見出し画像

談志師匠との想い出ノート

ボクの書き溜めた「悪童日記」から「立川談志」「談志師匠」で検索。
浮かび上がった日の日記を淡々と振り返る企画です。

画像2

         

1997年07月05日 

マンション2階の中庭で、日焼け部やりながら、
台詞覚え、稲垣効果の暗示でこんなもん瞬時に憶えて、当たり前と思う。

18時よりシアターアップル。
ニュースペーパー49回公演「お笑いに不謹慎はない」観劇。
全部で10回公演(7000人動員!)なのだが、8日に我々もゲストコーナーに出演するため事前に見ておこうということになったのだ。

うむむむ。案の定、ドリアンネタでかぶっていたので、見てて良かった。我々が修正しよう。

ニュースペーパーの公演は初めて見たのだがスタッフ・キャストのこの10年間公演を続け、これだけの動員力を育てた、労力と努力と誠意におおいに敬意を払いつつも。

(もちろん、このユニットの前身である「キモサベ社中」とか「キャラバン」とか「笑パーティ」とか「ジョウジボーイズ」のコントを俺は今までには見てきているしメンバーの芸達者振りを熟知しているのだが…)

内容は俺には指向性において、どうにも違和感だらけなのだ。
「笑いにフキンシンはない」を謳いながらも、なんか大新聞の4コマ漫画を見るような安全さ、俺の両親みたいな人でさえも安心して笑えるような親切、丁寧な笑わせぶり、わかりやすい緩さなのだ。
家族そろって笑えるような「毒気」ってあるのかな?
コアなお笑い好きが笑うにためらうような一般性がありすぎるというか、演者も毒をもるのに明るく健全過ぎるような気がしてしょうがない。
「たまごっち」や「シノラー」や「援助交際」をストレートにとりあげ、勧銀ネタで、担保で湯たんぽが出るような、ベタさ加減が、どうにもな~。と思ってしまう。

むしろ、俺なんかが、よく出来てる、おもろいと思うベタでないところのほうが客受けが悪いのはやはり幅広い動員層とのジレンマ抱えてるのだろう。
(客席は実際、喜んでるし、拍手も笑いもある。もちろん、演者も深いところで潜行するのを、避けて敢えて、やってるんだろうけど)

日替わりゲストの談志師匠、そのなかで「若いやつらに覚せい剤の打ち方を教えてやる」と出てきて、15分の漫談。
何を喋っても、毒気と色気がある。

AM2時半、新宿スカラ座。「ロストワールド」先行オールナイト。北郷連れて。劇場ガラガラ。イマイチ、盛り上がってないよな~。
前作よりさらに、特撮よくできているのだが(「ハタリ!」を彷彿する、恐竜狩り最高!)
最後は、キングコング風に。こういう場合、終わり方がむつかしいよな。

1997年11月01日 

帯広より10時の便で羽田へ。
車で東京駅に向かうが渋滞で間に合わず1本送れの長野新幹線で高崎着。
タクシーで前橋工科大学へ、
学園祭。木枯らしの中、屋外で一時間のステージ。
学園祭にしてはやや少ないお客さんではあるが地方試合に手抜き無しの天龍同盟をイメージしてやる。
喰らえ!

18時に東京着。丸ノ内線、銀座線を乗り換え、渋谷、シアターDへ到着。

快楽亭ブラック師匠の五夜連続の会のゲスト。
希望して談志師匠と同じ日にしてもらう。
談志師匠の前で落語界をネタにした「笑点」やるつもりだったが、
案の定、談志師匠の入りが遅れるとのことで、定番「卒業」を新日のヤングライオンをイメージしてやる。
よくウケる。

談志師匠とは、話もできず。残念。
出番前に西条さんと会い、話。「AJAPA」の連載原稿不掲載の話を聞き、あまりに理不尽に激怒る。なんたる雑な雑誌なのだ。

「紙のプロレス・RADICAL」の山口日昇ボンクラ編集長の高田・ヒクソン戦の感想。素晴らしすぎ。
我々はなんでプロレスを見るのか?
ましてや雑誌を作ってまでも、人に伝えたがるのか?
なぜ、我々はプロレスに喚起させられるのか?
プロレスに人生を重ねるのか?
根本的問い掛けがここにある。

