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陽の当たらない水底に

陽の当たらない水底に         
                             

 水の重みが、手のひらの真ん中に伝わってくる。前に進んでいる、というこの感覚が好きだ。

規則的に視界を通過する赤いタイルに目をやっていたら、ふっとバタ足が弱まっていることに気づいて、少し力を入れる。

 軽く三往復を終えたところでゴーグルを外す。タイルの継ぎ目がざらざらしている。時計に目をやって、それから周りのお客さんを見渡す。十六時手前なので、水泳教室の子ども達がぞろぞろと集まっている。カラフルな帽子たちを眺めながら、ぷかぷかと身体は水に浮いて、指先がまたタイルに触れて、を繰り返す。もう一度蹴り上げると同時に、隣のレーンの水が盛り上がった。

「ぷはー。なんか真波、ペース速いねぇ今日。部活かと思ったわ」

玲那がゴーグルを外して顔の水を拭った。紫のマグネットネイルが照明に反射する。

「、そう?やる気出しちゃってたか私」
「なんか速かった。あたしが遅かったのかな。もうワンセットくらい行っとく?」
「うーん。今日はこのくらいにしとくかな、疲れすぎても眠くなりそうだし」
「ああそうだった、サークルだっけ。…え今何時だ?」
「そうなんよ。サンジヨンジューハチ~」

ノールックで返答しながらプールサイドに上がる私に驚いたのか、「ジャストやん、すご」という囁きが漏れ聞こえたことに笑ってしまう。帽子を外し、ペチペチ音を立ててシャワーの方に向かいながら、脇に置いておいたタオルを手に取る。水泳特有の、何度でも使える吸水タオル。

 お湯と水のバランスを見ながら、適温を探す。
「うわっ、冷た!」
隣で、玲那が水を出しすぎて悶絶している。


「「…お疲れ様で~す」」
「うーっす。全く、元気だねえ」

監視で高台にいる山内さんが、あくび混じりの声で適当な返事をする。目の覚める黄色いTシャツの胸元には‘COSMIC POOL’の文字。

あ、はい…笑とヘラヘラ気まずい挨拶をして、監視室に向かう。山内さん、高台にいる状況のように煽りで見れば気にならないが、相当薄毛。始めて会った時も高台とプールサイドの構図だったもんだから、監視室で猫背で足を組んでいるのを後ろから見た時は衝撃だった。禿げとるやないかい。


 監視室に待機するおじさん二人にもまた心のこもっていない「お疲れ様です」を振り撒いて、<女子スタッフ>と書かれた扉を押す。

「まじ、うちらしかバイト終わり泳がないよね」
「でも鳴海と川田さんは使ってるよ」
「鳴海は同い年じゃん。おじさんの話だよおじさんの。全然泳がないんだもん。おじいちゃんは歩いてるんだし、一緒に歩いちゃえばいいのにね」
「ま、確かに。健康のためにもね」

喋りながらも、慣れた手つきで髪の毛を拭く。さっきしてたブラジャーをまた着ける。プール上がりに着る服は心なしか柔らかく感じて、温かい。

「髪濡れたままサークル行くの、普通おかしいよね」
「もうみんな慣れた顔してるよ」
 できる限りの水気を落として、新宿コズミックセンター地下一階の温水プールを後にする。


 アスファルトにゴミが溶けている。踏み潰されて、雨に降られて、そしてまたその上に新しくゴミが蓄積していく。かくいう私も、踏み潰し手の一人。すれ違う人はほとんどがアジアの外国人で、新しくできた店の派手な中国語看板には日本語の振り仮名すら振られていない。ケバブ屋のお兄ちゃんの、「エラッシャイ」というカタコトの日本語は愛しいが、店員同士では流暢な外国語(トルコ語?)の会話がなされているのを見ると、急に遠い人になるような気がして、そそくさと店を離れる。そういえばシャーベットってトルコ語由来だったような。今日は五月とは思えない暑さで、私はいつでも甘いものが食べたい。

