美しき町6

高野文子「美しき町」の美しさ(2)

前回に引き続き、高野文子『棒がいっぽん』(マガジンハウス)に収録されている「美しき町」というすばらしい短編、および高野文子の表現技法について書いていこうと思います。

 

手前奥の表現

高野文子の構図取りに多いのが、手前に何かを置き、その奥に写したいものを描くという構図です。

こちらのコマでは手前に自転車、奥に主人公サナエさんを写しています。
続けて次のコマも見てみましょう。

これは、開け放したベランダからサナエさんノブオさん夫妻を写しているコマ。

上の二つのコマではそれぞれトーンの貼り方でカメラのピントずれを巧みに表現し、手前奥をはっきりさせています。(このピントずれの表現からは高野文子が漫画を映像的に捉えていることが伺えます)

この手前奥の表現により画面に奥行きが出て、コマ内の空間が立ち上がってきます。こういった視点や構図などから見えてくるような“空間性”は高野文子の漫画の大事なポイントになっているのは間違いないでしょう。インタビューなどでもたびたび漫画の空間やパースについて触れています。

さらに、二つ目のコマでは、ベランダの手すりがコマの枠内のもう一つの枠として機能しているのがわかるでしょうか。二人の近づいた顔を切り取るように手すりの枠が置かれています。これにより、二人の近付いた顔やその関係性に目が向くと同時に、手すりという枠の向こう(二人)とこちら(読者側)との間の距離を感じさせることになります。こちら側とは切り離された二人だけの世界が強調されるように感じられるのではないでしょうか。

このように、単に奥行き表現としてだけではない用い方がされているように思えます。


グラフィカルな切り取り

さて、同じく構図の取り方に関してもう一つ、今度は平面性を強調したものについてお話ししていこうと思います。

これも高野文子の作品にしばしば見られる技法の一つですが、あえて平面的でグラフィカルなコマを作ることがあります。例えばこれがそうです。

二人が食事を終え、ガリ版刷りを始めるまでを速いテンポで一気に見せているこのページ。まず大胆に縦に四分割されたコマ割りが目立ちます。

 コマの形の効果もあって、全体に奥行きが感じにくい絵になっています。特に右端の1コマ目では、顔、食卓上の皿、茶碗と手がそれぞれ並列に見えてきます。食卓のパースがあえて平面的なものになっているのが見て取れるのではないでしょうか。さらに左端の4コマ目では、刷り上がった版がテキスタイルのような模様として見えてきます。コマ上部の手を隠してみるとよりそう見えてくると思います。

次のページでもその平面性がより強調されているコマが見て取れます。

こちらの2コマでも、一部を隠せば模様に見えるような構図の取り方がされています。漫画という平面のメディアの上でさらに平面性を強調するということを意図的に行い、スタイリッシュな画面作りをしているのではないかと思います。

このように、高野文子は構図作りによって画面に奥行きを与えたり、奥行きをなくしたりと空間性と平面性をうまく操っているということがわかってきました。本当はこの短編の技術だけじゃなく、読んだ時の感動なんかにも触れたいのですが、それはまた次回に持ち越してみます。

(つづく)

 

画像は全て高野文子『棒がいっぽん』(マガジンハウス、1995)「美しき町」より

すいかとかのたね
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