〜プロレスラーよ。大振りせよ!そして高田はA級戦犯ではない。
プロレスの歴史があればこそ、この試合なのだ。
プロレスを見ることは自分自身を見ることだ、
高田の敗戦から逃げることは自分自身から逃げることだ。
世間や競技者としてリングに上がる人間がクール&タフでもいい。
プロレスファンはホット&タフであれ!~

と言う山口氏の言葉は最近の我々がプロレスに思う主張そのものだ。
プロレスなる肉体表現をあえて活字化しなきゃあ気がすまない情熱とは何なのか?
プロレスをあえて、おちょくるような言動がやたら多い「紙プロ」だが、こういう青臭い主張の正しさは群を抜いていると思う。

~と同じ意味で『誰が一番強いのか』(山本小鉄・講談社)
も古臭くも実に正しい矜持溢れる主張の本だ。
心あるプロレス者の全てが拍手なのである。

1998年05月22日 

『ビートニクラジオ』収録。

予定どおりに16時、立川談志師匠入り。
この世界、最大最強のボスキャラ登場に緊張しっぱなし。
師匠上機嫌、ケツカッチンながらも時間を伸ばして熱弁、
放送対応ない一時間半。

殿、談志師匠、夢の共演、
そして遺言、ラストメッセージだ、こりゃあ。
ノーカットテープを頂くことにする。

談志師匠の後、もう一本収録。(5月24日放送)
肩の荷がおりてのびのびトーク。

さらに、同じスタッフでもう一本、
11Fの応接室で食事をしながらのTFM制作のビートたけし特番『街で一番の少年』の収録を拝聴。

殿の長兄、重一さん(インドに在住)のスーパー頭脳振りとか初めて聴く話も多かった。ノーカットテープを保存用に頂くことにする。
さらに、ラジオスタッフとともに赤坂ですっぽん料理、御馳走になる。
さらにスタッフでもう一軒、俺一人シラフであった。

1998年06月17日 

「ビバリー昼ズ」、起床ではなく出演のためお台場へ。

談志師匠、生出演のため現場ピリピリだが極めて平穏無事に放送禁止用語だけ連発されてお帰りになった。

終了後、日刊スポーツ主催「高田笑学校」の取材。TFMで打合わせ。
 
深夜、意外なる友人、来客。
紳士的和気藹々でタクシーで見送る。

1998年06月27日 

ビバリー昼ズ十周年、高田先生50歳誕生記念『文夫クン祭り』が今日より二日間「新宿シアターアップル」で開催。

本日は第一夜で『高田名人会』。
とにかく今まで見たこともない、強烈豪華メンバーである。

前座に松村くん、
春風亭昇太師匠、
浅草キッド、
立川談志師匠
世界のビートたけし&日本の高田文夫トーク。
そしてトリが春風亭小朝師匠という超オールスターゲーム。

このメンバーの中で舞台に立たせてもらえること芸人冥利に尽きる。

我々、前回の「お兄さん会」でかけた「北野井子とゴジラ」ネタをチューンアップして迎え手700人満員の拍手に迎えられ、実に気持ち良く大いに受ける。
久々に大受け、はめた舞台だった。

出番前の殿が「ちくしょう、うけやがって。出づらいじゃねぇか」と。

打ち上げ参加できずレギュラーの朝日ニュースターの生放送に向かう。
「CSでゲーム」今回はドラマ物で「殺人法廷」に。出番短く覗き屋の役。
 
終了後、2次回に駆け付けるが間に合わなかった。
中野坂上のカラオケスナックで談志師匠と殿がチンポを触わりっこしていたらしいが、そんな20世紀最後の演芸版決定的瞬間、

見逃したくなかったな~。

画像3

1999年05月05日 

子供の日。
子供の日に子供のいないいい大人のオレは江頭2:50とドゥ スポーツへ。4キロ走でバテバテ。

谷中高田堂へ。今回で5回目を数える芸人によるアート展の打ち上げパーティー。若いギャルが山のようにいると江頭をたばかって連れてきたが会場の外から眺め「ジジイしかいないじゃないですか」と江頭。

中に入ってみると談志師匠がいるではないか。
ミッキー・カーチス師匠も。力道山話に盛り上がり江頭も北朝鮮話を。
談志師匠、話を沸かせ、実に小気味よくお帰りになる。
 カッコイイとはこういうことだ。