「ねぇー。アイス食べよーよー」
「口癖すぎるってそれ」

玲那は呆れた様子で笑う。高校の水泳部で同期だった。大学は別々だが、バ先が同じなので週に二日は顔を合わせる。玲那は締まった手脚をウウンと伸ばした。背中の骨がパキッと音を立てる。

「たまには、まいばす以外で買おうよ」

今度は首を回してゴリゴリ音を鳴らしながら玲那が言った。

「確かに。でもどこ行っても結局同じやろアイスなんか」
「PayPayで払いたいのー。なんで導入してくんないのかねほんとに」
「まじそれ、イオン系列の悪いとこ」

文句を言いながら歩いているうちに、目の前のスギ薬局の冷気に吸われていく。

「コンビニがいかに高いかわかるわー」
「わかるの。薬局万歳すぎる」

結局、チョコモナカジャンボとクーリッシュを購入。片手に持ちながら駅を目指した。ジャンボなんて、100円ですら高かったような気がするんだけどな。そういえば新発売されたセブンオリジナルのメロンバーが321円だったのはほんとに衝撃だった。すごいなセブン、その自信が。

「なんか道臭くない?」
「え、今更?東京なんかどこ行ってもこんな匂いじゃん」
「まあそうなんだけども。でも」

玲那が辺りを見回す。つられて私もキョロキョロ。
「わ、何これ」
「…さきいかなんだけど」
「さきいか?笑笑」
「うん、さきいか」

ツボすぎる。どうりで変な匂いがするわけだ。なんでさきいかが道端にとっ散らかってんの。いろんな人に踏まれたさきいかは、無惨すぎる姿をしていた。

 中学生の頃だっただろうか。初めて馬場の駅前を歩いた時、最初に思ったのは「東京って道がゴミ捨て場なんだ」ということだった。こんなところでは、誰も深呼吸などしたがらない。まっすぐの大通りに、数メートルおきに道に積み上がったゴミ袋を見て、思わず顰めっ面になった。留学生向けの予備校なのか、日本語学校なのか、とにかくなんて読むのかもわからない塾がたくさん立ち並んでいる。けど、そんなことももう慣れた。慣れた上で、嫌いだ。

 都立戸山高校を卒業して、もう二年が経つ。屋外プールでの厳しい練習はもう飽き飽きだったので、大学で私はアカペラを、玲那はダンスを始めた。二人ともなんだかんだ水泳と完全に離れるのが寂しかったのか、勢いでコズのプール監視員バイトを始めてしまった。高校生の時からたまに使っていた場所である。そんなわけで、いまだに週二回も会っては部活ノリの会話を続けているのだ。

 玲那の髪はだいぶ伸びた。高校生の時は「速乾命!」と言ってショートヘアだったのに。ショートヘア派閥は玲那含めて三人。一方の「お団子できる方が結局楽」派閥は、私ともう一人。まさかの少数派だった。私は塩素で色素もやられてて、キューティクルとはどんどん疎遠になっていた。玲那は、髪は短いくせに、染めてることを疑われる段階を超えて、ハーフかと聞かれるほどに茶髪だった。大学生はみんな進んで明るい色にしたがるから、すっかり目立たなくなった。


 授業のない金曜は、いろんな時間のシフトに参加している。この日は朝八時半からの超健康シフトを出してみた。早起きは苦手だが、高校の頃の朝練でだいぶ鍛えられた。その辺の大学生の中では、比較的健康的な生活を送っている方だと思う。玲那は「朝なんて働いてたまるもんか」と言って昼か夜にしか入らない。逆に朝よく会うのは、三十代後半くらいに見える川田さん。「息子が中学生になったから朝の準備さえ終われば自由なの」と前に言っていた。バイト終わりにたまに運動として泳いでいる仲間の一人である。バイトというか、パート?

