見出し画像

24・ 博士の「遺書」と松本人志さん

画像1

「ズルいのは水道橋だわ! 自分の手を汚さず人を焚き付けてるよね!」

 2017年10月8日──。
日曜日の朝、フジテレビ『ワイドナショー』の冒頭で松本人志さん(以下、敬称略)が獅子吼した。

「アイツは悪い! 水道はシメたらなあかんわ。1滴も出ないように、しっかりシメないと!」
 その横で司会の東野幸治は「水道橋さん聞いてますか? シメます!」と実に楽しげに悪ノリ報告した。
 朝からテレビの前でボクは笑いつつ、かつての因縁を内包させた「水道(橋)=閉める(シメる)」という掛詞に「上手い!」と唸った。

 松本人志がボクの「排除」を宣言したのは、10月初旬に5日間生放送された、テレビ東京『おはよう、たけしですみません。』内で起きた、とある一幕に対してのことだった。

 番組では、不倶戴天の敵同士であるボクと爆笑問題・太田光が、18年ぶりにテレビ共演を果たした。
 このキャスティングをあえて命じた殿(ビートたけし)は生放送中「犬猿の仲が仲良くなることくらい強いものはない」と二人を諭したが、それに応えてボクは「じゃあこの席もボクが抜けて、松本人志を置いて下さい!」とやり返してしまった。

  太田光にボク以外の共演NGがいることを初めて知った殿は「ん!? 松本人志、嫌いなの?」と太田に振り返り尋ねると、「大嫌いですよ!」と太田は即答。 
  間髪を容れず「だ・か・ら! 言わすなよ! 問題になるんだから!」
 と声を荒げてボヤいた。

 そこで最終日に、ボクが「この番組を一週間やって結局一番損をしたのは太田くんだよ」と釈明すると、太田は「あれ、昔の話ですよ。私が全部悪いんです。それで怒られた。ようやく雪解けかっていうときに……博士に言わされた。松本さんは大好きですよ!」と反応した。
 いったんは殊勝な態度を見せた太田だったがボクが再び「これが松本人志ではなく恵俊彰だったら?」と水を向けると「それは、本当に嫌いなのは恵。だって、つまらないから!」
 と芸人の性で反射的に持ちネタを繰り出し、さらなる墓穴を掘った。
 
 これら一連の経緯が週末の『ワイドナショー』で取り上げられた。
 それに対し、松本人志は「盛り上がって話題になって笑いになったならいいと思いますよ。そういう意味じゃ何だってありだと思うんですよ。僕はもう、BIG3(たけし・タモリ・さんま)が大嫌いですよ!」
 と松本は太田発言に理解を示した。
 そして、「恵さんはなんにもしてませんけど……」との東野の指摘にも「ですね!」と頷き、返す刀で批判の全矛先はボクに向かって冒頭の言葉と相成った。

 笑いとは、何かを俎上に上げれば、常に敵を作る可能性があるブーメラン構造だ。
 とはいえ、今、振り返っても今回の発言が確信犯であり、故にボクにブーメランとなって返ってくるのも演者として覚悟すべき当然の報いなのだ。

 松本と太田のアンタッチャブルな確執。
 それは23年前、一世を風靡した男性向けデートマニュアル雑誌『ホットドッグプレス』(講談社)のコラムで、読者層を意識して気負ったのか、ファッションセンスをネタに、太田が下克上的に松本人志をイジったことに端を発する。

 当時、すでに天下取り寸前の地位にあった松本に対して、太田は太田プロから独立してドン底状態。
 太田は、やさぐれ、ささくれ立った気性のままトンチンカンな切り口で某スポーツブランド製品を愛用する松本を批判した。

 程なくその内容は本人に伝わり松本は大激怒。
 フジテレビの楽屋に爆笑問題を呼び出して〝シメた〟と、まことしやかな記事が当時の週刊誌に掲載された。

 後年、ボクはそれを元に拙著『お笑い 男の星座』で「爆笑問題問題」と題して、この抗争を面白おかしく憶測し活字活劇化した…というのが大まかな三者の睨み合いの構造、あたかもアディダスのトレフォイル(三つ葉)マークのような、三者の因縁のカタチができあがった。