江頭2:50と未完成。江頭宅へ。テポドンのポスターを担保に。

朝4時帰宅も、サブトレーナーのトレーニングが続く。

1999年10月18日 

朝7時、都庁前、都民広場に集合。
MXテレビの新番組「TOKYO BOY」のタイトルバック収録。
9時半解散。

17時、再び集合、渋谷ビデオスタジオ。
新聞紙上でも鳴り物入りの「TOKYO BOY」収録。
その前に楽屋でIDO情報ダイアル収録。今日で最終回。
親切でグッドマン揃いのスタッフだったので残念。また、再開したいものだ。

ものものしい、警備を連れ、石原都知事もスタジオに。
記者会見、マスコミのカメラの放列。質疑応答。
重なる質問に石原慎太郎知事、談志師匠も不機嫌に。
不穏な記者会見終了。2本撮り。

 委員長、テリー伊藤。
 議長、栗原由佳、松村邦洋、
 顧問、立川談志
 委員、大川総裁、有坂来瞳、そして浅草キッド。

テリー伊藤さんのハイテンションの仕切り。
答える松ちゃんのトンチンカン。
企画一つ一つに冷めきった談志師匠のコメント。
「おい、そんなことまでやる必要があるのか?」
それに対して
 「そんなに水をさすなよ!」と最後まで番組に付き合う石原慎太郎知事。
松村のモノマネを当てる都知事。
ガングロコギャルと対面する都知事。

テリー色、談志色、慎太郎色、なにか、スタジオの中に、大きな台風が何コか発生したような大物テンションが吹き荒れる。

終了後、大川総裁、赤江くんと「よしかわ」で食事。
プライベートなよもやま話しで、翌日、総裁が日本中を震撼させるような事件の当事者になるとは思ってもいなかった。

2000年01月30日 

やっと指折り数えたPRIDEグランプリの日。
嗚呼。オレが心底、楽しめる娯楽はこれしかないのかと思い詰めるほど、待ち望んだ。
 
江頭運転で赤江くん、サブ、マキタスポーツを連れて東京ドーム。
当日券目当ての客が行列している様子が、まるで我が事のように嬉しくて、記念撮影。
オレはてっきり、10万人くらい客が来て4万人くらいは返すのだろうと思っていた。
そうでもないのだな。関係者に聞くと前売りはそれほど芳しくなく、むしろこの当日券長蛇の列現象は珍しいとのこと。
結局動員は4万8千人。
これだけのカードでも、そんなものなのか?

フジテレビのSRSファミリーとして田代さん、森本レオさん、中根かすみと共に着席。
 
いわゆる、芸能人席で。
近くの席に談志師匠、および百瀬さん。岡村くんやら松本人志さん、さらに石橋貴明さん、などが出入り、客席もまたPRIDEなのである。

エリック・クラプトンが最前列。
この人は一人でこのドームを一杯にするのだから…。

遅れてきたテリー伊藤さんがクラプトンの真後ろに。
なんだこの外人野郎、見にくいな~と露骨に嫌な顔をしてるうちに「おい!これ、クラプトンじゃないか」と気が付く一連の動作がおかしかった。

 ▽グランプリ1回戦(15分1R)
  ×高田 延彦 { 判定 } ホイス・グレイシー○
  ×エンセン井上 { 判定0-2 } マーク・ケアー○
  ×アレクサンダー大塚 { 判定0-3 } イゴール・ボブチャンチン○
  ×佐竹 雅昭 { ネックロック1分14秒 } マーク・コールマン○
  ○桜庭 和志 { 1R終了試合放棄 } ガイ・メッツアー×
  ○藤田 和之 { 袈裟固め2分48秒 } ハンス・ナイマン×
  ○小路 晃 { 判定2-0 } エベンゼール ・ブラガ×  
  ×大刀光 { ギロチンチョーク51秒 } ゲーリー・グッドリッジ○
 ▽リザーブマッチ(15分1R)
  ○V・シウバ { スリーパーホールド2分42秒 } B・シュライパー×

試合はアレクと藤田を除いて、不完全燃焼に終わる。
特にメインの高田vsホイスはどう贔屓目に見ても不可解な不格好な試合に終わった。
リングの上で戦ったものでしかわからない領域はあるのだから、
高田を責める気にならないのだが…。
しかも、観客と言う意味ではテレビ関係者として行っているオレたちには野次を飛ばす権利はないだろう。
 