 プールが開くのは午前九時。こんな朝イチからきて運動しにくるのは、常連のお年寄りばっかりだ。みんなニコニコと挨拶をしてくれる。綺麗な水でお客さんを迎えられる朝は、なんとなく気分がスッキリしている。「おはようございます!」を大きめの声を張る。おばあちゃんもおじいちゃんも、特に名前は知らないのだが、このシフトで必ず会える安心感で、すっかり仲良くなった。私のシフト日数よりも、おばあちゃんたちが泳ぎにくる日数の方が多かったりして。ショッキングピンクの水泳帽を持ったおばあちゃんに「今日はいるのね」と微笑まれるくらいだ。そういう日は決まって「今度はいついるの?」と聞かれる。そんなこと言われたら、朝シフト多めに入っちゃおうかなってなる。夕方のチビちゃんたちに会うのも楽しいのだけど。


「ああーー転職してぇーー」

山内さんがまた唐突に漏らす。最近ずっとこれ言ってる。普段から、巨人とどこかの試合結果がどうだとか、昨日の雀荘の様子がどうだったとか、ウインズ新宿で払い戻ししなきゃいけないとか、心の底から興味のない話ばかりが耳に入ってくる。

興味がなさすぎて愛想笑いと適当な受け流しが上手くなったような気がするが、やっぱり興味はない。かといって、同世代の女の子の、メイクやアイドルの話だって、特についていけるわけじゃないから、適当が許されるだけ気楽かもしれない。

おじさんお機嫌取り訓練という観点では、もはや就活と言えるんじゃないかこれ。…転職かあ。残念なことにこのプールは地下一階。陽の光も見ずに365日ここで働くのは、確かに転職もしたくなる。

「ラーメン屋開きたい話どうなったんですか」

メイクが落ちないような目の擦り方をしながら、一応記憶を呼び起こして会話をする。やたらラーメン好きで、聞いてもないのにおすすめを教えてくる。この前、駅前の春日亭に行ってみた。私がリトルトゥース(オードリーのオールナイトニッポンのリスナーのこと)なので、「春日」をたまたま覚えていただけで、普段はあんまり覚えてられない。油そばの店だったみたいで、美味しかったけど、ニンニクがすごかった。

「それなんだけどさ、新大久保で甘辛い肉でも売る方が早いんじゃないかと思うんだけど、どうよ、若い子の目線では」
「既にそんな店ばっかですよ新大久保。もう隙間ないんじゃないですかね」

メインストリートに新たな店を構える余裕など感じない。それぞれの店は十分すぎるほどに狭狭しくて、小汚い。最近の新大久保からは、「とにかくチーズ!チーズを乗せておけば日本人は食いつくぞ!」という姿勢を感じる。いやそんなに新大久保詳しくないけども。タッカルビにハットグに…元の料理名にはチーズなんてついていないじゃないか。あの伸びが日本のさけるチーズで生み出せると聞いて(もしかしてチーズ好きなの韓国人じゃなくて、日本人?)と思い始める。肌の白いカタコトのイケメンが運んでくるチーズ盛り盛り食品を摂取するために、新大久保はあるのだ。山内さんに入る隙間はなさそう。そもそも、あまり日本人が働いているイメージもない。

「そーか。じゃあ素直にラーメン屋やるかあ?」

とまたもやあくび混じりに山内さんは言う。
…ラーメンを舐めるなよ、と心の中で舌打ちをする。


 今から障害者レーンは解放される時間帯だ。足の悪いおばあちゃんが、スロープのギリギリまで車椅子を寄せて、丁寧に降りていく。介助をするおじさんに支えられて、ゆっくり入水している。ちょっと深めに被りすぎなような気もする帽子のせいで、一段と目元に皺が寄ってしまっている。おじさんと一緒にゆっくりと歩き出したおばあさんは、ボロボロになったビート板に捕まりながら、水に浮く感覚をつかんで、安心したような表情を見せた。


