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5. 石原伸晃 「おマヌケください!」

2021年・単行本化希望!
『藝人春秋Diary』〜よりぬきハカセさん企画〜

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 自民党の2世政治家・石原伸晃は目の前の数字を確認し「チッ!」と舌打ちした。

 2017年7月2日──。
  夜8時を過ぎ、東京都議選の投開票速報を目の当たりにした瞬間だった。
結果はメディアの事前予測通り、小池百合子率いる都民ファーストの圧勝だったが自民党の獲得議席は予想を遥かに下回る記録的惨敗を喫した。

 テレビでは自分が昨日、秋葉原で安倍晋三自民党総裁を演説会に呼び込む際、考えられない「言い間違い」をした様子が何度も何度も面白おかしく報じられている。

 伸晃は巷間指摘される、己の生来の言葉の軽さにより自らが自民党総裁になる日をさらに遠のけたことをはっきりと自覚した。

 ちょうど1年前の6月、舛添要一の東京都知事辞任の報を受け、東京都は都知事選を7月31日に実施することを決めた。それは、この5年間で4度目となる都知事選だった。
 この機に先手を打ったのは小池百合子だった。当時自民党の衆議院議員だった小池は6月29日の電撃記者会見で「崖から飛び降りる覚悟で挑戦する」と出馬を表明。
  これに「相談がない!」と猛反発したのが当時、自民党の都連会長を務める石原伸晃経済再生担当相だった。

  その後も「今日をもって小池氏は自民党の人間ではない」と述べ、結局、小池百合子は自民党都連執行部に無断で都知事選への出馬を表明し、都連に推薦願を提出したが後に推薦願を取り下げた。
 伸晃は不愉快を丸出しにして「私のいない時に推薦依頼を持ってきて、また私がいない時に推薦依頼を引き取っていかれた。わがままだ!」と一連の小池百合子の行動を強硬に批判した。さらに父・石原慎太郎元知事は小池を「大年増の厚化粧がいるんだな、これが。困ったもんでね」と公衆の面前で罵倒した。
 7月の都知事選、石原父子と小池百合子は不倶戴天の敵になった。

 2017年7月1日──。
 東京都議会選挙の決戦前日。過去、これほどまでに全国ネットで戦況が繰り返し報道された地方選挙はあるまい。最後の追い込みに向け都内各所が盛り上がっていた。

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 そんな喧騒もどこ吹く風でワハハ本舗所属の無名芸人・コラアゲンはいごうまんは、自宅の阿佐ヶ谷から総武線に乗って一駅先の高円寺に向かっていた。
 コラアゲンは数時間後の単独ライブを控えて、前売り券の売上数字を確認し「チッ!」と舌打ちした。
 その車中、黒服を着たSPの集団に囲まれて座っている見覚えのある男を視野に捕えた。

──石原伸晃だった。 
 男は毎日相変わらぬ凡庸な電車の風景の中で一際輝いて見えた。
 なにしろ一時は石原家ブランドを傘に総理候補とまで言われ、都連会長を務めた政界のサラブレット中のサラブレッドだ。
 一方、コラアゲンは芸能界の地方競馬でも駄馬中の駄馬。苦節28年の芸歴で売れたことが一度もない、いわゆる地下芸人そのものだった。

 ここ数年のテレビ出演は、フジテレビ『ザ・ノンフィクション』で「年収100万円芸人物語」と題して2度も特集されたが、惨めな暮らしぶりをカメラは追うだけで、肝心の漫談のネタを披露する場はなかった。
 ちなみに彼の芸人としてのルーツは大阪NSC7期生。元相方は雨上がり決死隊の蛍原徹である。同期の芸人、元相方が華々しくテレビで活躍していくさまを見ながら、テレビに向かって何度「チッ!」と舌打ちしたことか。

 しかし「体験ノンフィクション漫談」という独自のジャンルを開拓、ヤクザ事務所や宗教団体など、際どい現場へ自ら飛び込みその体験を漫談にするという唯一無二の芸に活路を見出した。
 マイナーながら生粋のスタンダップコメディアンとして今や請われるまま、どんな安いギャラでも全国津々浦々で舞台に立っている。

 そんな彼にとって目の前にいる現役大臣との遭遇は、この日、数時間後に行う単独ライブのトークの“掴み”には絶好のネタだ。
 しかし、相手は政府の要人だ。追い返される、いや、その前にSPに取り押さえられる、そんなことも考えられるが、最悪の事態であればこそネタとしては、もってこいだ。

 よしいくぞ!!

