ネタがはじまりまして
あるネタライブの日。
開演前に舞台袖でせっせとコントの準備をしていた私は、同期の芸人が首を傾げながら袖にやって来るのを見た。
はじめましてはじめだ。
彼は同期のピン芸人で、音ネタを得意としている。
その日のライブの出演者でもあった。
「はじめ、そんなに首を傾げてどうしたんだい?物事を斜めの角度で見たいのかい?だったら、顔の角度を斜めにしたところで何も意味を成さないよ。考え方そのものを変えないと。分かる?もっと意識を変えていかないといけないの。そんなんだからはじめははじめなんだよ。」
言いすぎてしまったのだろうか。
はじめましてはじめは、目にいっぱいの涙を浮かべて口を真一文字に結び、プルプルと震え出した。
「カ…カンニンシテ…」と小声で持ちギャグを呟いている。
あー堪忍する堪忍する、と適当に返事をすると、はじめはホッとした表情で涙を拭いた。
「いや実は、今日のネタが不安やねんな。新ネタなんやけど、ちゃんとウケるかな…って。今から音響リハあるし、ちょっと見てくれへん?」
はじめにそう言われ、私はにんじんの皮剥きをしていた手を止めて音響リハを見てみることにした。
「よろしくお願いします!」
破天荒さと丁寧さを兼ね備えたはじめがスタッフさんにしっかりとした挨拶をし、スタッフがOKのサインを出した。
はじめのタイミングでネタがスタートした。少しセリフがあった後に、音源が流れ始める。
「あ、はじめさん!音量の確認だけで大丈夫でー
す!…はじめさん?はじめさん!!!」
スタッフが声を張り上げた。
それもそのはず。はじめは音量の確認をするだけでいいこのリハーサルで、全力でネタを始めたからだ。ネタがはじまりましてはじめ、などと言ってみたくもなるものである。
「ぎょうざを投げて、アホイホイ!あらよっと、アホイホイ!」
(※はじめの本ネタをここに書くわけにはいかないので、特別にネタを差し替えています)
はじめの全力ネタは、それはそれはとてつもなく面白かった。
ライブの出演者の芸人たちが着替えながらリハを見ていて、はじめが面白すぎて何人か腹がちぎれてしまい救急車で運ばれて行ったくらいだ。
音響リハを終えたはじめが私の元へ戻ってきた。
「なあスイ、どうやった?新ネタ、イケるかな?」
私も笑いすぎて少しだけ腹がちぎれたので、出てきた小腸を腹の中に押し込みながら答えた。
「うん、最高だったよ!本番も大爆笑間違いなしだね!!!」
はじめは嬉しそうに顔を綻ばせながら、スキップでどこかへ去っていった。
そして迎えたライブ本番。
はじめましてはじめのネタは、音響の音量が大きすぎてはじめの声が一つも聞こえないまま終わった。
口パクかなと思うくらいだった。
ネタを終えたはじめが私の元へ戻ってきた。
「はじめ…。ドンマイ!また次のライブで頑張ろうぜ!」
そう言ってはじめを励ますと、彼は消え入りそうな声で呟いた。
「ヒイキニシテ~」
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