 毎日、本当にいろんな人が訪れる。高校の後輩が自主練しにくることもあれば、大学のクラスメイトがふらっと運動しにくることもある。水着姿で顔を合わせるのは少し気まずいと思われていたら申し訳ないが、水泳部出身は全くそんなことは気にならない。あとは団体利用とか、クラブチームだと超上手い。見ていて楽しくなって、監視中もそこばっかり見てしまう。みんなうまいもんだから、隣で泳ぐ人たちの方まで波が立っちゃって、煽られてるのをよく見る。そんな周りの様子も含めて、飽きない光景だ。


 さっき更衣室の方へ向かった川田さんが、誰かに腕を掴まれながら歩いてきた。若い女の子だ。私より下に見えるけど…どうしたんだろうと思いながら見ていて、気づいた。あの子は目が見えないんだと。

「このまましゃがみますよー」

川田さんが女の子に声をかけて、ゆっくりお尻をつける。右手で支えて、ざぶんと水に入る。なんでスロープから歩いて入んないんだ?と気になったけれど、そんなことはすぐに忘れ、見惚れることになった。「ありがとうございます」みたいな口の動きをしてペコっとしてみせたその子は、すぐさま美しいフォームで泳ぎ出した。前を見失わないためなのか、時折コースロープを触りながら、あっという間に二十五メートルを泳ぎ切った。あれだけ上手だったら都大会とか出ていそうなのに、という考えがよぎったが、勝手にため息をつく。泳ぎ終わっても全くゴーグルを持ち上げない彼女を見ながら、元気だったらこのレーンにはいないよなと思い直す。障害者用の開放タイムとはいえ、目の見えない人が単独で訪れているのを見たのは初めてだった。

 その後も、彼女は数時間泳いだ。部活のハードコースをこなすよううなペースで泳ぎ続けて、七〇〇〇くらいはやっていたんじゃないかと思う。大会頑張る男子レベル。全てにおいて泳ぎ方が綺麗で、水が自分から避けていくようだった。締まった脚と背中。ずっと泳いできたことがわかる身体つきだ。

従業員が雑に扱うせいで、ところどころ割れたコースロープ。最初はコースロープに近いところで泳いでいた彼女も、もう距離感も恐怖も無くなったような顔で、コースの中心を悠々と泳いだ。
 その頃には、私の高台番も終わっていた。自由の身となったので、気づいたら彼女の方へ歩いていた。話しかけ方もわからなくて、ビート板を無意味に整理したりしてみた。

「あ、スタッフの方だったりしますか」

見ているのがバレたのかと思って、思わずビクッとする。

「は、はい!監視員です」
「よかったあ。すみませんが、腕をお貸しいただけますか。そろそろ出ようと思って」
「あ…はい。もちろんです」

プールサイドに上がった彼女に腕を差し出して掴んでもらう。

「この床ほんとに滑るので、ゆっくり歩きましょう」
「あははっ。そうします」

ついさっきも滑りかけた経験から、大げさに伝えたら笑ってくれた。
私の方に顔を向けてくれたのに、目が合わなくて、彼女は少し虚な目をしていた。でも、普通の顔立ちに見えた。

「水泳、やってらっしゃったんですか」
「はい、目が見えなくなっちゃう前は、だいぶ頑張ってました。今日は、初めてです。この状態になってから」
「え、初めてですか?」

びっくりして急に足を止めかけてしまう。確かに見かけない顔だったけど、目が見えないままプールに入ることも初めてだったとは。よく一人で来たな、怖くなかったのだろうか。

「はい、」

今度はこっちを見ずに返事をした。

「この時間帯なら、好きに泳いでも許されるのかな、と思って」

諦めたような、息の混じった声だった。笑いながらそう漏らすのを聞いて胸がキュッと苦しくなった。今まで通りには戻れなくなってしまったやるせなさが、錘のようにゆっくりと水底に沈んでいくようだった。少し息を吸った。

