の背後をつけて歩いていた。幸は気付いているようだが、瑠衣は幸に夢中で気が付かない。
「あ、あの……守ってくれて、ありがとう……」
「い、いや……」
 守ったのではなく、日常茶飯事だから避け慣れているだけとは言いづらい。
 しかもこんな目に合うのは幸と一緒に居るからであって、一歩遅れていたら巻き添えになっていた可能性すらあった。
「あの……お茶でもどう?」
 瑠衣の提案に、二人してファミレスに入っていく。
 輝先と知予丸も後から店に入り、ついたてを挟んだ隣の席へこそこそと着席する。
 ドリンクバーとデザートを頼み膠着状態に入る二人の様子を影から見守る。
 が、ここでもアンラッキーである。
 幸と瑠衣の隣の席は別れ際のカップルの痴話喧嘩で盛り上がっていた。
「テメーが浮気しなきゃアタシだってミユとユカ連れて殴り込みなんかしなかったっつーの!つーか浮気相手考えろや!なんで猿と付き合ってんだテメー!!」
「桜子は確かに猿だ!!でもいくらなんでも最中に殴り込みなんて非常識だろうが!!」
「非常識語れる身分かテメーつか何が最中だよ!UNOなんか猿に教えて何がしたいんだテメー」
「あれはUNOじゃない!トランプだ!大富豪なんだ!!」
「たいして違わねーだろ!!」
 金髪の女性がウキキッと鳴き声を漏らす猿(桜子)と彼氏に向かってジュースをぶっかけた。
 が、彼女の勢いが強すぎた。彼氏にではなくドリンクバーを淹れに行こうと席を立った幸がジュースを全て被った。
「!!!」
「もういい。帰る!」
「待ってくれチカ!!チカ――」
「……」
 走り去っていく彼女、猿と共に追いかける彼氏、を捕まえて会計を詰め寄る店員。
 黙りこくっている幸と瑠衣。
「うわぁ…」
「最悪ですね……」
「おい幸!幸!!」
 席を立ったことで輝先と知予丸がついたてごしに隣の席にいることに気付いた雪にサインを送る。
「お、俺ちょっとトイレ……あとついでにドリンクバー淹れてくるから。なんでもいい?」
「あ、炭酸以外なら……」
「わかった」
 輝先は幸をトイレに呼び出し、来ていたパーカーを幸に押し付ける。
「脱いで着替えろ。ったくオメーはいつもんな目にあってんのかよ」
「ファミレスに来ないからこんなことになると思ってなかった」
「なるほどな……ほら服」
「ありがとう瞬太郎」
 服を着替え、ドリンクバーでオレンジジュースとカルピスを入れて席に戻る。
「あ、あの……」
「……」
「結果的にだけど、盾になってもらっちゃって、ごめんね。本当なら私にかかってたと思うから……守ってくれて、ありがとう」
「!」
 ポッと顔を赤らめる瑠衣。
 度重なる不幸に、瑠衣の中ではもう幸は自分を守ってくれる王子様のような存在に格上げされているようだった。
 目の前に居る幸の服が違っていることにも気が付いていない。
(これは早急に嫌われねーと……傷が深くなる)
 幸はそう感じながらも、初めてこんなに人に好かれて、どうすることもできないでいた。
 ファミレスを出てからも、道中、犬の散歩中にリードが外れて野に放たれた犬に襲われたり、ヤンキーグループのカツアゲに合ったりするのを切り抜けているうちに瑠衣の幸への好感度はどんどん上がっていく。
 夕暮れ時。
(まずい……次がラストチャンス。手っ取り早く嫌われるには……)
 頭をフル回転させながらも瑠衣を家まで送り届ける約束まで取り付けてしまった。
 川べりのグラウンドでサッカーをしている脇の遊歩道を二人で歩く。
 ここでも幸の不幸体質が発揮される。
 サッカーボールが二人に向かって飛んできたのである。
「っあぶねぇ!!」
 ドカッ!!
 幸が叫び、瑠衣を引っ張ってボールを蹴り返した。
 あざーすとボールを受け取った人からの返事を受けながら、瑠衣の方へ向き直る。
「……カッコイイ……」
「え」
「今のも……あたし、どんくさいから、引っ張ってくれて……守ってくれて、ありがとう」
「い、いや……違」
「サッカーできるんだね!良かったら次はサッカー観戦にでも一緒に行かない?」
「お、俺……仕事以外であんまり外出ないから」
「そっかー、残念」
 瑠衣を家に送り届け、事務所へ帰る道中。
「幸お前、意外と運動神経あんじゃねーか」
「いじめられるから運動はやらない」
「……そうかよ」
「でもカッコよかったですよ。最後のは、ちゃんと守ろうとしてたじゃないですか」
「守ろうとしたわけじゃ……」
「ま、いいんじゃねーの」
「最初は勘違いでも、そのうち本当に好かれるかもしれないじゃないですか!」
「……」
 この不幸な少年が、いつか幸せになれる日を信じて。
 大人二人はまずまずの気分でほほ笑んだ。

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