単純に「勝ってくれ!」との願いももちろんだが、このジャンルの発展を願う「プロ」の応援団として「素晴らしい興行で世の中に認められてくれ!」との思いが強い。
これほどまでのカードと胸が張り裂けるほど期待の割には大爆発には至らなかった。
さらに言えば生観戦は周囲の野次やため息に気分が誘導されるものだ。

大会終了後、やや沈み込みのSRSスタッフルームであったが、勝ち抜いた8名による決勝戦のカードの組み合わせを考えるだけで、バックギアーからシフトチェンジ、しけた焚き火にまた火がついて一気に興奮で盛り上がる。
そういうものだ。

帰宅後、スカパーのPRIDE中継をまた3時間かけて見直したが、思いのほか、面白い。と、言うより会場の悲観的雰囲気はここにはない。
実況、解説の丁寧な情報が加味されるからだろう。
谷川さん、オーケンは心ない野次がないから、乗せられる部分も多い。
会場より面白い。
2月6日の地上波フジの放送を多くの人が見てくれることを願う。

浅草お兄さん会のマキタスポーツが「ブブカ」に紹介されていたので引用しておこう。

 BUBUKA 3月号

 自称「大人のおもちゃ箱」
 根拠のない自信でマイペースに進む!!

 あの浅草キッドも推しているのが
 このマキタスポーツ氏、30歳。
 芸名は実家のスポーツ店の名前をそのまま付けた。
 芸歴は今年で3年目。
 モスバーガーの店長の経歴も持つ変わり種。
 「彼女と同棲してたんだけど逃げられちゃって‥‥」
 失意のどん底から自分を奮い立たせ、お笑いの道へ進もうと決意。
 キッドの主宰する『浅草お兄さん会』のネタ見せに行ったら、
 なんとか補欠合格。
 今ではそのお兄さん会でチャンピオンを穫る程までに成長、
 一部の好事家の間で絶大な人気を誇る。
 ギター漫談、モノマネ、一人コントは
 シュールで言葉では括りきれない。
 芸術家気取りの芸人は大嫌いとも語るなど、毒っけもたっぷり。


偶然にも、今週、カメラマンの中島さんに遊びに行くことを誘われていた、
「鼠の穴」がテレビ朝日「スクープ」で紹介されていた。さくまさんのお話でも、何度もこのHPへのリスペクトを語られていたが、今や一日17万ヒットとは、てぇしたもんだ。
ネットをやっている人は、日めくり格言のように読んでいる人も多いだろう。
イトイさんと言えば、典型的な反応があって、あのバブル全盛時、コピーライターブームの折りの「一行うん百万」だか、「一行うん千万」だとかの、
 「おいしい生活」を優雅によろしくやってるイメージで語る人がいる。
「世間」ってそういうものなのだけど、
このHPは、読むに付け、
イトイさん、「一行何銭」の世界(むしろ、もちだし?)をコツコツやっている。
オレはネット生活が面倒だな~なんて思うと、ここを読むね。
とにかく、しんどい思いをしても、


 でも、やるんだよ!


に尽きることだろう。

2000年07月27日 

16時、ホテル東京。『未来ナース伝説』収録。
談志師匠を迎えて1時間。
いつ、何時、怒り、帰るかもしれない緊張感、張りつめる。
実はテレビとしては、そこにスタッフの思惑はあるのだろうが、談志師匠は芸人にとって聖域だ。

しかし、談志師匠は上機嫌。
俺は師匠に見つめられ、吸い寄せられるように金縛りに会いながらも、
目の前に師匠の笑顔を見つめる。
至福…。

矢追純一でもう一本。赤江くんと電波系ごっこ。
22時帰宅。

東スポ原稿。および『エクスプレス』で徹夜に。

2001年03月25日 

PRIDE13、つまり俺達にとってのお祭り。
日本に帰国することになったシュート活字の提唱者、田中正志さん、
ネットアドバイザーの田中正人くんをご招待して、
小雨ふるなか、埼玉アリーナへ。
北与野駅前で、観戦記ドットネット主宰の品川さんと遭遇。
コンバットレスリング58キロ級準優勝者の実原隆治くんを連れていたが、
彼の耳のカリフラワー、ワキっぷりったら、なかったな。
.
毎回、SRS出演者でもある我々はスーパーリングサイドで観戦だが、
今回はとてつもない席、百瀬博教さんから殿に送られたチケットで。
北一列、なんとアントニオ猪木さまの真後ろの席だ。

