学生生活を終えて ⑥迎える側の新歓 コロナ前新歓と演奏の転換点

今日は朝から奥さんが仕事で子供と二人で過ごしている。自分が働いてなくて奥さんが働いている状況の現在ではこんな日も珍しくなく、4月からは逆に僕が働きに行って奥さんが子供と二人きりの時間が増える。育児休業が取れてくれてありがたい。そんな昼下がり、子供が眠ったのを良いことにようやく設置したPS4のYouTubeでUNISON SQUARE GARDENのライブ映像を流しながら何となく指を動かす。そろそろお腹が空いて起きちゃうんじゃないかな?途中で授乳して書こうとしてたことを忘れないと良いんだけど。

卒業からもだいぶ時間が経ってしまった。もう気持ちは大学生活の名残惜しさよりも新生活への不安や、やることの多さに先行きを案じるようになりつつある。4月からは仕事も始まってしまうのでなるべく早く、ゆとりのあるうちに学生生活を記しておきたいのに進まない。まだ書いてないことの方が多いのが信じられないねぇ。それぐらい実りあるもんだったって事にしておこうか…

ここからはコロナになる前、僕が2回生の時の新歓の話。当時は大学のキャンパス内に簡単な説明ブースを設けていた。軽音に興味がある子がそこに来てくれたり、ビラを配ったりしてとりあえず話を聞いてもらうことに努める。ウチのサークルの制度とか、ライブイベントの開催時期やその詳細、ブース以外の花見やBBQの新歓イベントの日時や場所の説明などなど…割と話すことはたくさんある。それに加えて好きなアーティストや興味のある楽器の話もするからブースで一人当たりにかかる時間はそれなりだった。一斉に説明するzoom説明会にはない点であり、故に一人一人密にコミュニケーションが取りやすかった事は良かったところ。例年、新歓をやるとまだ入会が確定してないのにめちゃくちゃ先輩と仲良くなって遊びに行ったりする奴も居た。そういう人に往々にして共通することは①楽器をやっていた(しかもそれなりにできる)②なんか一癖ある(上が面白がるから)③暇人の3点だ。これは悪いことでもなんでもなく、新歓してる側からしても名前が覚えやすいし入った後もサークルに残ってくれそうなのでありがたい。しかし、一緒に入った同期からは距離を感じられたり先輩と勘違いされる事がある。必ず一人は来る、入れ違いの後輩が楽しみだなぁ。(皮肉めいた言葉でアクの強い後輩を『香ばしい新入生』と言う事もあった。是非は問わない。)

新歓係の仕事は大変だったけど一緒にやってくれたちえりちゃん、ぴかぎん、あかねちゃん、かいてぃーんの助けもあって最終的に楽しかった思い出になった。本当にありがとう!
仕事で思い出されるのはポスター張りのこと。学校の規則で新歓を終えた時に貼ったポスターを剥がし忘れたサークルにはペナルティが課されるというのがあったのに貼った場所をめちゃくちゃ忘れた。記録として撮っておいた写真もぴかぎんがメインで写っておりどこか分からなくなった事があった。それと、新歓ステージライブのセッティング表を僕が寝坊して出すのが遅れた事もあった。ペナルティがなかったのは奇跡だった。全力疾走は人の心を動かすのかもしれない。他にも当時は新入生のみ、追加募集なしというのがセオリーだったのに3回生の入会にギリギリまで気づかなかった(学籍番号が8ケタだった)事もあったなぁ…思い返せば色々とやらかしている事も多い、そりゃ上から心配もされる。まあ新歓に限らず元々されてたんだけど。誰かが「後輩が来れば変わる」って言っていたけど、少なからず変わったところはある…かな…?
余談だけど僕らの代までなんとなく幹部は新歓係か合宿係という二大大変な係を経験した人の中から選ばれるという風潮があったのを思い出した。あと、男3人の幹部はやめた方が良いというのもあった。(過去に色々あったらしい)状況も変わればそう言ったジンクス的なものも無くなる事がある。何よりウチらの下からはかなり上の人らと色が違ってきていると思うし、そういうのは状況に応じて変えた方が良いと個人的に思う。結果的にサークルの寿命が延びると思うしね…