「泳ぐのが、好きなんですね」

歩きながら、今度は彼女がふうっと息を吐いた。

「そうなんですよ」

 ミオ、というらしいその子は、以来よく来るようになった。高校二年生で、ここへは学校をサボってきているのだという。

「それって大丈夫なやつなの?先生から親に連絡行くアレじゃない?」
「お母さんはここにいるの知ってるんでだいじょぶですよ。学校も、見えなくなって楽しくなくなっっちゃって。みんなよそよそしい気がしちゃって。なーんかパアンと発散できること探してたんです」
「ストレス発散になってるなら何よりだね」

 私とミオはあっという間に仲良くなった。玲那のいない午前中の、間延びしたシフトがだいぶ楽しくなった。いつも昼過ぎには帰ってしまうミオだが、今日は午後に顔を出してくれた。私がミオのヘルパー、という名目で毎回おしゃべりに花を咲かせている。流石にゲラゲラ喋りすぎだ、なんておじさんたちに怒られたらどうしようと思うこともある。でも、ただでさえ暇な監視員ワークなんだから、監視室で競馬の話したりしてる人に怒る権利はないと思う。

「真波さんは大学で何やってるんですか」
「んーーー。なんもやってないよ」
「えー」
「じゃあミオは?高校で何やってる?」
「なんもやってない」
「ほらあ。でしょう?…私さ、何やってるのかって、胸張って言えるもの何にもないんだよねー。こんな大学生にはなりたくないって思った?」
「でもサークルやってるって言ってましたよね、アカペラ」
「初心者から始めたからね、自信持てるほど練習もしてないし。上手い子はたくさんいるからさ…カラオケのハモリ担当くらいが一番気楽に楽しいわ」
「大学生も高校と変わんないんですかね、結局」
「ん?」
「自信持って続けていたものはあるけど、続けていけるものがないんですよー。水泳に限界感じたのに、結局水場に来ちゃってて。諦め悪いなーって。これから、何か楽しいことはあるのかなって、いつもそればっか考えてます」

なんちって、とミオは笑う。

「水泳は十分続けてるものだと思うけどなあ。いないって、目が見えなくても一人で市民プール来る人なんてさ」
「でも真波さんも競泳やってたならわかるでしょ」
「まぁ、うーん」

…そう、わかる。スリリングでストイックな世界はもう無いという感覚は、私なんかよりずっと真剣に水泳を続けてきたミオにはより重いはずだ。でもこうやって泳いでいることは、凄いことだと思っている。本人がそれに苦しんでいるのなら、無理をしないでほしいとも思う。


「澪?なんでいんの?」

唐突に隣から声をかけてきたのは、ようやくシフトインした玲那だ。声に驚いて玲那を見た後、ミオを見ると、どこか不服そうな顔をしていた。

「なんでミオと知り合いなの?」

玲那が私に聞く。

「いやいや、こっちのセリフなんだけど。どゆこと?」
「やっぱいたかー」
「そもそも来てたの?」
「最近はずっとね。お姉ちゃん夜帰ってくるから夜働いてんのかと思って気にしてなかったのに」
「お姉ちゃん⁉︎玲那が」

妹がいるのは知ってたけど、目が見えなくなった話など全然知らないし、名前の記憶も朧げだった。確かにミオって名前だったかも。家族の話なんて、頼まれなきゃしないよなぁ。

「最近学校休みがちなのは聞いてたけど、まさかここ来てたなんて」

呆れたように玲那が言う。しかも何、一人で来てんの?と玲那が詰る。別に何してても関係ないじゃん…と澪が黙りがちになるのを見て、思わず口を開いた。

「澪は楽しそうに泳いでるよ。あまりに綺麗に泳ぐから、話してたら仲良くなっちゃった。玲那の妹だったとはね。びっくり」

本当に驚いたけど、確かに、鼻筋がよく似ている。笑ってしまうくらいに。
 温室プールの中は気温三十度くらい。とにかく蒸し暑い。水同士が当たってチャプチャプと音を立てている。換気扇の低音が耳につく。

「陽が当たらないのも悪くないでしょう?」

きっと太陽の下のプールは、澪には眩しい。私にも、玲那にも。

「外を生きるのは疲れるからね、肩の力を抜いて水に潜ろう。それで十分だよ」


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