VIP席で、いろいろとご挨拶にも追われる。
息子さんの慎太郎さんとご一緒の談志師匠にご挨拶。
本を献本。
「一緒に写真を撮ろう」と言われる。
こんなに、やさしい師匠ははじめてのことである。

画像1

 イースト社長、
 『Free & Easy』の小野里編集長に挨拶。
 せんだみつおさん。陣内孝則さん、小池栄子など。

今回、ルール改正で、一試合目から、秒殺KОシーン続出。
リングの上ではドラマあり。
上原さくらも階段落ちで、さくら散ったが、桜庭もわずか97秒で散った。

品川さんの速報観戦記を引用。

安田 vs 佐竹戦、
猪木劇場に対して、客席には違和感、反対意見も多々あるのだろうが、
概ね、俺も品川さんも同意見なのだ。

舞台裏ではシャッキング・安田、別れた妻、子供と涙の再会。
俺たちは破壊王・橋本と記念写真。

帰りの車のなかは、田中節、炸裂。

 「アメリカの業界で、俺を知らない業界人は、もぐりやで"。
  なんでDSEが俺に、招待席を用意しないのかわからへんわ。
  航空券つきでも、当たり前やで"」などと。

 和食に飢えていた、田中さんと食事。
 だしまき卵をおいしそうに。

明日はオールスター総出演の俺たちのPRIDEだ。

2001年03月26日 

アカデミー賞、WOWOWで。
グラディエーターにがっくり。

 第73回アカデミー賞授賞式
  作品賞:   「グラディエーター」
  監督賞:   スティーヴン・ソダーバーグ(トラフィック)
  主演男優賞: ラッセル・クロウ(グラディエーター)
  主演女優賞: ジュリア・ロバーツ(エリン・ブロコビッチ)
  助演男優賞: ベニシオ・デル・トロ(トラフィック)
  助演女優賞: マーシャ・ゲイ・ハーデン(ポロック)
  外国語映画賞:「グリーン・デスティニー」

14時、青山、テレビ東京新番組『火の玉スポーツ列伝』打ち合わせ。
 (4月中旬スタートテレ東系金曜22時~)

梶原一騎イズムを番組の柱にと、プロデューサーの弁。
『お笑い男の星座』を梶原一騎に捧げた、俺たちの日ごろの運動がリンクしたようなものだ。

そのまま、東京JAP事務所で、司会の赤坂康彦さんと交えて、雑誌「テレパル」取材。
インタビュアー、打てば響く聞き手で気持ちよく。作家の関さん同席。

 新宿紀伊国屋ホールへ移動。

「読者が選んだ!第一回笑芸人大賞授賞式」。
これは、俺たちにとってのアカデミー賞、または演芸界のPRIDE興行。
笑芸人の読者投票で選んだ、20世紀の芸人を100年単位で表彰。
俺たちは12位とのことで司会役。
このメンバーの前で、舞台でネタおろしとなれば、大変な緊張を強いられるのだが今回は、すっかり、リラックスして。

主催の白夜書房は元、エロ本出版社である。
それこそ20年前なら紀伊国屋に雑誌を置くことすら許されなかっただろう。
今だって、パチンコ必勝本で売る、博打本出版社である。
でも、俺は、この会社のエロ本で思春期を育った。
ゴンゾーロ末井が、俺にとって、どれほどスター編集者であったか、本人に伝えても、伝わらないほどだ。
感慨深い。

優秀賞3組が、受賞演芸。
出演、いっこく堂、昭和のいるこいる、春風亭昇太、

「第1回笑芸人大賞」授賞者
  金賞:    ビートたけし
  銀賞:    爆笑問題
  優秀賞:   いっこく堂、春風亭昇太、昭和のいるこいる、
  最優秀功労賞:内海桂子
  最優秀連載賞:立川談志

第2部、表彰式。
副賞の黄金のきよし像を抱いたまま、話す殿の姿は、そのまま、いっこく堂のようだった。
たけし、高田、談志が壇上に並んだ姿は往年の、王・長島・金田である。
まるで、フィールド・オブ・ドリームス。