迎える側の2年目の新歓イベントで記憶に残ってるところを書く。花見は特に準備が大変だった。鴨川の河川敷、出町柳の鯖街道の橋よりもちょっと南側、交番の近く辺りにブルーシートを例年敷いていた気がする。ここはファミリーマートとトイレからしばらく歩くことになるので、何か追加で買うときやトイレに行く時かなり不便だった。その道のりの中にも、よしこさんが新入生を連れてトイレに行っていたり(何やら物騒な背中だ)さきさんの誕生日を祝うためのケーキをサプライズで準備したりした思い出もある。本当に我慢しているとマジで漏らしかねない距離にブルーシートを敷いた訳は場所取りが熾烈を極めているからだった。見渡す限りの桜と青。大学近くからの見頃な桜の下では社会人か他のサークルが既に宴会を始めていて、しばらく歩かないとそれは延々と続いていた。場所取り係だった僕は昨年の花見とほぼ同じ位置にブルーシートを敷いて、1次買い出し班が来るまでそこで寝ていた。買い出しは出町柳商店街の中のアイハートだったか、スーパーで買った方が基本的に安いので不足品以外は商店街で完結させる。足りなくなったらファミマまでランニングだ。こういった新歓イベントは何人来るか予測がつかない。もちろん事前に新歓LINEグループで参加希望者を募るんだけど、当日キャンセルや飛び入り参加も多かった。飛び入りで来たアニメ好きの近距離パワー型オーストラリア留学生は元気かなぁ…
花見で覚えててアンプラに居てくれてる面々はしおりちゃん、金川、ふうと、あおいちゃん辺りになる。(他にも絶対居るけど)しおりちゃんは何が理由かは忘れたけど出町柳駅まで迎えに行った時に結構話せたと思う。しおりちゃんもその時のことを覚えていてくれているのは嬉しい。ブースにもさおりちゃんと一緒に来てくれていて、ちえりちゃんの後輩という事で覚えていた。ぴかぎんとたまたまその時かじっていたメロンパンを勧めたりもしたなぁ、あれから今出川メロンパンは一度も食べてないけども。金川とふうとはその時からよく一緒に新歓に来てくれていた。特に金川は香里出身ともあって覚えやすかったし、二人とも田辺から今出川まで花見に案内したのが懐かしい。義妹に挨拶したのも花見が最初だった。初めは全然似てないと思ったけど笑うと同じ顔になる。中身とかファッションが全然違うからそういう印象を受けるんだろうなぁ…他にも何人か記憶に残ってる奴はいるけど抽選落ちしてしまったり辞めてしまったり…元気にしてくれると良いんだけれど。

BBQでは来てくれた新入生の写真を撮る。これは早い段階から新歓係が来てくれた子の顔と名前を一致させる為だと思う。(違う?)14期生のBBQの時の写真は本人の為にも伏せておこう。入会届を配布するのはBBQの時、その場で書いて提出してくれる子のありがたみたるや。新歓をした甲斐があるというものだけど、その分抽選になってしまうと本当に心苦しかった。
上は主に来てくれた子のために肉を焼いたり買い出しをしたりする。他にも新入生同士の交流を取り持つ事、引き続き下の子と話して仲を深めたり広げたりする事が仕事になる。会場が会場なので送り迎えもしっかりと行う必要がある。しっかり新入生を全員見送った後は大変な後片付け。網を洗う時にうっかり、あくまでうっかり川に落ちてしまう人が後を立たないので着替えは持参した方が良い。竹林の中で全裸になる事になるので本当に気をつけること。花見もだけど新歓でBBQができる時代になって欲しいものだなぁ。
ちなみにこの時に印象に残っている14期生は残念ながらあまり…今は辞めちゃったり抽選で落ちた子は覚えてるんだけどなぁ。主に買い出しをしていたからかもしれない。追加の買い出し歩くと遠いんだよな…