画像2

 その後、2011年12月18日、TBSラジオ『爆笑問題の日曜サンデー』のゲストに、長く共演NGのはずだった浅草キッドが招かれた。

スタジオに不穏な空気が漂うなか、ボクが第一声で「迷惑だからゲストに呼ばないでよ! 自分らも『ダウンタウンDX』に呼ばれたらどうする?」と言うと、太田は一本取られた風に顔をしかめて「行かない! そんなの絶対行かねぇよ!」と答えた。
 この瞬間、松本・太田の「国交断絶」は依然として継続中であることをボクは理解した。

 一方、この日のトークは思いの他盛り上がり終始笑い声が絶えなかった。
 コーナーも終盤を迎え、もし爆笑問題の二人もたけし軍団に入っていたらという話になると、田中裕二は「俺は野球が好きだから軍団で重宝されて幅を利かせてたと思う」と語り、太田は「俺は博士とはもしかしたら本の話とかで結構気があったかもしれない」と吐露した。
 これに対してボクも、
「俺はいろいろと譲ったかもしれないね。太田くんこういうのやりなよとか」と太田を立てた。

 共演NGが嘘だったかのように、ビートたけし愛の下で、彼らとの長い確執がやっと終わったと思っていたら……。

 番組終了間際、田中裕二の追い出しの締め言葉と、ボクと太田のガヤガヤ声と、コーナーエンドのジングルの喧騒に被せるように玉袋が確信的に
「今日はいいオマン○できた気がするな!」と、生放送で最後っ屁をぶっ放ち、遺恨は振り出しへと戻った。

 そして、2014年3月31日──。
 『笑っていいとも!グランドフィナーレ』で、石橋貴明の意図的なラフプレーによって、とんねるずとダウンタウン、更には松本と太田の奇跡の共演が実現した。
 現場に居合わせた千原ジュニアは、
「CM中に松本さんが太田さんに『ありがとな』と声をかけたんですよ。初めてですよ、そんなん見たの」と証言。
 松村邦洋は「太田さんがCM中に『いろいろどうもすみません』って言った後、松本さんが『おぉ、おーおーおー』って太田さんの肩のあたりをポンポンと叩いたんですね。なんかいい雰囲気でした」
 と両者はそれぞれにラジオで語った。

 確かに、両者は雪解けに向かっていたのだ。

 冒頭の『ワイドナショー』の一件は放送後、ネットニュースでも報じられ、瞬く間に世間の注目を集めた。
 しかしながら「シメる」=「松本のパワハラ」という曲解したネットの書き込みは当事者としては不本意であり完全に誤解である。  
 お笑い界の固いヒエラルキーを崩すガチンコ発言は薄皮一枚を残してのスリリングな芸である。
 それを笑いで受け入れる器量こそ大物芸人の持つ奥行きであり、だからこそ切磋琢磨を経た、松本、太田、は、冠番組を持つ座長芸人足りえている。 

 むしろ、地位的に言えば、因縁三者のなかでボクが一番「売れたことがない」下っ端であり、鉄砲玉であるだろう。

 だからこそ、一石を投じてみたのだが、しかし、今回、もしかしたら本当にボクは松本さんを「しくじった」かもという一抹の不安は残った。
 むしろ、テレビ界的には「遺書」ならぬ、ボクの「墓標」になった発言なのでは……と。
 一応、お詫びを込めて水面下で確認していると、翌日、松本と交流の深い放送作家から電話があった。
「あれ、松本は『まったく気にしてない』って言うてたよ。ただ一点だけ、なぜ博士は普段は『松本さん』と呼ぶのに、あの時だけ『松本人志』と呼び捨てだったのか、そこは気になったみたいョ」とのこと。
「そうですね。今後、気をつけます。でもあの状況でボクが『松本さん』と言っても誰だか瞬時にピンとこないので」
 と短く言い訳させてもらった。