表彰式で、欠席した爆笑問題との一騎打ちを高田先生に直訴。
それを聞きつけて、殿もツービートで前座で出たいと発言。

『庄や』、打ち上げ。
目の前には談志師匠、殿。
誰も座るに座れない、最VIP席に、
談志師匠から「ここへ来い!」と手招きされて。
二人の英雄の語りを聞き逃してはならないと聞き耳立てる"。
久々に、高橋春男さん発見。
俺が隣に行くと、
「オマエ、酔ってからむなよ」と逃げ腰。
せっかく春男さんの「偉人伝」読んだって話をしにいったのに。
「今度は博士に酒場で脅かされたって書いとくから」
と笑いながら。

2次会、『犀門』。
高田文夫事務所の松田さんと話。
最近は本来裏方業であり、黒子であるはずの、放送作家のHPも増えてきているが松田さんもHPをアップした。
テレビ仕事をあまりやらない松田さんであるが、俺、ホント、この人、身贔屓なしで才能が埋もれてるって思ってる。

明日も早いので、飲み足らないのだがここまでで退散。 

2002年12月07日 

K-1グランプリ 東京ドーム。
10周年記念大会。

この日のドーム、アリーナの椅子の数を見て過去最高は、間違いないだろう~ と思った。
実際、7万4500人の、物凄い、人の入り。
関係者ですら、切符が手に入らない状態。

13時半入り、『SRS』の取材。
試合前にリングチェックするボブ・サップにインタビュー。
『ボブ・サップ・クッキー』を持って、近づくが、すっかり、俺たちのほうが、食われる。試合前で、このサービス精神は立派だ。

待ち時間、高田笑学校を見に来た、永盛園長、作家の押切さんから、
漫才を激賞されて、ありがたいことだ。

なんと、放送席が、百瀬博教さん、藤原ヒロシ一行、に加えて談志師匠のまん前、なんとも、恐縮してしまう。

石井館長のリング上からの挨拶。
10年の月日をかけて、夢をかなえ、ここまで、巨大な興行を育ててきた、
これぞ、男の本懐。
立場を考えれば、なんたるドラマチックなことか。

第2試合で、10年間の頂点!
ホースト vs ボブ・サップ戦、
マイケル・バッファーのコールで入場。
黒光りする両者が対峙した様はヘビー級ボクシング会場並のゴージャスさ。
そして、ダウンの応酬の盛り上がり、喚起は、このK-10年の歴史なかでも、これ以上の総立ちは、ないのではないか。
まさにスペクタクルであった。