新歓ライブではばっさーさん、織田さん(この時に初めて組んだ)、北出、ケンケンとJanne Da ArcのrasenとHEAVENをやった。rasenは渋いチョイスらしい、ばっさーさんのプッシュでやったけどケンケンが5本の指に入るくらい苦労したギソロと言っていたなぁ…シンプルに長いのに難しそう、いつも後ろからよく弾くなぁ〜と思う。僕に出来ることはギソロの時はなるべくリズムを均一にする事と、この時だけは機械のように叩くこと。この意識になるのはギソロの時だけ…というよりケンケンが気持ちよく弾けるようにという気持ちなので全ギタリストにやってた訳ではない。(やった方がいいに決まってる)こればかりは日頃の関係性から自然発生した産物だと思う。話を戻すとこのバンドは何かと人が褒めてくれたのを覚えている。当然、周りのメンツが固かったのは十二分にある。それでも、その時に見に来てくれていた先輩から「1年でこうなるのか…」と言ってもらえたのが今でも記憶に残っている。これまでも書いたように人から褒められたことってめちゃくちゃ鮮明に覚えているもんだから、モチベーションのためにも褒め合った方がいいに決まってる。もし読んでくれている後輩が居るなら褒め上手になることを楽器と同じくらい頑張ると将来にもつながって良いと思う。関心を持って人を見ないと出来ることじゃないからねぇ…自戒も込めて書いておく。
新歓ライブでもう一つ覚えていること。それは演奏が終わったあとに織田さんから言われた「俺めっちゃお前見てたのに、お前全然こっち見てくれんかったわ!」の一言。織田さんから出た金言はこれが最初で最後だった。曲がりなりにも織田さんは楽器とバンドについては僕よりもずっと上級者で先輩なのでその時にはハッとさせられた。せっかくバンドやってるんだし、バンドメンバーとその場の掛け合いを楽しもうと決めたのはそれからだった。ドラムの方を向いてくれるなんて有り難い事この上ない。これはあそこに座らないと絶対に分からないと思う。こっちを向いてくれるだけでより熱く、より楽しくなる。もっと早く気づくべきだったなぁと思う。それが出来るように余裕を持って本番に臨めるように準備するようになったのもそれからだった。これもまた実り多いライブだった。後輩にカッコ悪いところは見せられなかったしね…
ライブが終われば入会希望は締め切り。集まった用紙を一旦パートごとに並べて持っておき、その後は溢れていたら抽選…となるのだが、どのような方針で抽選するのか決まってなかった13期はかな〜り遅い時間まで話し合いをした。現状の各パートの総数を洗い、どのパート希望者が多いだとか、どうやって抽選するかとかを話した。結局僕らの代はギターのみの抽選になった。金川のくじを引いたのを鮮明に覚えている。ごめんな、落ちちゃった7弦ギタリスト…
本当に遅くまで喧々轟々ってほどでもない議論をした。新歓では2回生によっても新歓係をはじめとした全イベントに参加して比較的1回生と仲良くできた人、忙しくてそれが叶わなかった人などに分かれるので意見にも相違が出てくる。それをぶつからせたり、折衷したりしてなるべく多くの人が納得できる案を出す…のだけれどそれが故に新歓をやると仲が悪くなるとか、揉めると言ったジンクスも当時は言われていた。まあ、それだけ熱がこもるイベントでもあった。いろんな意見があって然るべきだし、時間をかけた案が必ずしも最良の選択とも限らない。何事も適度な温度感で臨んで欲しい。僕は今、入ってきてくれた後輩たちがこの子達で良かったと思う。その後の方がどう考えても大切だね。

新歓ライブの事を思い出してると書きたくなったので14期のドラマーについて書く。と言っても14期はドラムが極端に少ないのでメインに書くのはあみちゃんくらいになるんだけど。あみちゃんが来た時は本当に戦々恐々とした。「香里出身のドラマー…終わった…」とよく言っていたのが懐かしい。(香里の軽音部が結果を出していた事はあきなちゃんから聞いていたし、まあそこの出身の方々を見れば実力は嫌でも分かった)あみちゃんのやるジャンルと僕の好きなジャンルが重なってなくて良かったと今でも思う。本人にもずっと言っているがハイハットの使い方が繊細、それにちょうどいい太鼓の音量バランス。本人は謙遜していたけれど、そのバランスを保ちながら叩くのは積み重ねがないと出来ない。その辺りは本当に良いものを見せてもらったし盗もうと必死になっていた。バラード系をやるとなると参考にさせてもらっていたし、4回8月のsecret baseをやる時に過去動画を漁って何度か演奏を観ていた。ちょっとキモいな。とにかく楽器でも遊びでも本当に良くしてくれた有り難い後輩だった。むしろ遊びの方を書き出すとキリがないのでドラム面で取り上げないとね…

てんやわんやだった新歓も終わり、14期生が入ってくれた。後輩に恵まれたなぁと思う。これまで書いた内容と重なるところも多いし、2年目は簡単にして後輩との思い出をメインに記したい。大変な事になりそう…

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