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cannelé de Bordeaux

大好きなお菓子について、記させてほしい。
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カヌレはずっと、憧れのお菓子だった。

初めて会えたのはたぶん、旅先の京都で訪れた、パン屋さんでのこと。
ガラスケースの外から見かけたそれは思ったよりも小さく、ころんっ、と可愛い形をしていた。
見た瞬間、(会えた…!)と思った。
まだ小さい頃に知ったカヌレが、材料売り場に行っても型さえ売っていなかったカヌレが、急にわたしの人生に登場してくれたのだ。
幼い頃からスーパーを、又はお菓子屋を文字の如く走りまわって探していたわたしにとって、それはもう、運命のようにきらきらしていた。
小さきそれは、自分でもびっくりするほどにドキドキと胸を高鳴らせた。

隣にいた友人に「買ってくる。」と告げると、私は勇者のような精悍な顔つきでパン屋へと向かった。
そしてドキドキしながらカヌレを1つ取り、会計を済ませる。

そうして友人の元へと戻ると、なぜだか急に、複雑な気持ちがもくもくと湧いてきた。
(憧れが、手元に届いてしまった。)
そう思った。
すこしだけ、心細いような気持ちだった。
恐らく、「これを得てしまったら、次はどこへ向かえばいいのだろう。」といった、不安に近い感情だったと思う。

けれど当時まだ今より幼かったわたしは、この気持ちに苛まれたのは一瞬で、手に収まっているこの愛しいカヌレの暖かさに、すぐに心は奪われてしまっていた。
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そうして得た人生で初めてのカヌレ。これが最高に美味しかったのは言うまでもないだろう。
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「これを得てしまったら、次はどこへ向かえばいいのだろう。」という不安感。
この感情がまた幾度と無く訪れることを、この時はまだ知らずにいた。
そうして訪れる感情を前よりうまく迎え入れられるようになっていて、そんなわたしを今日は少しだけ、成長した、と思ってもよいだろうか。

#エッセイ #カヌレ #文学倶楽部

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