談志師匠、「これがイリュージョンだよ」と。

試合終了後、棄権を決めたボブ・サップインタビュー。
まるで、静かにやさしく語る様は、御伽噺の登場人物のよう。

合間に、談志師匠とお話、

「福田和也さんが『SPA!』の対談でおっしゃっていたのですが、
 息子さんの慎太郎さんの名は、石原慎太郎から、とられたって本当の話ですか?」と。

師匠、笑いながら、
「そうでもいいんですがね、中岡慎太郎ですよ。」などと。

途中、百瀬博教さんが退席。

藤原ヒロシさんに、百瀬Tシャツプレゼント。
何度も会っているが初交流。

2002年12月7日 

東京ドーム 観衆74500人

リザーブファイト
 ● マイケル・マクドナルド (判 定 0-2) マーティン・ホルム ○
 
トーナメント1回戦 第1試合
 ○ レイ・セフォー (判 定 2-1 ) ピーター・アーツ ●

トーナメント1回戦 第2試合
 ○ ボブ・サップ (2RTKO) アーネスト・ホース ●
※サップにドクターストップがかかり、代わりにホーストが準決勝進出

トーナメント1回戦 第3試合
 ● ステファン“ブリッツ”レコ (3RKO) マーク・ハント ○

トーナメント1回戦 第4試合
 ○ ジェロム・レ・バンナ (2R TKO) 武 蔵 ●

トーナメント準決勝 第1試合
 ● レイ・セフォー (1RKO) アーネスト・ホースト ○

トーナメント準決勝 第2試合
 ● マーク・ハント(判定 0-3) ジェロム・レ・バンナ ○

トーナメント決勝戦
 ○ アーネスト・ホースト (3R KO ) ジェロム・レ・バンナ ●


結局、2回の敗北から蘇った、ホーストが優勝。
一部には2連敗のホーストが4度目の王者になったことに
訝る向きもあるが、俺は、ホースト大応援だった。

試合前、ホースト優勝予想の俺は、
前回のPRIDEから、2連覇、
3タイムス・チャンピオンになる寸前だったが、
惜しくも、次点に泣く。


SRS取材で、試合終了後、アーネスト・ホースト、インタビュー。

「あなたは、ただの、パーフェクトじゃない、ザ・グレーテストだ!」

今回、サップのおかげで、不人気チャンプのホーストが、初めて、物語を得て輝いた。

そして、そのホーストに2連勝している、ボブ・サップは、負傷欠場なのだが実質的、無傷のまま、来年の主役となる。
全てのカードが、ゴールドラッシュだ。

例え、石井館長が、在宅起訴になろうとも、
磐石の体勢で、2003年を迎える、
K-1となるだろう。

駐車場、谷川さんのキーを紛失して、一大騒動。

打ち上げパーティーは、辞して、
帰途、巣鴨の大沢食堂へ寄るが、閉店中であった。

深夜、吉田豪ちゃん、
TV Brosの浜川さんに連絡取りながら、
『TV Bros』対談、本日分、受けての修正。

対談原稿、作るの、嫌いじゃないんだな。
これは、漫才師の習性かも。

家飯。納豆肉味噌釜玉うどん、麻婆豆腐

ホースト最強だが、
我が家の納豆肉味噌釜玉うどんも最強!!

2003年07月17日 

12時、百瀬宅へ。

「一時間、食事しながらもろもろ打ち合わせしよう」
とのこと。 曾原さんと一緒。

恵比寿、「筑紫楼」へ。昼時に千客万来、
ランチ食べながら。名物のフカヒレ煮込みラーメン、
これは、絶品!!と、唸るほど、さすがフカヒレの専門店。
長嶋監督の愛した、後楽園飯店と比べても味良し、値段もリーズナブル。

そのまま、本日、お供をすることに。

近くの古着屋さんへ。初対面の店員さんにキス。


イーストへ。
冨永社長、次廣さん、梅本さん、次回の「時間旅行」の打ち合わせ。

義妹がバイトするアクセサリーショップへ。

展示会中のmastermindで、生地を持ち込み、
8月10日用の衣装、デザイナーに仕立てを頼む。

道中、知り合い夫婦と数年ぶりに邂逅、
現在は「ソラ」と言うお店で働いているとのことを聞くと、
百瀬さん、咄嗟に、
「奥の細道」の曽良の句
「かさねとは八重撫子の名なるべし」
をソラんじる。

夕方から、予定していた横浜のWWE興行行きキャンセル、
こっちの方が断然、オモロだ。

銀座4丁目、「新富寿司」、
久美子さんと一緒に。
「素手か箸か?」寿司の食べ方講座。
皇室御用達のこのお店。
「親父さん、昭和天皇がお食事された時は……」

『太陽を盗んだ男』の話。
「沢田研二があんな名優だとは知らなかったよ」と。

「後半からの荒唐無稽が、気に入らないかと思ったのですが……」
と尋ねると、
「そんなことはないよ。オマエ、見たことあるのか?」

<あの、僕が薦めたんですけど……>と。

千駄木、谷中、根津方面の古本屋巡り。
無縁坂、サイデンステッカー邸、旧漱石邸など。
文豪ゆかりの地を案内してもらう、
途中、談志師匠宅へ。
隣の酒屋で天然水をどっさり買ってお届け。

偶然にも通りかかったお弟子さん達と交流、
先輩・梓沢さん宅など立ち寄り。

山のように古本を抱えて、再び、青山。

百瀬さんの人間引力のなせる業か、引きの強すぎる人間関係、さらに最近の引き話に驚嘆。

先日、シアトルで見つけた50年間探し続けた「LIFE」の話。

新潮45「アントニオ猪木の真実」
の最終回読みながら、演技性人格障害について。
ドラマの浅草キッドの話などなど。

24時帰宅。

2011年11月23日 

ここから先は

697字

¥ 200

期間限定 PayPay支払いすると抽選でお得に!

サポートありがとうございます。 執筆活動の糧にして頑張ります!