  コラアゲンは決意を固め、屈強なSP数人の間をスルリスルリと縫い、伸晃が座る席の前まで辿り着き、そして意を決して声をかけた。
 「失礼します! ワタクシ、ワハハ本舗で芸人をやっているコラアゲンはいごうまんと申します……」と自己紹介しつつも、これではアピールが〝弱い〟と直感して最後にこう付け加えた。

 「ちなみに杉並の選挙区民です!」
 すると、この一言で伸晃の表情が一変し座席からスクッと立ち上がると、取ってつけたような作り笑いを浮かべて「いつも見てますよ!」と答えた。
(どこでや!? 見てるはずがない。俺を物理的に見れっこないやろ! お笑いって認識だけで心当たりもないのに、よお言うわ!)
 コラーゲンが心の中で突っ込みながらも咄嗟に切り返す。
 「こちらこそぉー! いつもありがとうございますぅ~」

 その次の瞬間、伸晃は調子良さそうに、こう持ちかけた。
 「芸人さんだったら、今度、杉並で我々の集まりがある時に、お笑いで盛り上げてもらえませんか?」
 忖度するに、政府の最高レベルからの〝闇営業〟が貰えると思いコラーゲンの顔が綻んだ。
 「是非! 是非! お願いします」
 「では、何時か、おまねく……おまぬけ?……おまねきします」
 目の前の無名芸人に対して語るのに敬語と丁寧語を混乱して、何度も言葉尻を噛むと、伸晃はさらにおべっかを使った。
 「いやぁ嬉しいなぁ、そうかぁ、貴方は吉本興業の芸人さんなんだぁ!」

 吉本? はーー? 最初に「ワハハ本舗の~」と名乗っているが伸晃は売れない無名芸人の話などはなから聞く気もないのだろう。

「あのぉ、すいません、ワハハ本舗です!」と正すと、伸晃は「……だと思ったよ」と謎の取り繕いをしながら再び悪ぶれない政治家の笑顔を向けた。
 「これから高円寺で単独ライブがあるんです」と告げると、伸晃は「それはそれは、成功をお祈りしています!」と口先だけのエールを送り、高円寺駅で先に席を立つ芸人に向かって、その姿が見えなくなるまで深々と頭を下げた。

  1時間半後、芸人は高円寺の小さな舞台の上で、
 「ホントはね、伸晃さん、こんな売れてない芸人に話しかけられてですよ、僕を、もっと鬱陶しく扱って欲しかったんです。例えば『ウチの集まりに呼んであげるけど、貴方にとって要は〝金目でしょ!〟金目!』とかねぇ。本人、イイ持ちネタがあるでしょ。でも皆さん、政治家に会うなら投票日の前日! ネタの宝庫ですよ!」
  と、つい先程の邂逅を既にオチを付けた笑いに昇華させていた。

 この日の単独ライブの観客はわずか50人。その中の一人だったボクは休憩時間に「さっきまで家で夕方のニュースを見てたけど……今、話していたキミとの電車の中での出会い、そして別れた後、伸晃はもっと凄いネタをカマしてるよ!」とコラアゲンに告げた。
 
 同じ出会いが、喜劇になる人もいれば悲劇になる人もいる。
 芸人との思わぬ遭遇で、政治家とのしての磁場が狂ったのか、はたまた何かを〝配合〟されてしまったのだろう。

  無名芸人との邂逅の30分後……。
 そのまま総武線に揺られ伸晃は予定通りに秋葉原駅に降りたった。
  そこにはコラーゲンのライブとは比べものにならないほどの人だかりが出来ていた。
  自民党が逆風に晒されるなか総裁の安倍晋三が、都議選では最初で最後となる街頭演説に立つのだ。

  自民党の支持者が集まるホームのはずの秋葉原は今回ばかりは反対派も詰めかけ「安倍やめろ!」の怒号が飛び交い、両陣営共に騒然としていた。
 安倍普三の露払い役を務めることになった石原伸晃は演説を行うさなか、その視野に総理の来場を確認すると壇上から一際大きく声を張り上げた。

「ただいま安倍総理が到着でございます。どうぞみなさーん。拍手をもって……」と言うと何故か一瞬言い淀み、こう続けた。

「おマヌケください!」

カミカミの招かれざる二世の三文政治家……。
一世一代のマヌケっぷりであった。

図1

 
 (イラスト・江口寿史)

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              コラアゲンはいごうまん

実際の映像。


【その後のはなし】

この話には後日談がある──。
が、単行本でお楽しみください。

 コラアゲンはいごうまんは2020年の大晦日で契約満了『ワハハ本舗』を円満退所した。
 しかし、主宰の喰始さんとの縁は切れていない。
 ボクの周囲の人は、皆、不思議なほどコラアゲンが大好きだ。
 皆、彼のダメっぷりに愛情を注ぐわけではない。
 純粋に彼の語りが面白いからだ。
 本文では、売れない芸人を強調したが板の上での実力はピカイチで彼を知る芸人ならそこを侮る人はいないだろう。

 2021年こそ時代と配合し、ブレークして欲しい。

 とにかく「売れない時代」と「コラアゲンはいごうまん」の芸名は長すぎる。

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【明日の第6話に続きます】


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