 電話を切った後、安堵しつつ、ボクはふと1994年に出版された超大ベストセラー、松本人志著『遺書』の一節を思い返していた。

 たとえば、誰かをつっこむときに「お前は高木ブーか!」と呼びすてにする。この場合「さん」づけすると笑いになりづらい。しかし、呼びすてにされた人はムッとするかもしれない。結局、どのみち、だれかを敵に回すのだ。それなら、思う存分敵に回してやろうではないか。

 翌週の『ワイドナショー』――。
 今度は、もともと浅草キッドの弟子であった吉本芸人・ハチミツ二郎と大仁田厚の有刺鉄線電流爆破マッチの壮絶な模様が放送された。

 しかし、この試合実現への黒幕が実はボクだと分かると松本「さん」は、
「またや! だからあいつ、シメなあかん!」とニヤリと笑った。

画像3

            (イラスト・江口寿史)

【その後のはなし】
 
 「お前が向こう(ハワイ)でこんがり焼けてる間に、オレはずっと炎上してたけどね。そういう意味では焼けましたわ!

 2019年2月3日放送『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで』(日テレ系列)で、正月休み開けの浜田の浅黒い顔を見た松本は自虐ネタで笑いを取った。

 松本人志を、いや、お笑い界のトップに君臨し、権力を持つ男性芸人たちを取り巻く環境は今は厳しく、特にネットはシニカルだ。

〝ネットの声〟と称した批判の声をトリミングされ記事になると、あっという間にそれが既成事実として流布される。
 相手がビッグネームであればあるほどパワハラ告発の拡散効果は高い。
(無論、この本も、松本人志というビッグネームが一章あるだけでとても大きな利益であるのだが…)
 70年代、80年代にテレビバラエティを浴びるほど見て育った世代からすればPTA選定の「子どもに見せたくない番組」において『8時だヨ全員集合!』や『オレたちひょうきん族』が選ばれることは、口笛を鳴らすほど、お笑い的には勲章であった。
 しかし、今はPTAなどの組織ではなく、個人による批判、クレームの集合体が大きな力を持ちPTAなどとは比較にならないほどの厄介な敵となった。
 一般の視聴者だけではく、芸能界の内側にいる者もテレビタレントとして、お笑い芸人として、決して超えられなかった人物をポリティカル・コレクトネスを武器にすれば、天下御免で批判できる、叩きのめせる〝世界標準の良識〟は〝奴隷が王を討つ〟有効なツールとなった。

 テレビのコンプライアンスから逃れ、アマゾン・プライムの有料配信で、『ドキュメンタル』『FREEZE(フリーズ)』と斬新で自由な番組作りを進めてみても、そんな聖域にまで松本クレーマーは追いかけてくる。
 手を変え品を変えハラ・ハラ論で芸人を追い込む記者も識者も、決して、表現の自由とセットで議論しようとはしない。
 松本人志は、そのなかで公序良俗、良識の波に対しても決してひるまず、挑戦的であろうとしている。新しい、くくり、縛り、ルールが課されても、新たなお笑いの競技を作り上げようとする。

 今の日本の圧倒的な芸能界の地位をしても、その革新的な才能に対しては世界的には過小評価だと思うのだ。
 それはテレビだけではない。
 映画に関しても、すっかり次回作の声が聞かれなくなってしまった。
 ボクは映画監督としての松本作品を毎度、大評価している。
 松本人志監督の次回作を心から期待している。
 再び世界に言語を人種を宗教を超え、己の信じる笑いを、銀幕を通じて世界に問いかけて欲しい。

 

 
 

ここから先は

0字

¥ 100

期間限定 PayPay支払いすると抽選でお得に!

サポートありがとうございます。 執筆活動の糧にして頑張ります!